5.父さん
リデーナに抱かれたまま母さんとの話を聞いていると、部屋のドアが勢いよくバンっと開いて男性が入ってきた。
その人物はドアのサイズと比較すると、身長も高いが体つきも非常にごつい男性だった。
「カレアただいま!」
そう言いながらニカっと笑った男性はこれまた整った顔立ちで、体のごつさも相まって"漢"という感じのイケメンだ。
「あら、フェディおかえりなさい」
「あぁ、ただいま。おぉ、カーリーンも起きてたか。帰ったぞー?」
「起きてなかったらどうなさったおつもりですか、フェデリーゴ様」
ノシノシという擬音が似合う歩き方で近寄ってきた男性はリデーナからフェデリーゴ、母さんからはフェディと呼ばれていた。つまり俺の父さんのようだ。
「すまんすま、ん? リデーナ、今日はその姿なんだな?」
部屋に入ってきてから妻と息子しか見ていなかったのか、少し遅れてリデーナの姿に気が付いて問いかけていた。
「え、えぇまぁ……」
「ずっとその姿でいいと思うんだがなぁ」
「いえ。純ヒト族ではない私が使用人をしていると、旦那様がほかの貴族から何を言われるかわかりませんので」
まだ若干赤い顔をしていたリデーナだったが、それに気づいていないふりをしているのか、普通に気が付いていないのか分からない父さんの質問にそう答えていた。
――さすがに父さんはリデーナの正体は知ってるよね。しかし、神様はこの国は差別はないって言ってたけど、少なからずそういうのはあるのか……
「えぇそうねぇ。エルフ族は魔法に長けているし長命だから博識な人が多い。"うちにも欲しい"とか言われても知らないわよ?」
悪い方向で考えていたが、そういうわけではないらしい。有能だからとあれこれ言われるようだった。
「まぁ、割と気が付いている貴族も多いけれど、そういう人たちは何も言ってこないからねぇ」
「え……」
――クールビューティーに見えるリデーナは少し抜けているところがあるのか。まぁ長命種だからこその気の張り方っていうのもあるだろうしなぁ。
「私が幼いころからずっと、お茶会やパーティーに付いてくる時は同じ変装魔法つかってたんだから、気が付く人は気が付くでしょう。まぁありふれた色合いでの変装だし、気が付かない人もいるのは事実だけれど」
――それは勘付かれても仕方ない……いくら黒っぽい目立たない色合いに変えたところで、その整ったきれいな顔立ちは記憶に残る人もいるだろうし……
「なんと……今度から変えましょう……」
「別にいいんじゃないかしら? さっきはああ言ったけれど、私自身もそのままの姿で過ごしてほしいと思ってるからね」
「そうだぞ。せめて屋敷の中でくらいそのままでいたらどうだ? というかずっと気になっていたが、何で変装するようになったんだ? まだ婚約前の頃の俺に対しては理解しているつもりなんだが、結婚してしばらくはその姿だったのに、またしはじめただろ?」
「あなた。それは子供たちがいるからよ」
「驚かさないようにか? だとしたら、急に見た目が変わる現状のほうが驚くんじゃ? 少なくとも俺は正体を明かされたときは驚いたぞ……」
「違うわよ。子どもたちが見たことを外でうっかり話しちゃうかもしれないでしょ?」
「あぁ……そういうことか……」
「まぁあの子達なら大丈夫だろうし、普段はその姿で過ごすのも考えておいてね? その方が嬉しいわ」
「かしこまりました。でしたら今夜にでもライニクス様とエルティリーナ様にお話ししようと思います」
母さんに"その姿で居てくれたほうが嬉しい"と言われ、再び若干顔を赤らめつつ幸せそうな笑顔を見せたリデーナは、母さんに顔を見られないようにするためか父さんの方に振り返った。
「お、カーリーン。今日もカレアに似て可愛いな。ほら、おいで」
父さんが笑って両手を差し出すと、リデーナが俺の正面に父さんが見えるように抱きなおしてくれる。
――しれっと俺を巻き込んで妻を可愛いと褒めたな……って、俺は母さん似なのか。それよりも……
俺は俺で記憶としては初対面の人に抱かれる事に不安を感じるかと思ったが、体が父親だとわかっているためかそんなこともなく、素直に両手を伸ばすことができた。
リデーナや母さんの頭の位置が父さんの胸くらいまでしかないこともあり、父さんに抱かれた俺は先ほどより高い位置であたりを見回せることにテンションが上がってしまった。
「おぉ。今日は元気がいいな」
「カーリーンもエルと同じで高いところは平気そうだものね。ライは最初の頃は必死にしがみついてたけど……」
そういわれて下を見ると、赤ちゃんの感覚に加えて背の高い父さんの腕の中というのが合わさり、非常に高く感じられた。
――うっわ。高……く感じるけど、全然怖くはないな。父さんに抱かれているからかな?
と思いつつ父さんの方に向き直り、抱いてくれている腕をペシペシと触るとものすごく硬かった。
「おーー」
「はっはっはー。そんなんじゃ俺は倒せんぞー?」
「あーえーー!」
父さんは笑いながらそのようなことを言ってくるので、なんだか楽しくなってペシペシと肩や胸元を叩いていった。
――はっ!! 精神が肉体に引っ張られるってこういうことか!? 神様の言うようにいちいち気にしてたらダメになるかもしれない……
「お? もう終わりか?」
ピタッと止まって内心落ち込みそうになっていた俺を見て笑いながらそう言われ、ついつい再開しそうになったが何とか思いとどまった。
あらためて父さんを見てみると、短く整えられている赤い髪の中や襟の内側に葉っぱのようなものが入り込んでいるのが見える。
――父さんは背が高いからリデーナや母さんからは見えてないんだろうなぁ。
そう思ってすぐ手の届きそうな襟の内側にあった葉っぱを握りしめて、父さんの目の前に突き出す。
「んー!」
「おぉ! まだついてたか、ありがとうな」
少し大げさに驚いた反応を見せてくれた後、優しくなでてくれる。
「ちょっとフェディ、しっかり落としてから入ってきなさいよ」
「ははは、すまんすまん」
苦笑しつつ頭を掻く仕草をすると、見えていたもう1枚の葉っぱも取れてヒラヒラと床に落ちていった。
「もう、また落ちたわよ。森の奥まで行ってたの?」
父さんが入室してきたことによって、書類整理の手を止めていた母さんが近寄ってきて落ち葉を拾う。
リデーナは父さんが通ってきたところにも落ちていないか確認するために、ドアの付近まで行って廊下を確認しているところだった。
「あまりに何にも出くわさないから、念のためにな。俺が帰宅後すぐここにきて息子と遊んでるって時点で、異常はなかったとわかってるだろうけど」
「あなたの場合は多少の異常だったら難なく解決してきちゃうから、本当のところ分からないのが悩みどころよねぇ」
「いやいや。本当に何も異常はなかったって」
「ふふ。冗談よ。解ってるわよ。みんな無事?」
「あぁもちろん。騎士たち含め誰も怪我などしちゃいないさ」
――騎士とかもいるのか。この話し方だと父さんと騎士たちは森へ行ってたようだけど、見回りのようなことをわざわざ領主がやるのかな……まぁ神様から聞いた辺境伯になった経緯を考慮すると、その方がいい気もするけれど。なんたって大型モンスター討伐の功績で貴族入りした人だし……
「このところ冒険者の出入りもあったから、そのせいで浅い場所のモンスターが一気に減ってたんでしょうね」
「なるほどな。どうりで町がいつもより人が多かったわけだ」
――冒険者! やっぱり近くの町にもいるんだ!
「そのおかげで街道は安全になってるからいいことだわ」
「おーーあー!」
「おっと、ごめんなー。カレア、まだ作業は残っているのか?」
「もう少しだけ進めようと思っているわ」
「そうか、なら俺も手伝おう。リデーナ、カーリーンを頼む」
「かしこまりました」
父さんはそう言うとリデーナに俺を預け、ベビーベッドの隣にあった椅子を母さんの対面に持っていき、向かい合うように座って作業を始めた。
その椅子は母さんがちょっと腰掛けられるようにと作られた小さいものだったため、大柄な父さんが座ると子供の椅子のように見えた。