40.送風具
翌朝、リデーナが寝室のドアをノックして起こされるまでぐっすりと眠っていた。
母さんが俺を寝かせてくれた後、交代でリデーナが見てくれると言っていたが、全く記憶にないくらい爆睡だったらしい。
ベッドを見ると両親もいたので今日は朝稽古は休みの日だったようだ。
――子供たちがヒオレスじいちゃんたちと話してて、普段より遅くまで起きてたからかもしれないけど。
両親もリデーナの声で起きて朝の挨拶をしてくるので返事をし、着替えを済ませてからリビングへ向かう。
リデーナは俺たちの準備が終わった後、兄さんと姉さんを起こしに向かったのだが、どうやらロレイナートはじいちゃん達の方へ行っているらしい。
「ふぅ。今日も暑くなりそうだなぁ」
「そうねぇ。もう少ししたら涼しくなってくるからそれまでの辛抱ね」
「そのころには日の出も遅くなってくるから、朝の稽古の時間を考えないとな」
などと両親の話を聞いていると部屋がノックされて子ども達が入ってきて、少ししてからじいちゃんたちも入ってきた。
じいちゃんの後ろに付いてきている執事は、両手で抱えるほどの大きさの木箱を持ってきていて、それを顔が隠れないようにじいちゃんの前の少し横に置いた。
「おはよう」
「おはようございます」「おはよー!」
じいちゃんが挨拶するとそれぞれが挨拶を返す。
「昨日はすっかり渡すのを忘れてたんだが、これは土産だ」
「お父様そこは"荷物を下ろすのが遅れていて今日になった"、とかの方がよろしいのでは?」
「む。忘れていたものは忘れていたのだから仕方あるまい。積み荷を降ろすのが遅れていたなど、付いてきてくれた使用人たちが悪いみたいじゃないか。家族なんだから体裁など取り繕う必要もないだろう」
「お父様らしいですね……」
「ふふふ。カレア大丈夫よ。他ではこういうのは私が対応しているから」
「それなら安心です」
「むぅ……だんだん見た目以外もヘリシアに似てくるな……」
じいちゃんは整えてある顎髭を触りながら2人から目をそらす。
「なにがはいってるの?」
「おぉ。そうだそうだ。中身はな」
そこへ助け舟を出すかのように姉さんから声を掛けられたので、立ち上がって自ら木箱を開封して中身を出す。
出てきたものは直径40センチ、長さ10センチほどの筒が土台に付いていて、その土台には魔石が見えることから魔道具だと推測できるものだった。
「なんですかそれ?」
「ライ、エル、おいで」
兄さんも興味津々に軽く身を乗り出して聞いてきたので、じいちゃんが2人を魔道具の近くに呼ぶ。
「それじゃあ起動するぞ」
2人を筒の正面に立たせ、魔石に触れて魔道具を起動すると、子ども達の髪が正面からの風に吹かれて揺れるのが見えた。
「ふあぁ! 風が出てる!」
「風を出す魔道具なんですね!」
「あぁ、そうだ。涼しいだろう?」
「うん!」「はい」
――おぉ! 扇風機みたいなものか!
「こういうものも作られたんですね」
「あぁ。最近王都で開発されたばかりのもので、風を送る魔道具で"送風具"というものだ」
「ほぉ。まだ暑い日が続きそうだからこれは良いな」
気になった父さんが、子供たちの後ろでしゃがんで一緒になって風を受けている。
「だろう。カレアのように1日中水魔法を纏える人は少ないからな」
「そういえば親方の知り合いの鍛冶屋の人が、炉に風を送る魔道具を使って涼んでることがあるって聞いたわね」
「確かにそういう専門的なものは前からあるな」
「……んで休憩時間度に使ってたら、1日も持たなかったらしいんだけど?」
「アレは連続で使うように作られていないんだろう。炉を起こす時だけ使って、その後の維持は手動だと聞いたぞ」
「それは知らないけれど……風を起こすという意味では似たようなものだし、それでそのくらいしか持たないらしいけれど、それはどのくらい持つの?」
「起動しっぱなしにしていても3日ほど持つらしい」
「そんなに……」
――魔道具は魔石に込められた魔力を使って起動するから、充填しないと止まっちゃうもんな……その充填も回数が増えれば手間になるし、そもそも魔力量がないと充填が難しいという難点付きで。それが3日も稼働し続けられるのか。さすがにライトよりは消費が多いみたいで短いけれど、父さんの反応を見る限りでは充分すごいんだろうな。いや、前世でもモバイル扇風機を3日連続稼働とか無理だっただろうし、似たような感覚ならこれ相当お高いのでは?
「生活魔法ではなく、風魔法を扱う魔道具で3日……」
「いやいや、カレア。風魔法と言ってもそんな強い風じゃないからな?」
魔法に詳しい母さんは色々思うところがあるようで、手を口元に当てて何か考え込んでいる。
「まぁまぁカレア。これで子ども達も涼しくなるんだから」
「そうだぞ?」
父さんとじいちゃんの言葉で考えるのを止めて、気になったことを聞いてみることにしたようだ。
「それはそうだけれど……このサイズでそれだけの魔力効率……素材もそうだけど技術もすごいわね……一体いくらしたの?」
「……きくな」
視線だけをジロっと向けられたヒオレスじいちゃんは目を外へ向ける。
「ふふふ。まぁそれなりによ」
「ですよね……貰っていいの?」
「えぇ、貰ってあげて。うちの分も買ってあるし、孫たちのために奮発したのよ。カーリーンも1歳になるからね」
「そういう事でしたら、ありがたく頂きます」
母さんは困ったように眉尻を下げつつ微笑んで返答していると、父さんが近くまで寄ってきて母さんにだけ聞こえるように声をかけてくる。
「そんなに高そうなのか?」
「えぇ……大きな屋敷とかにある冷蔵庫に使うような必需品ならともかく、数人に風を送るためだけに買おうと思える額ではないでしょうね……」
――確かに大きな食糧庫には必要になるから高くても設置するんだろうけど、涼むくらいなら今までと同じように、風と水魔法で冷えた空気を定期的に入れるだけでも充分だったもんな……
母さんの膝の上にいる俺は、その会話が聞こえていたのでそんなことを考えていた。
「下手すると冷蔵庫に使うような魔道具と同じくらいするんじゃないかしら……」
「うちにはないが、あれも高いのか」
「うちはドラードが温度調整してくれているからね。まぁ彼なら魔力の補充も容易いだろうけれど。ちなみに冷蔵庫に使う魔道具だけど、"人がそんなに出入りしない暗室"という条件でようやく涼しくなる程度で、それでも金貨数十枚するものもあるのよ?」
「う゛……そんなにするのか……ドラードに更に感謝しなきゃな」
――通貨の価値は分からないけど、父さんの反応を見ると相当な額なんだろうな……厨房の冷蔵庫もヒヤリとしてると思ったんだけど、ドラードが管理してたんだな。エアコンのように涼しくする魔道具は無いって前に聞いてたけど、暗室でそれくらいの冷却性能なら普通の部屋ではほとんど変わらなさそうだもんなぁ……
じいちゃん達は子ども達と話していてこちらの会話は聞こえていなかったようで、風で涼んでいる様子を微笑ましく見ている。
父さんが子ども達の下へいくと、ちょうどドアがノックされて許可を出した後ロレイナートが入ってきた。
「朝食の準備が整いました」
「あぁ、分かった。リデーナ、その送風具を向こうの机に持って行ってくれ」
食事をする机に置いておくわけにはいかないが、送風具を置いておくならリビングだろうということで、隣にあるローテーブルの方へ持っていくように指示を出す。
「箱は私が片づけます」
じいちゃんの家の執事が木箱の蓋を閉めて部屋から出ると、ロレイナートが部屋の前に置いてあったワゴンを持ってきて朝食の準備を始めた。
昨夜ドラードにちゃんと伝えてくれていたらしく、今回のご飯から俺の離乳食は普通の茹で野菜や、パンをスープに浸したものに代わっていて、みんなに微笑ましく見られながらしっかり噛んで食べた。
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