60.びしょ濡れ
早朝に投稿しているので、本日2話目です。
母さんは姉さんの髪や服を拭いたタオルと、姉さんのまだ湿っている服を【ドライ】という乾燥させる生活魔法を使って乾かす。
「直接それで髪を乾かせないの?」
「人体には魔力があるから、こういう魔法は打ち消しちゃうのよね。だからお風呂上がりの時もちゃんとタオルで拭いてたでしょ?」
「たしかに……」
――そういう魔法ですぐに乾かせるならそうしてるだろうしなぁ。
「【ウォーター】」
母さんと話をしていると姉さんが唐突に【ウォーター】を使うが、指先から放たれた水の行先はさっきと同じくなぜか自分の方に拡散されて飛び散る。
アリーシアは体を拭くために少し離れていたから濡れていないが、隣にいる俺と姉さんの髪を拭いている母さんもずぶ濡れになってしまった。
「ちょ、ちょっとエル、いったん止めなさい」
「え、あ、ごめんなさい」
母さんにも水がかかったことを知った姉さんは謝って魔法を止める。
「エルは無意識に魔力を無理矢理放出してるんじゃないかしらね」
「魔力が多いとカーリーンのみたいな感じになるんじゃないの?」
「ある程度魔力操作で制御できてればの話ね。エルのはある意味暴走に近いわ……」
「むぅ~」
母さんはリデーナから受け取ったタオルで自分を拭きながら、姉さんの魔法に対して思ったことを言う。
「それじゃあこの前練習していた魔法で、魔力操作を練習しましょうか」
姉さんと自分を乾かした後、リデーナに乾かしてもらっていたアリーシアも呼んでそう言う。
「ライ、【ウォーターボール】を使ってみて」
「はい。【ウォーターボール】」
兄さんが手をかざして唱えると、庭に向けて大人の拳サイズの水の球が出現して投げたように飛んでいく。
そこそこの速度で飛んでいった水の球は、庭の土を少しえぐってその場所を湿らせる。
「うん。上出来ね。それじゃあエルもやってみて」
――【ウォーター】であんな状態になってる今の姉さんに撃たせて大丈夫なのだろうか……
と心配しているうちに姉さんが呪文を唱えると、兄さんのより少し小さい水の球を放つ。
その速度は野球選手が投げるような速度で飛んでいき、兄さんの魔法より深く土をえぐって濡らした。
「ライお兄さまもエルもすごいです! もうそんな魔法が使えるなんて!」
「やっぱりエルの方が速いし威力が高いね」
「でもお兄ちゃんの方が大きいし当てやすそう」
アリーシアに褒められた兄さんは照れ隠しのように姉さんの魔法を褒めると、姉さんは実戦向きな事を考えつつ兄さんの魔法を褒める。
――確かに兄さんの方は若干放物線を描きつつ飛んでいったけど、姉さんのよりサイズはデカかったし当てやすいのかもなぁ。姉さんのは小さかったけど地面にあたるまで真っすぐ飛んでいったし、速度もあったから威力は高く見える。当てやすさでいうなら、球が大きい兄さんの魔法と速度のある姉さんの魔法、どっちもどっちなんじゃないかな。
「やっぱりエルは攻撃魔法の威力は高いわね……ライは魔力操作に気が行き過ぎてて威力が落ちている感じがするわ」
「はい」
「次はアリーシアちゃんもやってみましょうか」
「わ、私に出来るでしょうか……」
「王都ではまだ早いって思われてるかもしれないけれど、私がアリーシアちゃんの頃にはもうできたし、出来るようになって帰れば、アリーシアちゃんのお父様も喜ぶと思うわよ」
「はい! 頑張ります!」
そう意気込んだアリーシアは目を閉じて手をかざして集中する。
「【ウォーターボール】」
アリーシアがそう唱えると、ピンポン玉くらいの水の球が出現して、それこそピンポン玉を投げたような速度で飛んでいく。
攻撃魔法というには可愛らしいソレは、地面にあたっても特に土をえぐることもなくその場所を濡らして消えた。
「で、できましたけど、なんか遅いですよね……」
「上出来よアリーシアちゃん! 遅くてもちゃんと使えたことに変わりはないんだから、これから練習すればちゃんとした攻撃魔法になるわ!」
「は、はい!」
兄さんたちの魔法と比べて弱かった自分の魔法にへこみかけていたアリーシアだったが、母さんの言葉で元気になって返事をする。
「……カーリーンが撃つとどうなるのかな」
「さっきの【ウォーター】の件があるからねぇ……初めての生活魔法以外の魔法だから慎重にね? 弱すぎてもそこから調節すればいいんだからね?」
「う、うん」
順番的に次は俺の番なのは予想出来ていたが、姉さんと母さんの言葉でちょっと不安になる。
――確かにさっきの放水量は自分でもおかしいと思うしな……でも生活魔法以外の魔法と言えば、まだ歩けなかった頃に自分を浮かせたことくらいか? あの時はかなり魔力を込めたけど、生活魔法に比べると必要な魔力も多いって話だったしそんなもんなんだろうな。だとすると【ウォーター】より少し魔力を多めに使えばいいのかな?
そう考えた俺は、蛇口全開くらいの水量だった【ウォーター】より、少し多めに魔力を込めて放つことにした。
「【ウォーターボール】」
手をかざしてそう唱えると、ボーリング玉くらいの水の球が出現して姉さんのソレと同じような速度で真っすぐ飛んでいき、バシャンっと破裂して直径1メートルほど土をえぐった。
深さはそれほどでもないが、破裂してできたへこみは少し離れている今の位置からでもはっきりと確認できる。
「カーリーンすっごぉい!」
「初めてでこんな……ちゃんとした攻撃魔法じゃない……」
姉さんに褒められ、ばあちゃんに驚かれている俺は、思った以上の威力が出たことに戸惑っている。
「……カーリーンは水魔法の適性がかなり高いようね……」
――そういえばイヴも適性とかあるっていってたな!? 生活魔法には補正はかからないけど、それ以外の魔法にはかかるのか……
「私は水魔法の適性がないのでしょうか……?」
俺の魔法を見たアリーシアが不安そうに母さんに聞いている。
「適性がないからと言って使えないわけではないわよ? 私も土魔法は苦手だから適性はないと思うけれど、簡単なものだったらつかえるし、魔力量と正確な魔力操作ができるようになれば使えるようになるわよ」
「そうなのですね」
母さんの説明で安心したアリーシアはホッと息を吐いて自分の手を見る。
「その適性自体は確認できるものはないし、自分が苦手な属性とでも思えばいいわよ。ただ、空間魔法や重力魔法などの上位属性は話は変わってくるけれど、そのあたりはもっと魔法の勉強が進んでからね」
――空間魔法! 転移や異空間収納とかもあるのかな? ああぁ! まだあんまりあれこれ聞くとおかしな目で見られそうだし、早く勉強進まないかな!
「はい、それじゃあ、今度は【ウォーターボール】を魔力操作してゆっくり放ってみましょう」
「え、ゆ、ゆっくり?」
「そう、ゆ~っくり飛ばしてみて?」
「【ウォーターボール】」
姉さんが放った魔法は、先ほどと何も変わらず飛んでいって土を濡らす。
「どうやって……」
姉さんは【ウォーター】の時に思ったように魔法が出なかったときのように自分の手を見ながらつぶやく。
「【ウォーターボール】」
兄さんが放った魔法は、アリーシアのものと比べるとまだ速いが、さっきの魔法に比べると遅く飛んで行ったのが分かる。
「やっぱりライの方が魔力操作は上手ね。ただ遅くなりすぎててさっきより近くに落ちているから、ちゃんと同じくらい飛ぶように練習かしら」
「はい」
「ちゃんと魔力操作できるようになると、こういう事もできるわ【ウォーターボール】」
母さんがそう言って出した水の球は、手のひらの上に浮いていて動く気配がない。
「と、止まってる」
「実戦だと早く撃てた方が良いと思うかもしれないけれど、こうやって停滞させておければ好きなタイミングで飛ばせて生成する時間がない分早くもなるから、使い方次第では有効な手になるわ」
そう言いながら出した水の球をふたつに分けて、くるくると回るように動かす。
――おぉ。あれなら1つの魔法で2回分にもなるし、確かに実戦でも使えそうだなぁ。
「【ウォーターボール】」
母さんの魔法を見た俺は自分でも試してみたくて魔法を発動させる。
今度は魔力量は控えめにしていたので大きさこそ拳サイズだが、ちゃんと手のひらの上でフヨフヨと浮いて止まっている。
「さすがねカーリーン! 説明してみせたらしっかりと使えてるわ。カーリーンは私より才能が有りそうだし、これは色々魔法を教えるのが楽しみね」
「カレア、まだカーリーンは3歳なのだから、魔法以外にも教えることは山ほどあるわよ」
「分かってます。ちゃんと教えて私よりもすごい魔法使いに育て上げてみせます!」
「本当にあなたは魔法の事になると……」
「私も魔法頑張らないと……」
「ははは、魔法はカーリーンの方が先を行っちゃったね」
「むぅ~。でもまだ剣があるもん! 剣はちゃんとおしえてあげるんだから!」
アリーシアは年下の俺に負けたくないと意気込み、兄さん達も特に悔しがることもなく、笑顔で話しかけてくれる。
――姉さんはやたら俺に教えたがっているが、姉だからだろうか……なんにせよ、兄弟関係がギスギスしないでよかった。姉さんのあの様子だと、剣の稽古が始まったら頻繁に相手をさせられそうなのが気がかりだけど……
その後、姉さんが"今ならできそう"と言って発動させた【ウォーター】により、子ども4人がびしょぬれになったタイミングで魔法の稽古は終わりとなった。
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適性があれば威力などがアップし、なくても魔力量にものを言わせて一応発動は出来るが、細かな操作が難しいといった感じです。
カレアが自身の魔力が多く、魔力操作も上手いため可能ですが、だれもかれもができるとは限らないです。アリーシアを失望させないためにもその説明はしていません。