6.兄たちと執事
母さんの手伝いをすると言って一緒に作業を進めている父さんは、意外にもテキパキと事務作業を行っていた。
――あの外見と性格からどうみても脳筋系かと思ってたけどそうじゃないみたいだ。さすがに母さんの方が作業スピードは速いけど、決して父さんも遅いわけじゃなさそうだし。何より、質問は最低限で作業を妨げるようなこともせず、まさに共同作業って感じだ。
途中でベビーベッドに寝かされた俺は2人分のお茶を用意したリデーナに再び抱かれて、両親の作業を静かに見守っていた。
「お、あっちも終わったから、こちらもそろそろやめにしておくか」
しばらくその様子を見ていると、父さんがそのようなことを提案してきた。
――何が終わったのだろうか……
「あら、もうそんな時間なのね。あなたと一緒だったから時間が進むのが早いわ。もちろん作業が進むのも早かったけれどね。ありがとう」
そういうと、まだ座っていた父さんの頬に軽いキスをする。なんとも仲睦まじいことだ。
「カーリーンも大人しくしていて偉かったわよ」
そういうと俺のおでこにも軽いキスをして、リデーナから母さんの腕の中に移動させられた。
「暴れもせず、お2人の様子を見ておられましたね」
「おー。偉いぞーカーリーン」
父さんが笑顔で頭をワシワシとなでてくれる。母さんに比べると荒々しく感じるが、これはこれで心地よい。
父さんに撫でられていると、ドアがノックされたのでリデーナが対応しに向かう。
「奥様。ライニクス様とエルティリーナ様の勉強の時間が終わりましたので、お連れしました」
「入っていいわよ」
母さんがそういうと「失礼します」と男性の声が聞こえてドアが開いた。
そこには父さんと同じ赤髪の男の子と母さんと同じ金髪の女の子、その後ろに白髪が混じり灰色っぽく見える年配の男性が立っていた。
「あー! おとーさんもいるー!」
「ほんとだ、帰ってきてたんだね」
女の子が父さん譲りの赤い瞳を大きく開き、嬉しそうに父さんに駆け寄っていく。母さん譲りの青い瞳の男の子はその女の子の後をゆっくりと歩いて入ってきた。
――男の子が兄のライニクスで、女の子の方が姉のエルティリーナか。ライニクス兄さんはしっかり落ち着いた感じがするが、エルティリーナはすごく活発な感じなんだな。
「旦那様はやはりこちらにいらっしゃってましたか。それよりもリデーナ、変装はやめたのですか?」
「え、あ!」
――こういうところがリデーナの抜けているところなんだろうなぁ……
「え? リデーナなの?」
「髪の色が違うけどリデーナだね……」
父さんにばかり気が向いていて気が付いていなかったようで、エルティリーナもライニクスもポカンとした表情でリデーナの姿を確認する。
「え、えぇ。リデーナでございます……」
"やってしまった"と内心思ってそうな困り顔でリデーナはそう反応する。
「すごい! みどりいろのかみきれーー!」
「だね。その耳は……授業で教わったエルフ族だったの?」
「はい。私はエルフ族でございます」
「いい? 2人とも。リデーナがエルフ族だったことは、お外でしゃべっちゃだめよ? もししゃべったりしたら……」
母さんが2人に注意すると、真剣な表情で顔を見て聞いている。
「リデーナがどこか行っちゃうことになるからね?」
「えー! やだ! ぜったいいわない!」
「わ、わかりました」
「ん! よろしい!」
母さんはそういうとしゃがんで2人を空いている右手で順番に撫でてあげる。
――ライニクス兄さんは父さん譲りの赤い髪に母さん譲りの青い瞳、母さんよりの優しそうな目つきだから将来中性的なイケメンに育つだろうなぁ。礼儀正しいみたいだし。エルティリーナ姉さんは母さん譲りの金色の髪に父さん譲りの赤い目。父さんに似てちょっと鋭い目つきに見えるが、父さんが笑っていたり母さんや子供たちを見る目つきはすごく優しく見える。姉さんもかなりな美人に育つんだろうな。
「カーリーンきょうはおとなしーね?」
黙ってみていたら姉さんも俺を見ていたようだ。
「やっぱりカーリーンは母さんにそっくりですね」
「ねー。きっとお母さんみたいにきれーになるよ!」
「そうなりそうだけど、カーリーンは男の子だよ……」
「あら、ありがとう」
そういって母さんは再び姉さんの頭をなでてあげている。
――俺は母さん似らしい。それはうれしいと言えばうれしいのだが、男の子としては"美人に育つ"と言われるとなんとも微妙なうれしさだ。まぁ子供の言うことだしな。
「カーリーンもなでてあげる!」
姉さんがそういって俺に手を伸ばしてくる。
姉さんもまだ幼いと言っても、赤ちゃんの俺からすれば十分大きく見え、普通の子供の反応を考えるとちょっとした恐怖を感じざるを得ない。
――前世でも動物をなでようとするときに容赦ない子供を知ってるからなおさら怖いんだが!? ストップ! ちょっと待って姉さん! すこし、少しだけ落ち着く時間頂戴!
そう思っていると、迫ってくる姉さんの指をいつの間にか握って止めていた。
「みてみて! カーリーンがにぎってきたー! けっこうちからつよいのね?」
そういいつつ軽く手を振っているが、俺の手が指を放すことはなかった。
「あはは。エルが急に手を伸ばしたから怖かったんじゃないかな?」
――まさしくその通りです兄さん……でも振っている手も俺の手を放させようとしているわけじゃないからか小さく振っているし、ちゃんと相手に優しく接することのできる子らしい。
「むー。だいじょうぶよカーリーン。わたしがまもってあげるわ!」
そういっていた姉さんの赤い目は、その色も相まって何か決意して燃えているようだった。
「さて、厨房に2人向かったようだから、おまえたちも夕飯までに片付けしておいで」
「どうして片付けしてないと思ったのですか……?」
「そりゃ、おまえたちが自分の部屋に行かずにまっすぐ来たからだが?」
「むー。なんでおとーさんわかるのー!」
「はっはっは。なんでだろうなー? ほらいくぞー」
「はーい」
――作業やめるように言った時もそうだったけど、気配を感知する能力がずば抜けてやしませんかね……神様も"物語の主人公のような"で納得してたし、そこまでハイスペックなのか……
父さんは2人を片腕ずつに抱き上げて部屋から出ていく。リデーナも夕食の準備の手伝いに行くらしく、一緒に退室していった。
「さてと、ロレイナート、こっちも片づけるからカーリーンを抱いててくれるかしら?」
「もちろんでございます」
そういうとロレイナートと呼ばれた執事らしき人物の腕の中に移動させられる。白髪の混じった髪の毛や口ひげから結構歳は上に感じられるが、背筋はピンと伸びておりしっかりとした体つきのようで、俺を抱いている腕も鍛えられているようだった。
顔を見ているとリデーナの時と同じく何か違和感を感じて、その原因を探るために凝視してしまっていた。
「おや、カーリーン様、私の顔に何かついてますかな?」
ニコっと笑ってくれたロレイナートは、空いている手で自分の頬などを触って確認する。
「ふふ。ロレイも変装が見破られたのかもね?」
「え……?」
ロレイと呼ばれた執事は、母さんの一言で目を見開き動きを止めていた。
――ロレイナートも変装してるの!? ピアスとかはないけど!?
「カーリーンがリデーナの変装を見破ったのよ。そんな感じで不思議そうに顔を見てるってことは、あなたにも何かあるんじゃないかって見てるんじゃないかしら?」
「そんなはずは……」
「魔法の才能があるから、魔法に関するものを直感的に感じ取ってるんじゃないかってリデーナはいっていたわ」
「そうなのですか?」
「あーい」
「あら、言葉がわかるのかしらね?」
「言葉は理解していないと思われますが……なるほど、それでリデーナがあの姿だったのですね……」
「ロレイもご褒美に本当の姿を見せてあげれば?」
「そうおっしゃるのであれば。【解除】」
そういうとロレイナートも髪の色が緑色にかわり、耳が伸びる。リデーナの時と違うのは、口ひげも消えて顔つきも若々しくなり、リデーナと同年代くらいまで若返ったところだった。
「あおー!」
「ふふ。まだ伝わらないでしょうが、旦那様にすら内緒ですよカーリーン様。あまりお付きの執事が若いと、なめられることもありますからね」
ロレイナートはウインクして人差し指を口にあて、黙っているようにと俺に告げてくるが、その恰好がものすごく様になっていてすぐに返事はできなかった。
――まだ赤ちゃんの俺になら見せても構わないと思ってるところ申し訳ないが、しっかりと見させていただきました……母さんは知ってるみたいだけど、父さんにまで内緒ってことはちゃんと守らないといけないやつだな。
そう思った俺は「あいー」と返事をしたつもりだが、当人と母さんには"偶然声を出した"程度に思われているようで、その返事を微笑ましい目で見ていた。
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お盆も半ばに暑いですし、台風も近づいてるので皆さん体調には充分お気を付けください。