41.興味
美味しい朝食を食べたあと、俺は執務室に連れてこられている。
今は月の初めの方ということもあり、父さんも書類整理の手伝いをしているが、じいちゃん達が来ているので午前中だけ作業をするようだ。
「ふぅ……」
リデーナに出してもらった飲み物を飲んで、小休憩している父さんがタメ息に似た息を吐く。
「お父様達が来ているのだから、早めに切り上げる?」
「いや、10日も滞在してくれるんだ。出来るだけ早く終わらせて、おまえの時間も作ってやりたいしな」
「ふふ。ありがとう。それじゃあ気合を入れてやりましょうか」
普通の客であれば急ぎのものを最低限だけ済ませ、残りはロレイナート達にある程度任せて客の対応をするようなのだが、今回来ているのは身内でそこそこな期間滞在するうえ、ヒオレスじいちゃんに「私達は孫たちと遊ぶから、いつも通り仕事をしてくれて構わない」と、朝食の後に言われて今に至る。
なので今日は子ども達の勉強の時間は休みとなり、姉さんは特に嬉しそうに遊んでいるようだが、俺はまだ母さんにお世話してもらわないといけないのでいつも通りだ。
「ざっと目を通したけれど、今月は特に変わったことは無さそうね」
「そうか。カーリーンの誕生日があるから、忙しくならなさそうでホッとした」
「えぇ。ほんとうに。楽しみね〜?」
「あい!」
昼寝をしていない俺はリデーナに抱かれて両親が仕事をしているのを眺めており、時折こうやって話が振られると返事をして過ごしている。
「お昼の稽古はやるんでしょう?」
「あぁ、そのつもりだ。ライもエルも気力や魔力の使い方が分かってきた今が楽しいみたいだしな。やる気のあるうちに鍛えたほうが成長もする」
「ふふ、そうね。そういえば、今日あたりにお父様から手合わせの申し出が来るんじゃない?」
「昨日は到着したばかりだったからなぁ。1日休んだし、されそうだよな……」
「今回は怒鳴られないようにしないとね。手合わせするならカーリーンにも見せてあげたいから、エルの時みたいに"怖いおじいちゃん"って思われないようにしてあげないと」
「善処はするが、それは義父上にも言ってくれ……まぁ手合わせ自体は子ども達のためにもなるし、俺としても楽しいから大歓迎なんだが」
「ちゃんと力を出せる数少ない相手ですもんね。でも少し手を抜いちゃうんでしょ〜?」
母さんがからかうように、ジトッとした目を父さんに向ける。
「いやいや! 手を抜くのとは違うだろ……あの時はアレ以上やると、庭や周りに被害が出ると思ったからなんだが……」
――そこまで本気の手合わせをしようとしてたのか……父さんの剣は素振りくらいしか見たこと無いから、楽しみだなぁ。
「うふふふ。えぇ、分かってるわ」
「ああなるなら、森でやったほうが良かったなとは思ったさ……」
「お父様も完全に戦闘モードに入ってたものねぇ。仕方ないわ。それに、子ども達が幼いから森に行くのはやめたんでしょ?」
「まぁな。義父上も孫たちに見てもらいたいだろうし、今回もそのつもりだ。だからこそあの時のようにならないかが不安なんだ……」
「エルも殆んど覚えていないのにすぐに懐いたし、前みたいなことになってもどうにかなるわよ」
「……そうだな」
そう言うと両親は昼食の時間まで作業をし、リビングへ向かう時に「昼までに割りと進められたから、3日ほどで落ち着くな」と話していたので、今月は早いうちから父さんは別の仕事をすることになりそうだ。
朝と同じようにみんなで昼食を摂ったあと、そのままリビングでゆったりとした時間を過ごす。
食べ終わった子ども達は、ローテーブルのところに置いた送風具の前に座って涼んでいる。
執務室から来たときも同じ位置にいたため、かなり気に入ったようで、その姿を見てじいちゃん達は微笑んでいた。
――まぁ母さんやリデーナから離れるとやっぱり暑いもんなぁ……早く1人で歩けるようになりたいとは思っているけど、今だけは抱っこ必須なのがありがたいと思う……
「フェデリーゴ、仕事はどうだ?」
「今月はそこまで忙しくなさそうだし、午前中の作業だけでも週明けには落ち着くと思う」
「そうか。それじゃあ3年ぶりに手合わせしてくれるか?」
「もちろん。ただ、子ども達の稽古がある程度済んでからでいいか? 休憩がてら見学させたい」
「構わんぞ。それじゃあ準備をしておくとするか」
孫たちが見学すると分かったヒオレスじいちゃんは、どこか嬉しそうにしながら、執事に自分の武具を準備するように言っている。
「ねぇね、いくー」
「いいわよ、行ってらっしゃい」
母さんにそう言うと、ローテーブルの所に敷いてある綺麗な絨毯の上におろしてもらう。
俺がハイハイで移動したり、つかまり立ちの練習をするようになってから少し広いものに替えて、使用人達が毎日綺麗にしてくれているので汚れる心配はない。
――母さんから離れると暑くなるけど、早く歩けるようになりたいしな……夏場に自分の周りを涼しくしている母さんなら、冬場は暖かくしてそうだし、慣れすぎると快適すぎて離れられなくなりそうだ……
絨毯の端の方におろしてもらった俺は、ローテーブルまでハイハイで移動して机に掴まって立ち上がり、そのまま縁に沿って子ども達の所へ歩いていく。
「ん〜! カーリーンえら〜い」
兄さん達の近くまでたどり着くと、俺の様子を見ていた姉さんが俺が転ばないように引き寄せたあと、笑顔で抱きついてくる。
兄さんからも優しく撫でられている様子を微笑ましく見られながら、俺は送風具を見ていた。
――おぉ。やっぱり風があるだけで全然違うなぁ。
「すずしいねぇ?」
「あい」
姉さんに抱きつかれているというより、抱いて支えられているような状態の俺は姉さんの言葉に同意し、送風具の土台についてある魔石に手を伸ばす。
魔石に触れると風が止まり、もう1度触れると再び風が出始めた。
――ほうほう。タッチスイッチのようになってるのか。赤外線や静電気式ってことはないだろうし、体内の魔力に反応してるのかな?
「こぉら、だめだよ」
「あい」
姉さんはその様子をニコニコしながら見ていたが、数回やっていると兄さんに止められた。
「ふふふ。急にエルのところに行くって言ったからどうしたのかと思ったら、やっぱり魔道具が気になっていたのね」
「あまり手の届く場所には置いてないし、そもそもそんなに数もないからなぁ」
「あれなら危険はなさそうだし、大丈夫そうだけれどね」
「まぁそうだな」
――そういえばこの送風具はかなりお高いみたいな話をしてたけど、厨房のコンロもやっぱり高いのだろうか……それとも生活魔法の分類に入ってて、そこまでは高くなかったりするのかな?
兄さんに止められたためスイッチを触るのをやめて、ジーっと魔道具を見ながらそんな事を考える。
「そんなに気になるの?」
「あい」
俺を支えるように抱きついたままの姉さんが聞いてくるので、素直に答える。
「そっかぁ。わたしは剣のほうがきょうみあるけど……カーリーンも剣のけいこするようになったら、きょうみ持つかな?」
――うぅーん、どうだろう……ぶっちゃけ魔法への興味が強すぎて……剣は剣で気力とかもあるし気にはなるんだけど、実際に教わるようになってからじゃないと分からないかな。
「はは、持ってくれると良いな。それじゃあその稽古を始めるか! 今日は打ち込み稽古は程々にして、俺と義父上の手合わせの見学だ」
「ほんと!? はやくやろ!」
稽古と聞いてテンションが上り、俺を抱いている腕に力が入って、若干苦しく感じていたのを兄さんに助け出してもらう。
「エルは早くカーリーンとも稽古してみたいようだよ」
「あい」
姉さんは俺を兄さんに任せて、父さんのもとへ行って急かしている。
兄さんは俺が転ばないように手を引いて、ゆっくりと母さんの下まで連れて行ってくれたあと、庭へ出る父さんたちの後を追っていった。
「今日は魔法の稽古はやらなさそうだから、ずっと一緒に見てましょうね」
「あい!」
母さんに元気よく返事をすると、先に移動しているじいちゃん達の後ろについて庭へ向かった。
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エルのセリフはまだ幼いということで、あえて画数の多い漢字を使わないようにしているのですが、若干読みにくいなぁと思い始めたので、ある程度は漢字も使っていくようになると思います……