49.料理人による稽古
翌朝、朝食を食べ終わった後お見送りをするために玄関に集まった。
昨夜から馬車に荷物を積み込んでいたようで、後は手荷物を積んで乗り込めば出発できる状態になっていた。
念のため朝食の時に姉さんに一緒に行かないかと聞いていたが答えは変わらず屋敷に残るようで、父さんと兄さんのは自分の手荷物を馬車に積んでいた。
「ちゃんとお父さんの言う事を聞くのよ?」
「はい」
「まぁライはその辺の心配はないだろう」
「ふふ。それもそうね。あとお爺ちゃんたちにも会うと思うから、よろしく伝えておいてね?」
「わかりました」
「それじゃあ気を付けて行ってらっしゃいね」
母さんは兄さんを軽く抱きしめて額にキスをした後、父さんも同じように抱きしめて頬にキスをした。
「それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
「いってあっしゃい」
――嚙んじゃったけど、何とかお見送りの言葉は言えた……
「あぁ! 行ってきます」
俺から"行ってらっしゃい"と言ってもらえると思っていなかった父さんは、少し驚いたように目を見開いた後、笑顔でワシワシと撫でてくれる。
隣にいた姉さんも撫でた後、馬車に乗り込んでロレイナートの御者で馬車は屋敷を離れていった。
馬車が見えなくなるまで門の前で見送って屋敷に戻るときの母さんはやはり寂しそうであったが、俺が顔を見ているのに気が付いていつもの様子に戻った。
リビングに戻ってリデーナが用意してくれたお茶を飲みつつ一息ついてから、父さんがいない間の予定について話し始めた。
「さて、お父さんがいない間の稽古はどうする? 魔法の方はもちろんやるけれど、剣はもちろん気力の方も私はうまく教えられる自信がないのよねぇ」
「剣の稽古もやる!」
「でも私は教えられないと思うんだけれど……普段の稽古を観てたからある程度は言えることもあるけれど、お父さんのようなアドバイスなんてできないわよ?」
「それでもやる! あ、でも土人形はロレイが作ってたんだよね……」
姉さんは剣の稽古をやる気満々のようだが、普段の打ち込み稽古で使っていた土人形は、ロレイナートの魔法で作ったものだという事を思い出してしょんぼりする。
「ん~、私は土魔法は得意じゃないのよねぇ……頑丈なだけの壁とかでいいなら、魔力にものを言わせて作れないこともないんだけど、あれほど絶妙な強度となるとねぇ……」
「別に硬いだけならそれでいいよ?」
「急に変えると、無理矢理それを斬ろうとして振りが変わるかもしれないでしょ……あ、そうだわリデーナ、ドラードを呼んできてもらえる?」
「わかりました」
そう言ってリデーナが退室した後、近くにある厨房からドラードを連れて戻ってきた。
「何か俺に用事があるって?」
「えぇ、ドラード、あなた土魔法も使えたわよね?」
「あぁ、まぁカレアよりはうまいと思うが」
両親と古い知り合いのドラードは砕けた口調に加えて愛称呼びで話すが、それを未だに良く思っていないリデーナがキッと鋭い目を向ける。
「ふふ、リデーナ、ドラードは別にいいのよ」
「……はい……」
「それじゃあ、エルに剣の稽古を付けてもらえないかしら?」
「ドラードも剣つかえるの!?」
姉さんが目を輝かせながらドラードに駆け寄っていく。
「まぁな。って、土魔法が使えるか聞いた後に剣の稽古を付けろってどういうことだ……」
「打ち込み稽古用の土人形をお願いしようかと思ってね。ついでに剣も扱えるんだから、私の代わりに教えてもらえないかしらと」
「あぁ、そういう事か。まぁ教えること自体はいいんだが、俺はフェディみたいな片手剣と盾のスタイルじゃないぞ?」
「知ってるわよ。大丈夫よ、エルもあなたと同じように、自分の背丈ほどの長剣使ってるから」
「なるほどな? フェディはそれを教えてたのか……相変わらずなんでも扱えるやつだな」
「ふふふ、本当にね。それで、ドラードが手が空いている時間に稽古をするのでいいから、頼めるかしら?」
「あぁ、わかった。食事の用意も少なくなるし時間は取れるからな。稽古は昼間でいいか? 昼食の時に夕飯の仕込みも終わらせていれば、長引いたとしても問題ないしな」
「えぇ、それでいいわ。それじゃあフェディが帰ってくるまでよろしくね」
「やった!」
姉さんは本当に嬉しそうに声を上げて喜んでいた。
昼食を食べ終わった後、約束通りドラードも一緒に庭に出る。
俺は稽古の時はリデーナと別室で待機していたが、徐々に話せるようになって言葉を理解していると思われ始めたので、今日からは稽古を一緒に見ることになった。
――まぁロレイとメイドの1人も父さんたちと行ってるからなぁ。人手不足というわけではないが、俺が見てても問題ないならこれでいいもんな。
ちなみに庭に出た時点で"気になっても復唱しちゃダメよ"と念を押されている。
「【ロッククリエイト】」
準備運動を終えた姉さんが戻ってくると、ドラードが地面に手をついて土人形を作り出す。
「素振りの前にちょっと強度を確認してほしいんだが、どれくらいだったんだ? 一応強度はそこまで上げていないが」
「ドラード、土人形って言っているのに、それじゃ岩でしょ。土を少し硬くしたやつでお願い」
母さんが呆れたようにドラードが作った岩人形を観ながらため息を吐く。
「これくらいでも問題ないと思うんだがなぁ」
「いずれはそうなると思うけれど、まだ子供なのよ?」
――え、あれを木剣で斬れるようになるの……? いや、父さんとか普通に斬れそうだしなぁ……そのうち姉さん達もその域に行くのか……
「まだ早いか。【ソイルクリエイト】」
再度地面に手をついて岩人形を消した後、ロレイナートが作るような土の人形を生成する。
「うぅーん。加減が分からん。エル嬢、ためしに斬り付けてみてくれ」
「うん!」
そう言うと持っていた自分の木剣を構えて、右上から斜めに振り下ろす。
ゴシャッという音と共に姉さんの剣は土人形の肩部分から斜めに入っていって、止まることなく見事に両断した。
「もうちょっと硬く!」
「ハハハハ! 良い振りっぷりだなぁエル嬢! よし、これくらいか?」
ドラードは両断された土の塊になったものの形を戻しつつ、硬さを調整して再度作り出す。
「やぁっ!」
ガシャッという音がしてめり込んでいった木剣は、ちょうど中腹くらいで勢いを止めた。
「ほほぉ。これくらいの強度でもそこまで行くのか」
「むぅー。斬れなかった」
――斬れてるかどうかと聞かれると、間違いなく斬れてるんじゃないかな……姉さんの中では両断できないと斬れてるとは言わないのだろうか……
「ハハハ。そりゃあそうなるように調整してるんだから当たり前だな」
「むぅ~!」
姉さんは木剣を引き抜きつつ、頬を膨らませてドラードを睨む。
「そう睨むな睨むな。そうだなぁ……振り下ろす時にもうちょっと思い切り右足を出して斬り付けてみ?」
姉さんにアドバイスをしたドラードは、半分斬れてしまった土人形を補強すると、"どうぞ"という風に手を向ける。
「はぁっ!」
ドラードのアドバイスに従って、さっきの振りより思い切りのいい体の動かし方で振られた剣は、止まることなく両断することに成功していた。
「や、やったぁ!」
さっきは半分までしか剣が入らなかったのに、一気に両断できるようになるまで力が上がったことに驚きつつも、かなり嬉しそうに母さんの方へ振り返っていい笑顔を見せる。
「あら、すごいわねエル」
「おぉ、そこまで変わるならまだまだ短期間で伸びるなぁ。フェディが帰ってきたときに驚かせてやるか!」
「うん! がんばる!」
姉さんは笑顔で意気込むと木剣を構えなおして、今の感覚を忘れないように素振りを始めた。
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