50.いつもの風景
父さん達が王都へ向かってから1カ月が過ぎた。
書類整理が忙しい時期はリデーナと2人掛りで進め、その間は稽古ついでにドラードが俺と姉さんのお世話をしてくれていた。
最近はつきっきりじゃなくても良くなった俺も母さんと一緒にいる事が減ったので、リビングで姉さん達と遊ぶことも増えてきて、ドラードにこっそりとおやつをもらったりしてのんびりと時間は過ぎていった。
――特に何かあったわけじゃないけれど、なんかあっという間にひと月たったなぁ。
予定では今日の昼頃には父さんたちが屋敷に帰ってくるという手紙が届いていたので、そのせいでどことなく母さんがソワソワしている。
そんな母さんは昨日の夕方にはまだ仕事が残っていると言っていたはずなのだが、朝食が終わった後もリビングにいてお茶を飲んでいる。
「奥さま、今日はいかがなさいますか?」
「……分かってて言ってるでしょう……フェディからお昼頃には着くって連絡があったんだから、今日は休みね」
「その様子でしたら、何かミスしそうですもんね」
――ドラードがからかうような事を言うと鋭い目で見るのに、自分が言う分にはいいんだな……
「むー……だって1カ月よ!? 結婚してからここまで長期間離れたことないんだもの!」
母さんが少し頬を膨らませて拗ねたそぶりをするが、見た目が見た目なため可愛らしくなっている。
「そうですね。ライニクス様がお生まれになる前からですから、8年は王都に行ってませんね。それまでは一緒に行かれてましたし」
「……改めて年数で言われると怖いものがあるわね……私そんなに実家に顔をだしていなかったのね……」
実家に顔を出していなかった年数を言われた母さんは、落ち込むように手で顔を覆う。
――大人になってくると徐々に時間感覚が変わって来るよな……前に見たなぁとか思ってても、10年近く前という実際の経過時間を見るとびっくりするもんな……
「まぁ奥さまが帰らない代わりと言っては何ですが、ヒオレス様の方から来られてますからいいのではないでしょうか。それだけお子様が大切でかわいいという事ですよ」
「それはそうかもしれないけれど……」
「それでは私はお出迎えのために待機しておりますので、代わりにドラードを来させます」
「えぇ、わかったわ。よろしくね」
そう言ってリビングを出た後、代わりにドラードが入ってきてお茶などのお世話を引き継いだ。
すぐに父さんたちが帰ってくるわけではないと分かった俺と姉さんは、2人でローテーブルの方でヒオレスじいちゃんからもらった魔法玩具の積み木で遊んでいた。
まだ俺は魔力を込めるわけにはいかないが、魔法が苦手な姉さんは母さんからその積み木で練習してみるように言われているので、一応手に取って触っている。
――ゆっくり浮くように調整する練習しなさいって言われてたけど、姉さんが魔力を込めると毎回クンッて結構な速さで浮き上がるんだよなぁ……細かい調整はまだまだ苦手なんだな。
今は魔力を込めることもせず、俺が積み上げるのを手伝うように触って遊んでいる姉さんを見る。
しばらくそんな事をして遊んでいるとリデーナが戻ってきて、父さん達が帰ってきたことを報告してくる。
それを聞いた母さんは素早く俺を捕まえるように抱き上げ、姉さんの手を引いて玄関へと早歩きで移動した。
後ろをついてきているリデーナが扉を開けてくれるのを待たずに自分で開けた後玄関先へ出ると、ちょうど豪華な馬車が屋敷から見えるところまで来たところだった。
母さんは軽くせき払いをして、急いで玄関に来たことを悟られないように身だしなみを整えると、馬車が近くにくるまで静かに待っていた。
――何事もなかったように見えはするけれど、俺を頻繁に抱きなおしたりモゾモゾしてて、どこか落ち着きがない感じがするのは仕方ないか。結構寂しがってたもんなぁ。
父さんがいない間はベビーベッドが必要なくなってきた俺を隣に寝かせていたのだが、その時に俺を抱きしめるように寝ていてたまに父さんの名前を寝言で口にしていたのだ。
目の前まで馬車が来ると、ロレイナートが扉を開けるまでもなく父さんが自ら馬車のドアを開けて降りる。
父さんも馬車から降りてくる姿は落ち着いているように見えるが、歩き方が普段より早歩きなので母さんと気持ちは一緒なのだろう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
母さんは近くまで来た父さんにそう言うと、俺を抱いていない方の手を使って抱きついた。
「エルもカーリーンもただいま」
「おかえりなさい」
「おかーり」
「旦那様、おかえりなさいませ」
「あぁただいま。ロレイもいなかったが、何か困ったことはなかったか?」
「特にはございませんでした。予定通りご無事にご帰宅されてなによりです」
父さんがリデーナと話している間も母さんは父さんにくっついていたが、兄さんが来たのに気が付いてゆっくりと離れて兄さんも抱き寄せる。
「ライもおかえり。どうだった?」
「母さん、ただいま。初めてのパーティーだったから緊張しましたけど、町なかを歩けたのは楽しかったです」
「ふふ、よかったわ。おつかれさま」
そう言いながら兄さんの頭を優しくなでる。
ふと父さんを見ると目が合ったので、何か反応した方が良いかなと思い抱っこをせがむ。
「おぉ、おいでおいで」
父さんはそう言いながら母さんからを俺を受け取って抱き上げると、そのまま顔を確認される。
――な、なんだ? 別に会っていなかった1カ月で、何か変わるようなことはないと思うんだが……
「うぅーん……やっぱりなぁ……」
何が"やっぱり"なのだろうかと不思議に思っていると、母さんがそのつぶやきに気が付いて俺たちの方を見る。
「お兄様達にも会ったのね?」
「あぁ。その時に娘も紹介されたんだが……確かに義母上に似ていた」
「ふふふ、あなたにもそう見えたのね」
「んで改めてカーリーンの顔を見たんだが、そっくりだったなぁと……」
「お母様の孫ですものね……」
――じいちゃんだけでなく、実の父親にもそうみえるって相当似てるんだろうな……
「紹介されたときは、出発前におまえが話してた内容を思い出しつつ驚いたわ。なぁライ」
「うん。お母様よりはカーリーンに似てるなぁって思いました……」
――まぁあっちもまだ子供だし、母さんより俺に似てると思っても不思議じゃないか……
「それは会うのが楽しみね。カーリーンが3歳になる頃に、時間があれば実家に顔を見せに行きたいわ」
「今までそんな事言わなかったのにどうしたんだ?」
「度々お父様が来てくれているから、あんまり気にしていなかったのだけれど……リデーナに改めて帰っていない期間を言われてね……」
「あぁ……10年近くになるか? そう聞くと長いわな」
「正確には8年ですけれどね。子供たちがいるから仕方ない所はあるとはいえ、ね」
「それもそうだな。カーリーンが行けるようなら行くのもいいな。多分そのころには義父上が開発を手伝っている馬車が完成しているだろうし、移動時間も短縮されるだろう」
「あら、それはいいわね。王都までの移動時間が長すぎるのが原因だものね」
「完成したら義父上が真っ先にこちらに乗ってきそうだったがな……」
「ふふ。そうなるでしょうね。楽しみにしていましょ」
「旦那様、荷物は下ろしておきますので、中でお休みください」
会話の区切りを待っていたロレイナートがそういうと、家族そろってリビングへと移動してから一息ついて土産話を再開した。
王都の騎士団訓練場で伯父さんやじいちゃんと軽く手合わせさせられた際に、兄さんも参加して新米団員といい勝負をしたことには驚いた。
――ここだと戦闘力が必要だからって両親に鍛えてもらっているけれど、まだ7歳の兄さんが新米とはいえ成人男性といい試合をするのか……姉さんがいまの調子で成長したらどうなる事やら……
その後の稽古は兄さんは休んでいたけれど、姉さんはやる気満々だったので父さんと軽く稽古をするために庭に出た。
ドラードに教えてもらった通りの豪快な振り方で、見事にロレイナート作の土人形を両断すると、父さんは驚きつつもすごくうれしそうに笑いながら頭を撫でている。
姉さんの打ち込み稽古の様子を見た兄さんも感化されて稽古に参加し、まだ帰ってきて間もないというのにいつもの風景が庭に戻ってきた。
父さん達が出かける前と違うと思ったところは、寝るときに前以上にくっついて寝ていた両親くらいだった。
――まぁひと月ぶりだもんな。さすがに俺がいる隣で、それ以上の事をしなくてよかったよ……
などと、謎の安心感を覚えながら眠りについた。
ブックマーク登録、評価やいいね等ありがとうございます!
前に書いた通り、次回から3歳くらいまで時間が飛びます。