56.朝の稽古
じいちゃん達が来た当日はアリーシアも一緒だったため稽古などはせず、そのままのんびりと手紙には書いていなかったことなどを話して過ごした。
そのおかげもあって翌朝リビングに集合した時には、昨日の緊張具合が嘘のような自然な笑顔のアリーシアが座っていた。
朝食後、気温が上がりきらないうちに稽古をすることになり、みんなでテラスに出る。
稽古と言っても兄さん姉さんは剣の稽古があるが、俺とアリーシアは魔法の方しかしないため、母さんの近くの椅子に座った。
「アリーシアさんは剣の稽古は勧められたりしたの?」
魔法の稽古は始めていると言っていたが、うちみたいに親からやるように言われるのか気になったので聞いてみることにした。
「ん~。魔法はやるようにって言われたけど、剣の方は言われてないの」
兄さんや姉さんは年齢的に同い年と3つ上だからか緊張の解けた今でも結構丁寧な言葉づかいのままだが、年下かつ気軽な口調で話す俺にはタメ口で話すようになってくれた。
――俺としてもその方が接しやすいしありがたい。本当は俺がもうちょっと丁寧な口調で話した方が良いんだろうけど、今のところ本人を含む誰からも注意されてないしいいのかな?
「まぁ魔法も危ないものはあるけれど、剣は物理的に危ないもんね。なんたって重いし」
「ふふ。お父様も"アリーシアにあんな重たいものなど持たせられるか"って言ってたわ」
「それはなんというか……大切にされてるね」
"過保護気味では"という言葉を飲み込んで言葉を濁して言うと、アリーシアはそのまま受け取って優しく微笑む。
「えぇ。お仕事で屋敷にいない時間も多いし、私はひとりっ子だから帰ってきたらすごく優しくしてくれているわ。お父様のお知り合いの人からは"怖い人"とたびたび聞くけれど、信じられないもの」
アリーシアの父親は軍部で働いているため、たびたび王城に泊まり込みで仕事をしているらしい。
そして昨日の談話の中で知った新情報だが、母さんの実家でもあるナルメラド家は公爵家らしく、その家督を継いだ伯父の娘という事は、アリーシアは公爵令嬢という事になる。
――まさか母さんの実家がそんな立場の家だったとはなぁ。まぁヒオレスじいちゃんは結構地位が上なんだろうなぁとは思ってたからそこまで驚きはしなかったけど。よく考えたら公爵令嬢を娶った平民が辺境伯になったって、結構目を付けられてそうなんだが……
「さて、ライ達も始めたからこっちも始めるわよ」
母さんが兄姉たちが準備運動の走り込みに行くのを見送った後、俺たちの方を向いて座りなおす。
「よ、よろしくおねがいします、カレア叔母様」
「そこまで身構えなくてもいいわよ。気楽にやりましょ?」
「お父様がカレア叔母様はすごい魔法使いだから、いい機会だから教えてもらってきなさいって言っていたので……」
アリーシアは父親から母さんのすごさを聞いているらしく、稽古となると緊張して力んでしまっている。
「あらあら。お兄様ったらそんなこと言ってたのね。それは張り切らなくちゃいけないわね」
「カレア、ほどほどに、ほどほどにだぞ? まずは魔力の循環からだぞ?」
「んもう、分かってるわよお父様。いきなり魔法の実践なんてしないわ。ちゃんとどこまで出来るか把握してからやりますー」
張り切ったところに横からヒオレスじいちゃんに水を差されて拗ねたように言い返した後、俺たちに魔力循環の練習をさせる。
「ん~。いつもは先にカーリーンが始めてるから循環の練習は私とやっていたけれど、せっかくだしアリーシアちゃんとやってみましょうか」
「は~い」
「え、えっと循環の練習を2人で、ですか?」
「そうよ、こうやって手をつないで魔力を流すの」
そう言いながら母さんは俺の手を取って左手に魔力を流してくるので、それを感じ取った俺も右手から母さんの左手に向けて魔力を流す。
「ん、上出来ね。これなら魔力を感じ取る練習にもなるからお得よ?」
「まてまてカレア。それは魔力を放出しているのではないのか?」
「違うわよ? カーリーン、おじいちゃんにやってみてあげて」
「うん」
母さんがそう言うのでヒオレスじいちゃんに右手を出してもらって、握手する形で手をつないで魔力を流す。
「なんと……この年でこれができるのか……」
「え? コレ?」
じいちゃんが驚いた様子でつぶやくので、反射的に聞き返してしまう。
「自分の魔力をただただ放出するのではなく、他の人の身体に通すのは魔力操作がきちんとできないと難しいことなのだ」
「これができたら【魔力譲渡】もできる?」
「いや、アレは他の人の中に魔力を送ったあと溜めなければならないからまた別格だ。今やったのは通るだけで溜まることはないからな。……まさか出来ないよな?」
「で、できないよ? 母さんがやってるのを見てただけだから」
――確かに【魔力譲渡】は難しいってロレイも言ってたもんな……流せるなら出来るのではと思ったけど、じいちゃんの口ぶりからして難易度は高いんだろうな。
「そうか、カーリーンはそうだったな。それならまぁ納得は出来る」
「うちの子はみんなできるわよ?」
「ライくらいの年齢ならともかく、エルまで出来るのか……」
「おじい様、それは私には難しいのですか?」
「いや、うーむ……エルやカーリーンを除けば、アリーシアくらいの年で出来るものがいるかどうか怪しい、というレベルだ」
――え、これそんな難易度だったの……? そんなに難しい?
「そんなに難しいかしら?」
俺と同じ感想を母さんが口にすると、じいちゃんは一瞬固まったあと口を開く。
「他の魔力があるところに流すのだから子供には難しいに決まっているだろうが! あー、いやまて、お前はいつの間にか魔法が使えるようになってたが、これをいつから出来ていた?」
「そんな昔の事詳しくは覚えてないけれど……生活魔法が使えたころじゃないかしら」
「つまりまともに魔法の勉強をしていなかった5歳の頃から出来たと。なるほどな、今やこの国屈指の魔法使いと言われるレベルになったお前には才能があったのは分かっていたつもりだったが、想像以上だったようだな……そしてそんなお前が教える自分の子だもんな……」
「ちなみに、リデーナには真っ先に教えて、始めたての頃の魔力操作はこれで練習していたわよ?」
「そんな報告は聞いた覚えがないが?」
「お嬢様が"もっと魔法がうまくなってから一緒にお披露目する"とおっしゃっておりましたので、私からは何も報告することは出来ませんでした」
じいちゃんは怪訝な視線を後ろに控えているリデーナに向けるとそう答えられて、手で目元を覆いため息を吐く。
「まぁまぁ、あなた。リデーナがカレアの付き人になった時から、"カレアのお願い優先"なのは分かってたことじゃない」
「まぁそうだな……今さらどうこう言っても仕方ないしな」
――その時の雇い主はヒオレスじいちゃんだったはずだが、使用人としてそれでよかったのかリデーナ……
「……もし、それができるようになって帰れば、お父様は喜んでくれるでしょうか?」
じいちゃんが難易度がそこそこ高いという話をしたあたりから、何かを考えているようだったアリーシアが顔を上げてそう言う。
「もちろん。魔力操作がうまくなければできないことだからな」
「私、出来るように頑張ります!」
「うふふ、そうね。出来るようになって帰って、驚かせてあげましょうね」
「はい!」
アリーシアは魔法の練習にやる気を出したようで、準備運動のように目を閉じて自分の中で魔力を動かし始めた。
「ジルはこの事を知っているのだろうか」
「まぁライくらいの年齢になればできる子も少数ではあるけれどいはするし、カレアがそれくらいの事を教えてるっていうのは知ってるんじゃないかしらね?」
「ジルネスト様はお嬢様があの練習をしていたのは知ってますからね」
「ジルとカレアは仲が良かったもんな……」
「……今だから言うけれど、私も知っていたわ」
「ヘリシア……お前まで知っているってことは、知らなかったのは私だけではないのか?」
「ほかにも使用人数名は知りません」
「あの屋敷で数名って、つまり8割がたは知っていたという事か……」
「皆様お嬢様のお願いには弱かったですからね」
「うふふ。あなたも弱かったでしょう?」
「……そうだな。ジルの事を"娘に甘い"などと言える立場じゃなかったかもな」
孫の魔法の練習を見ている自分の娘の姿を穏やかな表情で眺めつつ、そんな話をしているのが聞こえていた。
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