42.手合わせ
父さんやヒオレスじいちゃんたちに続いて、俺を抱いている母さんもテラスへ出る。
日差しがきつくなってきた頃から、布を巻いて格納出来るタイプの日除けも展開してある。
準備運動を済ませた子ども達は、早速いつもの走り込みを始めていた。
――うへぇ……さっき母さんから少し離れただけで暑かったのに、屋外での走り込みはきつそうだなぁ……まだ幼いから耐性がないだけかなぁ……
見ているだけでも暑そうな庭で、元気に走っている兄姉を眺めながらそんな事を考えていた。
母さんの周りはそんな屋外でも涼しく、こういう魔法があるのであれば、早く魔法を学びたいと思っても仕方ないだろう。
「お父様も手合わせするまで涼む?」
「いや、私は良い。ヘリシアは……もう範囲内にいるのか」
「ふふふ。快適よ?」
日除けから出て見学しているヒオレスじいちゃんに、母さんが冷却魔法の範囲に入らないかと聞くが、それを断って稽古を眺めている。
隣に座っているヘリシアばあちゃんは、涼しい範囲内にいるようで汗1つかいていない。
――自分以外の動くものにかけるのは難しいって言ってたけど今は動いてないし、隣なら自分が纏っているものを広げるだけでいいから簡単なのかな?
「私は必要になれば、自分で使うから大丈夫だ」
「分かったわ。今は手合わせのために魔力も温存しておきたいし、体を冷やしたくないのね?」
「……まぁな」
「でも庭ではあまり全力でぶつかってほしくないわ」
「いや、そこまでするつもりはないが、出来るなら万全の状態で挑みたい」
「あまり被害が出るような手合わせはやめてね? 使っても身体強化くらいでやってほしいのだけれど」
「それだけでアレとやりあえというのか?」
「あら、お父様が珍しく弱気なことを言うのね」
「……言いたくはないが、それだとまともな戦いにならんだろう」
「鍛えてきたのに?」
「それでもだ。だいたい、フェデリーゴは魔法はからっきしだろ。私のほうが不利じゃないか」
「まぁ、大きな被害が出るような戦い方じゃないならいいわ」
「孫たちも見ているんだぞ。危険な目に合わせるようなことはしない」
――ヒオレスじいちゃんは体つきもよくて、見ただけでも強そうな武人っぽいのになぁ……こんなひとがそこまで言う父さんはどれだけなんだよ……
「前にやった時は怒鳴ったから、ライに怖がられていたけれどね」
「ぐ……そこは善処しよう……孫に嫌われたくはない」
「危なそうになったら、私が止めに入るわよ?」
「実力行使の前に声はかけてくれ」
「それを素直に聞き入れて、止まれる自信はあるのかしら?」
「……手加減してくれよ?」
「えぇ、もちろんよ。2人とも本気ならともかく、制限付きの手合わせを止めるのに、そこまで強力なものは使わないわ」
じいちゃんはそれだけ話すと、再び稽古の様子を眺めていた。
いつも通りの稽古が進み、休憩の時間となった。
普段ならここで魔力操作や魔法の稽古を挟むのだが、今日は父さん達の手合わせがあるので、子ども達もそれを見学するために武具を置いて母さんの近くにやってきた。
「おかーさんの所すずしー!」
「ほら、汗を拭かないままいると体調崩すわよ?」
小走りで来た姉さんが汗を垂らしながら元気に寄ってきたので、母さんが汗を拭ってあげる。
父さんはいつもなら武具を置くのだが、今日はしっかりと剣と盾を準備している。
「武器はどうする? 試合用の刃を潰しているものでいいか?」
「あぁ。私も持ってきているから、それで良い」
じいちゃんはそう言うと、執事から剣を渡されて準備を始める。
――じいちゃんはギリギリ片手で使えそうな、少し細く長めな剣を使うのか。
手練れどうしの手合わせということで、お互い防具はつけないようで準備はすぐに終わった。
「それじゃあ始めるか」
父さんがそう言うとヒオレスじいちゃんが頷いて、2人は庭の真ん中辺りまで出る。
打ち込み稽古をするときに使う土人形を出す位置より、更に遠くで両者が構えを取る。
「いくぞ?」
「おう!」
じいちゃんの言葉に父さんが答え、構えている体に力が入ったのが分かる。
ちゃんとした試合ではなく、あくまでも手合わせという子ども達の見取り稽古なので、しっかりとした開始の合図などは必要ないのだろう。
「うぉぉらぁぁ!」
じいちゃんが気合の入った掛け声とともに一瞬で間合いを詰め、長剣を振りかぶって父さんの正面に振り下ろす。
「ふん!」
盾を持っている父さんは難なくそれを受け止めて反撃しようとするが、ヒオレスじいちゃんは容易く防がれるのを想定していたようで、次の攻撃に移っていたため出しかけた剣を止める。
「せあぁぁ!」
次の攻撃は、盾を持っていない右腕の方への横薙ぎだが、じいちゃんも右利きなため体勢の関係で片手で振らざるを得なかったようで、力が足りず父さんは片手剣で簡単に弾く。
「はぁ! せぇい!」
父さんは剣を弾いたあとすぐに攻撃に移るが、じいちゃんの構え直しが早くて防御が間に合っている。
「ぐ! ぬうぅぅ」
じいちゃんは両手で剣を持ってしっかりと防御しているが、父さんの片手で握っている剣に若干押されている。
「相変わらず馬鹿げた力だな!」
「義父上こそ、前より早くなっているな!」
「鍛錬はしっかりやっているから、なっ!」
言葉の最後に力を込めて父さんの剣を押し戻すと同時に、その勢いのまま剣を振り上げて攻撃するが、父さんはそれを僅かに動いて避ける。
「そこぉっ!」
じいちゃんは振り下ろした剣を、持ち替えることなくそのまま斜めに上げる。
――おぉ! 両刃ならではの攻撃だなぁ。力は入りにくいけど、刃が付いていれば充分なダメージになるだろうし。
「ぬん!」
父さんは下から迫ってくる剣を、盾で殴り飛ばした。
振り下ろすのと違って軽い剣は容易く弾かれ、再び間合いを取って仕切り直しになり、それから何度か剣を交えては距離を取ってを繰り返した。
「ふぅ」
何度目かの距離を取って父さんが息を吐く。
「さて、そろそろ準備運動はいいか?」
「あぁ。子ども達も学べるところはあっただろうし、俺たちも楽しむか」
「そうこなくてはな」
じいちゃんは笑いながらそう言うと剣を構え直す。
――あれで準備運動なのか……そういえば前に父さんの素振り見せてもらった時は、剣筋が見えなかったもんな……
「【身体強化】【プロテクション】【ストレングス】」
「ぬん。よし、いつでも良いぞ!」
じいちゃんが魔法で身体強化や強化魔法を発動したのと同時に、父さんは気力で身体強化したようだ。
――プロテクションは物理ダメージを緩和させるものって聞いたけど……ストレングスは力の強化だろうし、今からはそれがないと危ないような戦いをするのか……
「はっ!」
じいちゃんが掛け声とともに腰を落として動いて、攻撃したらしい。
「「「おぉー!」」」
俺を含む子ども達3人の感嘆の声が重なる。
――全然見えなかった! 動いたのかなと思ったときにはすでに剣が振り下ろされてるとか……
「おじーちゃん、はやーい!」
――今のを"速い"と言ってるってことは、姉さんは見えてるのだろうか……まともに見えなかった俺からすれば、瞬間移動の魔法でも使ったのかと思ったのに……
「せいぁ!」
「ふっ! だあぁぁぁ!」
先程以上に激しい攻防を繰り返す2人は、なかなか距離を取って仕切り直すこともせず、ひたすら打ち合っている。
――受け止めたりする時に一瞬止まるから結果は分かるんだけど、過程がまったく分からない……
「すご〜い! おじーちゃんが2回斬ったのを、おとーさんどっちとも盾で止めた!」
「あら、エルはあれが見えたのね」
「うん!」
――いやいや、今のは1回しか振ってなくないか!?
普段見ることのない激しい攻防を目の当たりにして、非常に興奮している姉さんは、2人の戦いを凝視したまま元気に答える。
「あら、お父様【シールド】も使い始めたわね」
「まだ攻撃魔法は使っていないようだけれど、時間の問題かしらね……」
「お父様! フェディ! そろそろやめない?」
ばあちゃんと話をして、止めることにした母さんがそう叫ぶが、2人には聞こえていないようで止まる気配がない。
「……しょうがないわねぇ。【ウォーターフォール】」
呪文を唱えると、打ち合っている2人の頭上に水の塊が出現して落下する。
大人2人分くらいの大きさのソレは、打ち合いをしていた2人をずぶ濡れにし、止めることに成功した。
「ぬぅ……いいところだったのに」
2人は水を垂らしながら剣を下げて戻ってくる。
「魔法を使うくらいヒートアップし始めてたからね。あれくらいならまだいいけれど、もう少ししてたら地面をえぐるような魔法か武技使ったでしょ?」
「……否定はできんな……」
「ははは。滞在中に今度は森でやろう」
「そうだな」
話を聞いていたら母さんの魔法には気がついて対処はできたそうだが、そうされるまで停止の声を聞き入れなかった自分たちが悪いということで、ずぶ濡れになるのを受け入れたらしい。
2人の手合わせを見て興奮していた姉さんはもちろん、兄さんもやる気が溢れたようで、見学をした後いつも以上に張り切って稽古を続けていた。
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魔法は呪文を唱えますが、気力の方はわざわざ言葉にしなくても使えるものがあるという感じです。
まぁ技名とかは叫んだほうがカッコいいと思うので、気力による武技でも口に出すことはありますが。