58.1人称と水魔法
じいちゃん達が来てから数日が過ぎ、今日は俺の誕生日の前日だ。
と言っても1歳の時と同じく誰かを招くわけでもないので、前日とはいえ特に変わらない過ごし方をしている。
ここ数日の魔法の稽古で一緒に練習しているおかげもあってアリーシアとは更に仲良くなり、兄さんたちとの距離も縮まったと思う。
「ライお兄さま、その本はモンスターの事が書かれた本ですか?」
「うん。アリーシアも読んでみる? と言っても王都付近にいるモンスターかは分からないし、アリーシアが会う事はまずないと思うけれど……」
「いえ! 知っておいて損はないですし、これからもこちらに来た時に役立つ事もあるかもしれないので、読ませていただきます」
そう言ってアリーシアはソファーにいる兄さんの隣に座り、本をのぞき込んで一緒に読む。
姉さんや俺という下の弟妹がいるだけあって一緒に読むことには慣れていて、アリーシアも読みやすいようにしているのはさすがだと思う。
この領は他領と比べてモンスターの存在が身近なため、俺たち兄弟はああいったモンスターの事が書かれた本で弱点や習性などを学んでいる。
兄さんが言う通り、アリーシアが住んでいる王都周辺はモンスターの駆除が行われていて、凶暴なモンスターが周辺にいないらしいし、なによりアリーシアの父親がそれらと遭遇するような事態は極力阻止するだろう。
しかし、その大切にしている娘からまた"オルティエン領に遊びに行きたい"とお願いされれば伯父さんは断れないだろうし、アリーシアの言う通り"損にはならない"のだからその学ぶ姿勢は素晴らしいと思う。
――アリーシアも随分慣れてくれたなぁ。あんなに自然に兄さんの隣に座って、一緒に本を読めるようになるなんて。兄さんの優しそうな目元は母さん似だし、髪の色は違うけど本当に兄妹みたいだ。
などと思いつつ兄さんとアリーシアを見てなごんでいると、正面に座っている姉さんから声を掛けられる。
「カーリーン、なんかお母さんみたい……」
その言葉を聞いて俺は飲んでいたお茶でむせ込み、隣にいる母さんと斜め前に座っているヘリシアばあちゃんに笑われる。
「え、な、どこが!? 顔の事なら今さらじゃん!?」
「なんていうか……お兄ちゃんたちを見るときの表情? お母さんも同じような顔つきで見てたから、なおさらそう見えたわ」
――確かに兄さん達をみてなごんでいたけどさ……男なんだからせめて"お父さん"と言ってほしかった。いや顔つきのせいもあるから間違いじゃないか……
「ふふふ。たしかにカーリーンはたまにそういう顔をしてるわね」
「でしょ? お母さんとずっと一緒にいるから似たのね」
姉さんの隣にいるヘリシアばあちゃんも同じように思っていたようで、笑いながら姉さんの言葉に同意している。
確かに母さんの近くは気温を調節しているから快適なため、ある程度離れて過ごすことが多くなった今でも暑い日や寒い日は快適さを求めて近くにいることが多い。
「その気温を調節する魔法って難しい?」
「別に無理に私から離れることもないわよ?」
「そういうつもりじゃないけど……夏とか冬に母さんやリデーナがよく使ってるから、俺も使えるようになったら快適そうだなぁと思って」
「そうねぇ……水魔法で霧より更に細かい水滴をばら撒いて温度を下げているのだけれど、魔力操作がしっかりできないとずぶ濡れになるから、室内で安定して使えるようになるにはそれなりに練習しないといけないわね」
――なるほど、あれは水魔法だったのか。いつも【クーラー】って言ってたから氷系かと思ったけど、前世でも水を吸い上げるフィルターを使った冷風機とかもあったしなぁ。それが魔法で低温の水で出来るなら十分気温を下げることも可能か。
「ねぇカーリーン。ずっと思ってたんだけど、自分の事を"私"か"僕"って言わないの? その方が可愛いのに」
「ヤダ。父さんも"俺"って言ってるし、母さんも何も言わないってことはいいってことでしょ?」
「そうねぇ。カーリーンは男の子だし、お父さんがあんな感じだもんね。ちゃんとした場ではさすがに改めてほしいけれど」
「父さんもそういう場ではちゃんと"私"って言ってるし、俺もそこはちゃんとするよ」
「なら別に構わないわ」
「えぇー。絶対"私"とかの方が似合ってて可愛いのにー」
文句を言う姉さんの後ろで、リデーナが小さく同意するように頷いている。
――リデーナも母さんに似ている俺の一人称が気になっているのは知っているが、母さんがこうやって許しているから何も言えないんだろうな。それに前世の頃の記憶がある分"俺"の方が慣れてるしなぁ。なにより見た目が女の子っぽいと知っているから、せめて口調くらいは男の子っぽくいたい……
「さて昼の方の稽古はどうしようかしら? あなたたちがまだやる気があるなら、魔法だけやってもいいのだけれど」
「お父さんは遅くなりそうなの?」
「日が落ちる前には帰ってくると思うけれど、それくらいになるから剣の方は今日はお休みかしらね」
明日は俺の誕生日であり、子供の誕生日は1日休みにして一緒に過ごすという我が家の方針があるため、明日の分の仕事もまとめて終わらせるために、父さんは朝から出かけている。
――森の様子を見に行くついでに駆除もしてくるって言ってたけど、多分一般的な領主がやる事ではないよなぁ。まぁ父さんだからこそ進んで参加してるんだろうけど。しかも今回はそこに今は当主ではないとはいえ公爵であるヒオレスじいちゃんまで同行してるし、一緒に行ってる騎士団の人は気が気じゃなさそうだな……
「えー。私は魔法はちょっといいかなぁって……」
「姉さん、そうやってやらないとドンドンできなくなって、もっと嫌になるよ?」
「むぅ~。自分が得意だからって、カーリーンが意地悪なこと言うー!」
「うふふ。それでどうするのかしら?」
「や、やるぅ……」
「エルのやる気を出させるのはカーリーンが一番上手そうね」
「カーリーンが剣の稽古を始められるようになったら、そっちの練習にも付き合ってもらうんだから」
――剣の方も興味はあるんだけれど魔法の練習の方をやりたいから、時間をさかれない程度にお手柔らかにお願いしたい……
「ライ、アリーシアちゃん。魔法の稽古をやるけれど、あなたたちはどうする?」
「あ、はい、準備します」
「私もやります!」
本に夢中でこっちの話を聞き取れていなかった2人だったが、母さんの言葉に反応して本を机に置いて近寄ってくる。
「それじゃあ外へ行きましょうか」
「あれ? ここでやらないの?」
朝の魔法の稽古は外に行かずに室内でやっていたため、姉さんが不思議そうな顔で聞いている。
いつもは剣の稽古の休憩などに挟みつつ練習しているためテラスでやっているのだが、今日は剣の稽古はなかったのと魔力循環と【ライト】などの危険性のない魔法であれば、室内で練習しても問題はないためそうしていた。
「ふふ、お昼の稽古は水魔法の練習をしましょう」
「それは母上が使っているようなやつですか?」
「さっきカーリーンにも言ったけれど、これはちょっとまだ難しいと思うからもうちょっと簡単なものからね。それでも濡れはするだろうからタオルも用意してもらいましょうか」
母さんがそう言いつつリデーナに目配せすると、彼女は軽くお辞儀をして部屋を出る。
「それじゃあ、おばあ様も水魔法を使えるから、2人ずつ分かれてやりましょう」
母さんがそう言うとアリーシアと姉さんが俺の方へ寄ってくる。
――アリーシアはこっちに来て一緒に練習してるから分かるんだけど、姉さんは何でだろう……さっき意地悪なこと言ったから俺と一緒にやってずぶ濡れにする気じゃないよな……
「あら、カーリーン両手に花ね。でも今日は一緒に練習してきたアリーシアちゃんとカーリーンがペアで、ライとエルはおばあ様に教えてもらいなさい」
「はーい」
姉さんは若干つまらなそうな感じで返事をした後、素直に兄さんと一緒にヘリシアばあちゃんの所へ向かった。
ブックマーク登録、評価やいいね等ありがとうございます!