54.魔馬
リビングに入ってそれぞれの席に座る。
今回はアリーシアもいるので話しやすいように父さんは上座に座り、母さん側に屋敷にいる家族、その対面にじいちゃん達とアリーシアが座っている。
「さて、あらためてお久しぶりです。お元気そうでなによりです」
父さんはじいちゃんから敬語などは必要ないと言われているが、ばあちゃんもいるため一応丁寧な口調で挨拶をする。
「あぁ。そちらもな」
「カーリーンも大きくなったわね。元気だったかしら?」
「うん」
ばあちゃんが魔漏病の事を心配して声をかけてくれるので返事をすると、安心したような微笑みを向けてくれる。
「魔力操作も安定してるし、【ライト】の強弱もちゃんと出来るようになっているわ」
「まあ! それはあとで見せてもらわないとね」
「わかった~」
「それで、義父上、あの馬なんだが……魔馬だよな?」
「あぁ、その通りだ」
「いくらお父様と言えど、よく私用で使えたわね。もしかして、何かこの領でやる仕事でも受けたの?」
「いや? 本当に孫の誕生日を祝いに来ただけだが」
「アレを借りられた経緯を話さないと分からないわよ」
ばあちゃんに呆れたように言われて、じいちゃんは苦笑しながら頭をかいて説明を始める。
「あ~そうだな……あの魔馬は、もう軍部を引退させる予定のやつなんだ」
「死ぬまで現役と言われる魔馬が引退?」
「生まれて1年ほどで十分な力が付いて、自ら動かなくなったと思えば1週間以内には死ぬが、それまでは変わらぬ力強さで働いてくれる。だからこそ衰えて引退などなかった生き物ではあるんだが、そもそもアレは一応モンスター扱いなのは知っているよな?」
「まぁ、似たようなモノと戦ったこともあるしな」
「民衆からモンスターは怖いと声が上がったのかしら?」
「いやいや、そんなものが出ていたらここまで連れてこられないだろ」
「それもそうねぇ……」
――あの大きな馬はモンスターなのか……確かに普通の馬に蹴られるだけでも危ないのに、あのサイズの足でやられると大惨事だわな……この世界の人は頑丈だけど、それでも大けが間違いなしだろう。
「んで、まぁモンスター扱いされるほど力強く、身体がでかい。でかいと言っても、普通の馬の数倍とかいうサイズではないから場所には困らないんだが……ヤツらはよく食うんだ。それこそ通常の倍以上にな」
ここにくる道中でも相当食べたのか、思い出すように苦笑しながら小さくため息をはく。
「なるほど……維持費の削減かしら?」
「そんなところだ。大量の物資輸送や重装備騎兵を使うのには最適なんだが、昔に比べて通常の馬も力強くなってきていてな。それなら魔馬の数を減らしてもいいのではないかとな。だから増やす数は減らす方針なんだが、今いるヤツらを殺すのは気の毒だ。だったら今いる年がいってるのを商人や貴族に貸し出す、あるいは引き取ってもらうのはどうかという話が出たのだ」
「それで引き取ったと」
「いや、正確にはまだ試験段階だな。実際に軍部で普通の馬の方で運用してみて、どれほど影響が出るのかの確認もしなきゃならんから結構長期的になる。正式に貸し出しや引き取りが可能になるのはもう少し先になるだろうが、そうなった時に市民の目にも入るから、少しずつ慣れてもらうためにここまで連れてきたのだ」
「ただでさえ大きいから怖いと思う人もいるのに、今までの運用を知っている人が見れば不安にもなるものね」
「まぁあの馬達は引き取ることは確定しているからこそ、今後もここへ来るのに使うだろうし連れてきたんだがな」
どこか自慢気に話すヒオレスじいちゃんを、母さんは少し呆れた様子で見つつ笑う。
「結局引き取るのは確定しているのね……商人たちが羨みそうだわ」
「アレの力を活かそうとすると、普通の馬車だと耐久面などの問題があったから新たな構造のを開発していたわけだが、それらを手伝ったのだから一足先に引き取ることを確約されていても文句はあるまい」
「それに維持費がかかるから、それこそ大きな商会とかじゃないと商人は引き取らないと思うわ。ヒオレスが言った通り最近は普通の馬でも十分なのだから、そこに維持費のかかる魔馬をあえて使おうとするのは少数よ」
ばあちゃんが補足をすると、母さんは納得したように頷いている。
「それじゃあしばらくは貴族ばかりになりそうね。でも維持費がかかると分かっているものを、わざわざ引き取る貴族も少ないのでは……?」
「私がいるが?」
「お父様は別です」
「うふふ。そうねぇ。うちみたいに移動に使いたい貴族とか結構いるみたいよ? それに貴族というのは頻繁に使わないにせよ、そういう"お金のかかるものを所持できるほど裕福だ"という証は欲しがるものよ」
母さんの言葉で少しシュンとしているじいちゃんを見て、ばあちゃんが笑いながら説明する。
――あ~、確かに財力を誇示するのに丁度いいのか。しかもちゃんと実用的なものだから貴族はわりと欲しがりそうだなぁ。まぁじいちゃんの言う"普通の馬の数倍"がどれだけの量かも分からないし、食費以外の他の部分も合わせると大変そうだけど。
「たしかに維持費を考えても、あの速度なら引き取りたいという人もいますか……移動時間が短くなるのは嬉しいことだものね。うちにも欲しいくらいだわ」
「お。そうだな。そうすればカレア達も王都へ来やすくなるしな。帰ったら伝えておこう」
じいちゃんが名案だと言わんばかりに嬉しそうにそう言うと、母さんは苦笑いをしていた。
――王都へ行くとじいちゃん達に会えるのは嬉しいんだろうけど、それ以外にも貴族の集まりとかに参加させられそうだもんなぁ。そういうのが苦手って言ってた母さんからすれば複雑な気持ちだろう。
「待ってくれ。維持費がかなりかかると聞いた後だからな……ちょっと考えさせてくれ」
「む。そうだな」
そこへ父さんが助け舟を出すかのような意見を出すと、また笑顔に戻った。
「魔馬じゃなくても、新型の馬車なら少しは早くなるんでしょ?」
「あぁ。うちのは魔馬に曳かせるようにちょっと仕様が違うが、通常の馬用の方でも十分早くなるし、振動も少ないな」
「それなら馬車の方はお願いしようかしら」
「分かった。早めに作らせよう」
話の区切りがついたところでお茶を一口のみ、じいちゃんが話題を変えて再度口を開く。
「それで、そちらはどうだった? カーリーンはさっきも聞いたが、魔力操作がうまくなったようだな」
「うん。ほら、【ライト】」
そう聞かれたので光の玉を出現させて、魔力を操作して緩やかに点滅させる。
「おぉ! 【ライト】を維持したまま強弱を変えられるようにまでなったか!」
――あれ? 母さんがこう出来るように練習しなさいって言うからやってたんだけど。
「1度消して調整するより維持したままのほうがよっぽど難しいのに、よく頑張ったわね」
「う、うん」
微笑んでいるばあちゃんに褒められた俺は、少し照れくさくなって魔法を解除しつつ頷く。
「これで安心だな」
「えぇ……それに、ライもエルも剣術の伸び方がすごいわよ?」
魔漏病のことは余り話さないようにしているため、母さんは短く返事をして兄姉の話にもっていく。
「あぁ。前に王都に行った時より強くなっているライはもちろん、エルも今のライに負けないほどだ」
「そんなにか! あの時のライですら新米団員といい勝負をしていたというのに」
「力だけで見れば、エルのほうが遥かに上ですよお祖父様」
苦笑しながら兄さんにそう言われて、更に驚いたような表情になる。
「オルティエン領は安泰だな。ここほどモンスターの存在が近い領都は他にはないが、どの領都よりも安心できる」
「また稽古も見てやってくださいねお父様」
「もちろんだ。フェディも手合わせ頼んだぞ」
「あぁ、わかった」
じいちゃんはニカッと笑ってそういうと、父さんは諦めたような表情をしつつも快く承諾した。
ブックマーク登録、評価やいいね等ありがとうございます!
カレアは家より外にいるタイプだったので、生まれは貴族ですが貴族事情に若干疎いです(´・ω・`)