53.従妹
本の件でちょっとした騒動があったあと、父さんは観念したように姉さんに事実を教えた。
それを聞いた姉さんは、小さい頃に"フーゴのように強くなりたい"と本人に言っていた事もあって、今まで以上に父さんを尊敬して剣の稽古を頑張るようになった。
剣の稽古は体がある程度できてくる5歳ごろから始めるつもりらしく、俺は兄さんたちの稽古を横目に魔法の練習をする日々を送っていた。
――姉さんの場合、本人のやる気がすごかったから3歳からやってるもんなぁ……まぁ魔法に関しては、もうちょっと勉強とかができるようになってから教えるつもりだったみたいだけど、魔法が苦手な姉さんですら3歳の頃からなんとかやれてるし、俺の場合は病気を治すために早めに始めたんだろうけど、俺も待ちわびてたから問題はないな。
今日は俺の誕生日の1週間前なのだが、今年もヒオレスじいちゃん達が来てくれるらしく、昼前の屋敷の玄関で到着を待っている状態だ。
今回は俺も1人で歩けるようになったこともあり、きっちりした服装も用意されたのでそれを着ているが、相変わらず髪は伸ばしている状態なので、姉さんとおそろいの紐で髪を縛っている。
「それにしても王都を出てからまだ1週間なのだけれど、またお父様は無茶な移動をしてるんじゃないかしら……」
「一応新型の馬車が完成したらしいからそれで来てるんだろうが、さすがに半分の時間でってなると不安になるな……」
その馬車ができるまでは、うちから王都に着くまで2週間ほどを見積もっていたことを考えると、かなりの短縮になっている。
「王都に行ったときに詳しい話は聞かなかったの?」
「いやぁ、足回りを改善するとしか聞いてないんだ」
――整備されていない土の道だもんな。衝撃を吸収する構造を実用化できればそれだけでも充分な速度になりそうだけど、その分車体が重くなって馬への負担も上がるだろうし難しそうだよな。
などと話をしていると、こちらに向かってきている馬車の姿が見えた。
「あぁ……なるほどなぁ。義父上の立場を考えると可能だよなぁ」
父さんが先頭を走っている馬車を曳いている2匹の馬を見ながらそうつぶやく。
少し後ろの両サイドを走っている護衛を乗せた馬と比べると、その馬は一回りは大きく見える。
「まさか魔馬を私用でつかうとは思わなかったわ……」
「まば?」
両親の言葉が気になった姉さんが父さんを見上げながら聞く。
「あぁ、ライは王都に行ったときに義父上に連れられて見たと思うが、軍事などで物資を輸送する際に使うようなヤツだな。あとは重装備騎兵の馬としても使われることもある。まぁ国同士の戦争は起きてないから、大掛かりな討伐隊が動くときに使われてるくらいだが……」
――そんな馬を使ってきたのか……もともとそういう職だったとしても、それを使えるだけの地位か……そういえばじいちゃんの爵位とか結局聞きそびれてるけど、やっぱりかなり上なんだろうな。
2台の馬車が屋敷の敷地に入ると、それを引いている馬がなおさらでかく感じる。
後ろの馬車には箱や荷物などもかなり積んでいるようだが、それでも難なく移動できることを考えれば馬車の数も少なく済むし便利なのは間違いない。
玄関先まで馬車が来ると、じいちゃんが自分で扉を開けて降りてくる。
「出迎えご苦労。久しぶりだな」
あれから2年経っているが老いた様子もなく、相変わらず鍛えられている体つきが服の上からでも分かる。
「ようこそ。義父上、その馬はもしかしなくても……」
「あぁ、その話はあとでな」
そう言いながらヒオレスじいちゃんはヘリシアばあちゃんの手を取って、馬車から降りるのを手伝っている。
「久しぶりね。みんなも元気だったかしら?」
「えぇ、お母様もおかわりないようで安心しました」
「ふふふ。この人がよく家を空けているから、そうそう寝込んでもいられないからね」
ばあちゃんはほほ笑みながらそう言っているので、嫌みではなく冗談なのだろう。
そう言われたヒオレスじいちゃんはそうだと分かっているからか特に言い返したりすることもなく、再び自分たちが乗っていた馬車の中をのぞく。
「ほら、おいで」
「は、はい」
馬車の中から少女の声が聞こえて、じいちゃんの手を取って馬車から降りてくる。
降りてきた紫色の瞳をした少女は母さんや俺と同じ金髪で、何より母さんに顔立ちが似ていたことに驚かされる。
――手荷物でも取っているのかと思ってたけど、まさか女の子を連れてきてたのか。ん? 母さんに似ている子……あぁ! 前に話に出ていた母さんの兄さんの娘か!
「は、はじめまして。ジルネスト・ナルメラドの娘、アリーシアです」
緊張しながらも挨拶をしたアリーシアは、スカートを軽く摘まんで丁寧なおじぎをする。
「おぉ! 遠い所へようこそ」
「まぁまぁ! 聞いてはいたけれど、確かに似ているわねぇ! 今は6歳だったかしら?」
「は、はい!」
「ふふ、緊張しなくてもいいのよ。私はあなたのお父さんの妹のカレアリナンよ、よろしくね」
「俺はフェデリーゴだ」
「ほら、あなたたちも」
「うん。僕はライニクスだよ、よろしくね」
「エルティリーナよ」
「カーリーンです、よろしく」
母さんに言われて俺たちも自己紹介をする。
「エルとは同い年だし、仲良くなってくれると嬉しいわ」
そういわれたアリーシアは緊張しつつも嬉しそうに返事をしたあと、なぜか俺の顔をまじまじと見てくる。
「な、何か?」
「え、あ、ご、ごめんなさい。おばあ様が言っていた通り、似ておりましたのでつい……」
――俺はまだ鏡で自分の顔をまともに見たことがないから、そこまで実感がないんだよなぁ……確かにアリーシアは母さんに似ているとは思うし、その母さんに似ていると散々言われている俺は似てるんだろうけど……
「うふふ。エルは目元がフェディ譲りだからちょっと印象が違うものね」
父さんの鋭い目つきと母さんの優しそうな大きな目がいい感じに合わさって、切れ長な目になっている姉さんは間違いなく美人になるだろうが、母さんの言う通り印象は変わってくる。
「アリーシアも遠出の許可が出る年になったからな。ジルに声をかけていたら、聞いていたこの子が是非ついてきたいと言ってな」
「ふふ。お兄様の事だから断れなかったでしょうね」
「あぁ。私たちと一緒に行くのだから、危険はないと判断して二つ返事だった。まぁあいつは娘に甘いからな」
「大切だからこそ遠出はさせたくないと思っていそうだけれど、そこはお父様と一緒だから許可したのね」
「カーリーン、ちょっとおいで?」
ばあちゃんが手招きしながら俺を呼ぶので近くまでいくと、アリーシアの横に並ばされる。
「ふふ。並んでいると本当に似ているわねぇ」
「あぁ。前は記憶で比べるしかなかったが、実際に並んでもらうとここまでか」
隣でアリーシアは緊張しているのか照れているのかモジモジしながら、みんなからの視線を耐えている。
「あとで見ることになるリデーナの反応もたのしみだわ」
リデーナはヒオレスじいちゃんが連れてきた使用人たちに、こちらで過ごす用の建物の案内と荷下ろしの手伝いをしていて、今はここにはいない。
「とりあえず屋敷に入ろうか。ロレイ、あとは任せた」
「かしこまりました」
屋敷の前に停めてある馬車や荷下ろしの手配をロレイナートに任せたあと、俺たちはリビングへと向かった。
一応服装はきっちりしたものを着てはいるが、じいちゃんたちが来たときはダイニングは使わず、リビングを使うようにしたようだ。
――家族だし、前回のやり取りから問題は何もないんだろうなぁ。今も本当なら使用人が案内すると思うんだけど、ロレイもリデーナもいないから父さんが先頭を歩いているしな。
ちなみにこの時間は他のメイドたちもいるのだが、基本的に掃除などをメインにしていて接客はできないので来ていない。
それでも問題ないのはこの家だからこそなのだろうと思いつつ歩く。
リビングに着くまで、アリーシアがチラチラとこちらを見ていたが、まだ顔つきが似ているのが気になるのだろうと分かっていたので、その視線には気づかないふりをした。
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