52.本のメッセージ
本日2話目ですのでご注意を。
魔法の稽古に参加するようになってからしばらくたち、徐々に俺の誕生日が近づいてきた。
魔力操作の方はうまくできているので"しばらく魔力譲渡しないでおくけれど、少しでも具合が悪くなったらすぐに言うのよ"という母さんとの約束のもと、魔力量チェックをされる事もなくなった。
そして誕生日の前ではあるが魔力操作の方が落ち着いたという事で、今日から勉強の方も参加することになっている。
「それじゃあ始めましょうか」
母さんがそう言うと俺を含めた子供たちが返事をするが、姉さんの声にはいつもの元気がない。
「ほら、カーリーンも今日から一緒に勉強するんだからちゃんとしなさい?」
「うぅ~。わかってる~」
姉さんは口をとがらせながら紙とペンの用意をする。
この授業は執務室の下にある部屋でやっていて、両親やロレイナート、リデーナなどが教師として教えるようだ。
授業に参加してなかった頃は邪魔にならないように他の部屋にいたため、この部屋に入るのは初めてである。
――個別の机じゃなくて長机に並んで座ってるけれど、壁際には教科書らしきものもあるし、黒板もあるからなおさら教室っぽいなぁ。
「さて、カーリーンはまず読み書きからね」
「うん」
キョロキョロとしていた俺の前にこの世界の文字が書かれた紙と、例の"魔竜と英雄"と書かれた絵本が置かれる。
――お、やっぱり出てきたか父さんの本。前に姉さんも読んでたし、言葉を覚えさせるのに何か本を選ぶなら、せっかくだし夫の事が書かれた本を選ぶわな。
本を手に取って表紙をめくり、最初のページを見る。
『あるところに、フーゴというハンターがいました』
「流石に"むかしむかし"みたいな導入ではないよね」
「うふふ。そうねぇ。ってあれ、カーリーン、もう読めるの?」
「え、あ。ね、姉さんが結構朗読してたから」
――やっば……神様からもらった言語理解のおかげですんなり読めたから、つい思ったことを言っちゃった……
「あぁ、確かにそうねぇ。エルは勉強は嫌いなのに、この本を読めるようになるまではやる気もあったんだけれどねぇ……」
隣で足し算引き算をしている姉さんは、両手の指で数えながら数字をつぶやいていて、こちらの話は全く耳に入っていないらしい。
――ある意味集中してると言えば集中してるんだろうけど……
「うぅ~ん。どうしましょう。その本を開いて、文字を書きつつ覚えてもらうつもりだったんだけど……」
「たまたま最初が読めただけだよ。ちゃんと読んで覚える」
「分かったわ。分からない文字があったら聞いてね?」
「うん」
そういうと母さんは兄さんの方へ行った。
――危なかったぁ。何とかごまかせたけど……まぁ子供向けの本なだけあって、読めるという事は書けるような簡単な感じなんだよなぁ……
ペラペラと絵を眺めながら読み進めていくと、以前リビングで姉さんが朗読をしていたシーンまで来た。
難しい表現もなくどんどんシーンが進んで子供が飽きにくそうなこの本は、確かに子供の教材としてなかなかいい本なんだろうと思う。
「あら? カーリーン、もうそこまで読んだの?」
「え、う、うん」
「まぁ最初が読めてたならそうなるかしら」
手元にある本はもうほとんど終盤で、フーゴが魔龍を退治するシーンまで進んでいた。
どうやってごまかそうかと考えつつページをめくると、退治したシーンで描かれている絵の一部に目がとまった。
――あれ、これ絵じゃなくて文字か?
「感謝している。ロンデル……?」
「え? カーリーン、今なんて言ったの?」
――俺の馬鹿! さっきも同じようなミスしたばかりだろうが!
焦っている俺を母さんは真剣な表情で見ているので、様子がおかしいと思って素直に答えることにした。
「感謝している。ロンデルって……」
「その名前、お父さんかドラードから聞いたの?」
「え? いやここにそう書いて」
「どこ!?」
母さんが慌ててる様子で俺が持っている本をのぞき込むので、俺が読み上げてしまった絵の一部を指さす。
「え、これ、文字なの? でもちゃんとロンデルって言ってるものね……」
――あー。確かにこれを文字と認識するのは難しいよなぁ……
「子どもだからこその見方で見えるのかしら……ちょっと自分たちで勉強してて」
そういうと母さんは早足で部屋を出ていく。
「カーリーン、どうしたの?」
姉さんを挟んで向こうにいる兄さんが顔を上げて聞いて来るので、今の事態を説明する。
「うぅーん……ここ? 本当に?」
兄さんは困った顔で俺の指さした絵を見て、文字と認識しようとするが分からないらしい。
「エルはこれ読める?」
先ほどまでこっちの話が聞こえていなかった姉さんだったが、苦戦していた問題が解けたようですっきりした顔でこちらを見る。
「ん~……文字っぽく見えなくもないけど、読めないわ。でもカーリーンが言ってるなら本当なんでしょ?」
「母さんの様子を見てそうなんだろうと思うけど……どこがどの文字なの?」
兄さんが姉さんの答えに苦笑しながら聞いて来るので、該当する場所を教えながら答える。
「なる、ほど?」
「言われても分からないわね……」
兄姉が難しそうな顔をしながら絵を見ていると、父さんとドラードを呼んできた母さんが帰ってきた。
「おいおい、どうしたんだ」
「いいからちょっと来て」
「またカー坊がなんかやったのか?」
「勉強で何かなんて起きるわけないだろう」
――ドラードに"また"って言われるのはなんか心外だな……いや、言われても仕方ないことはしてきたし、今回もそのひとつになっちゃうか……
「ほら、カーリーン、さっきのもう一回教えてくれる?」
父さん達も本をのぞき込める位置に来たので、兄さんたちに教えたように当てはまる文字のような部分を指さしながら教える。
「ここに"感謝する"、んでちょっと離れてここに"ロンデル"って」
「ロンデル!?」
「あいつか!?」
「これが文字だとすると、ロンデルからのメッセージってことになるけど」
「いやぁー。ないない。あいつが感謝?」
ドラードが眉間にしわを寄せて、顔の前で手を振る。
「ロンデルって知ってる人?」
父さん達の口ぶりから知人だと思って聞いてみることにした。
「ん、あぁ。昔一緒に旅をして、その……一緒に戦った仲間なんだが」
「普段はあんまり口を開かないくせに、開いたと思えばケンカを売ってるようなことばかり言うヤツだ」
「それはドラードにだけでしょ?」
――ほぉ~。ってそんな人がなんでわざわざ……? 口下手だから素直に言葉にできなかったにしても、回りくどすぎる……それほど伝えるのが癪だっただけか?
「ドラゴンを倒してから姿を見てなくてな……その時負傷していたから、最期を見せないためにかと思ってたんだが……」
「生きていたようね」
「あれで生きのこったとか、しぶといヤツだ」
ドラードはフンッと鼻を鳴らすとそっぽを向くが、両親はどこかホッとしたような嬉しそうな表情を見せる。
「しかし、あいつ絵描きになったのか?」
「旅先で描いてた時があったけど、上手だったものねぇ」
「作者は知らない名だが、カーリーンの言う事が本当なら無事だったという事だな」
「知らない人の名前、この本、感謝という言葉、どう考えても本当の事でしょ。子供ならではの着眼点のおかげね」
「あぁ。そうだな。会いに来てくれてもいいものなのにな」
「まぁロンデルの性格から考えて、そうそう素直な行動は取らなさそうよね」
両親たちが昔話で盛り上がっていると、姉さんが急に席を立った。
「あぁ! ドラゴン! 魔龍! 片手剣と盾! これってお父さんの話!?」
父さんは自分の話だという事を恥ずかしがって本当の事を伝えず、それに倣って誰も伝えることがなかった事実に気が付いた姉さんは、嬉しそうな表情で父さんに詰め寄る。
ドラードや俺はもちろん、兄さんもこの本の内容が父さんの事だと気が付いていたため、みんな姉さんの行動を笑いながら見ていたが、詰め寄られた父さんはどう答えようかとすごく迷っているようだった。
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ロンデル自身の登場はまだまだ先になります(´・ω・`)