68.朝
姉さんに「朝だよー」と声をかけつつ揺すってみると、あっさりと目を覚ました。
「ふぁぁ……おはよう、カーリーン……ってあれ? なんでカーリーンが私の部屋にいるの?」
「いや、ここ俺の部屋だから。昨日姉さんの方から来たんじゃん」
「あれ? カーリーンが寂しくなって私の部屋に来て、一緒に寝たんじゃなかったっけぇ」
「俺と寝た事は思い出したのに……記憶の捏造はやめてよ。ここが俺の部屋って時点で、姉さんの方から来たってことだよ」
起きはしたがまだ寝ぼけていて、フニャフニャとそんな事をいうので本当のことを伝えた。
「む~、カーリーンってたまに難しい言葉つかうわよね……」
「ほら、起きたなら着替えて来たら? そのままリビングに行くわけにいかないでしょ」
「お母さんみたいなこと言う~。私は別に気にしないんだけどなぁ。この服涼しいし」
「いやいや、じいちゃんたちもいるんだから、流石に怒られると思うよ……着替え終わるまで待ってるから行ってきなって」
「は~い」
――じいちゃん達が来てなかったとしても、流石に寝間着姿で行くのは怒られそうだけどな……快適な睡眠をとるための服だから、着心地がいいのは分かるけどさ。
姉さんが自分の部屋に行くのを見送ったあと、自分の身支度をしているとリデーナが戻ってきた。
「エルティリーナ様は自室に戻られたようですね? 何かお手伝いしましょうか?」
「姉さんは着替えたらまた来ると思うけどね。それじゃあ、髪をお願い~。まだうまくできなくて……」
服はなんとか着替え終わっていたので、髪を整えるのをやってもらう。
――この長さにまだ慣れてなくて、自分じゃキレイにまとめられないからなぁ……縛らなくてもいいんだけど、姉さんやアリーシアさんからプレゼントでリボンを貰ってるし、まとめてないと動いたときに気になるしな。
リデーナに髪をとかしてもらっていると、姉さんが着替えて戻ってきた。
「リデーナがカーリーンの髪やってるなら、カーリーンが私の髪やって~」
そう言いながら椅子を持ってきて、俺に背を向けるようにして座る。
「俺もうまくできないからリデーナにやってもらってるんだけど?」
「いいの。先にとかしてるだけでもリデーナが楽でしょ」
「まぁそのくらいなら……リデーナもうひとつクシ持ってる?」
「ありますよ。それと高さが足りないと思うので、失礼します」
そういいながらメイド服のポケットから、もうひとつクシを取り出して手渡してくれたあと、俺を膝の上に抱いて椅子に座る。
――この高さなら姉さんの髪にも届くか。というか、あのポケットには他になにが入ってるんだろ……昨日はドライバーみたいな工具も出てきたし……
意外なものも入っているポケットが気になりながらも、前に座っている姉さんの髪をとかしていく。
髪をまとめたりせずに寝ていた割には寝癖やもつれがほとんどなく、すんなりとクシが通る。
――寝てる間はほとんど動いてなさそうだったもんなぁ。何なら俺のほうが寝癖とか多そうだな……
苦笑しながら姉さんのきれいな髪にサッサッとクシを通していると、俺の髪を縛り終わる前に終わってしまった。
母さんや俺と同じ金色の髪はクセもなく、クシを通しただけでキレイなストレートになるのでこのままでも問題ないと思う。
何となく暇になったのでポニーテールに出来るように、今度はうなじあたりからクシを入れつつまとめていく。
俺は襟元あたりで縛ってもらってゆったりとした感じだが、姉さんはよく動くのであまり気にならないようにか、いつも上の方でまとめている。
普段見ている髪型にしてあげようとクシを入れているうちに俺のほうは終わったようだが、リデーナは俺がやっているのを見守ることにしたようだ。
ちゃんとまとまったあたりでリデーナが赤いリボンを手渡してくるので、くずれないように慎重に縛っていく。
「お上手です、カーリーン様」
「自分のはまだ難しいけれど、客観的にみられるから何とか出来たよ」
縛り終えたあと、結び目の調整などをリデーナがしてくれたが、我ながら綺麗にまとめられたと思う。
「ありがとっ。またやってね!」
「え、う、うん……」
――つい暇だったから手持ち無沙汰でやっちゃったが……まぁ喜んでくれてるみたいだしいいか。
姉さんとリデーナと一緒にリビングに行くと、すでに兄さんは席に座っていた。
「おはよう」
「「おはよ~」」
父さん達が挨拶してくるので、それに返事をして自分の席へと向かう。
「ふふ、エルは今日はなんだかご機嫌ね?」
「えへへ~。昨日はカーリーンと寝られたし、さっき髪を結んでもらったの~」
見るからにニコニコとしてご機嫌な姉さんは、俺が結んであげたポニーテールを触りながら上機嫌に答える。
「あらあら。カーリーンは初めての1人での就寝かと思ったのに、エルが行ってたのね」
やはりまだ子供だからか、一緒に寝ていたことに対しては特に何もいう事はないようで安心していると、じいちゃん達も起きてきたようでリビングに入って来る。
それぞれ挨拶を終えると、全員が席に着いたタイミングでロレイナート達が準備をはじめて、朝食の時間となった。
「さて、今日の予定だが、午前中に稽古をやって午後からは勉強だな」
「う゛……勉強……」
皆食べ終わったあと今日の予定を父さんが話し始めると、さっきまで上機嫌だった姉さんが一瞬で嫌そうな表情になる。
「アリーシアちゃんはどうする? 稽古は一緒にやるように言われてるけれど、勉強の時間はお爺さま達と遊んでいてもいいわよ?」
「いえ、私も一緒でいいのであれば、受けたいです!」
「うふふ。それじゃあ、エルたちと一緒に勉強しましょうか」
勉強はそれなりにやってはいるが、稽古と比べると頻度は少ない。
というのも、この領では戦闘力を求められる可能性が高いため稽古が優先されていて、勉強の回数は少なめになっている。
それでも最低限の読み書きや計算は出来ないと生活に支障をきたすのでそこはきちんと教えつつ、それができてから本格的に歴史などを教えている。
アリーシアさんが来てからは魔法の稽古を優先していて勉強はやっておらず、久しぶりの勉強ということで姉さんは渋い顔のままだ。
――まぁうちが勉強の回数が少ないのは、俺は前世の記憶と神様からもらった"言語理解"があるから問題ないのはもちろん、読み書きに関しては兄さんも姉さんもすんなりと覚えたらしいし、兄さんにいたっては計算も問題ないという天才ぶりを発揮しているというのもあるか……
「勉強……計算……」
「読み書きはちゃんとできるようになったんだから、計算もやっていくうちに出来るようになるわよ」
「多分、カーリーンの方が先に出来るようになる……」
「……それはちょっと否定できないわね……追い抜かれないように頑張りなさい……」
――そういえばヒオレスじいちゃん達が来る前の授業でも両手の指を折りながら唸ってたもんな……しかし母さんもそこは否定してあげようよ……いや、普段の俺の言動のせいか? 話せるようになってから、あんまり言葉を選んではなかったから……
「ははは。頑張らないとカーリーンに教わることになるぞ?」
「……それは良いわね……」
父さんの冗談交じりのような言葉に対して姉さんはボソッとそんなことを言うと、隣に座っている俺の方をチラッと見る。
「どうしてもダメそうだったらね……」
「むぅ~……剣は私が教えてあげるから、早く剣の稽古も始めようよ~」
「まだ俺には無理だって……」
「そうだなぁ~……エルは今のカーリーンの頃には始めてたが、カーリーンにはまだ早いだろうな」
「はやく大きくなって!」
「そんな無茶な……」
姉さんのどうしようもない無茶ぶりにみんなで笑いつつ、稽古を始める時間までのんびりとすごした。
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