4.母さんとメイド
リデーナから再び母さんのもとに戻された俺は、しばらくユラユラと揺られながらあたりをキョロキョロと眺めつつ会話を聞いていた。
聞いていてわかったことは、俺の名前はカーリーンというらしい。
母さんはカレアリナンという名前らしいが、長いので旦那であるフェデリーゴからは愛称として"カレア"と呼ばれているようだ。逆に母さんは父さんのことを"フェディ"と呼んでいた。
「今日はなかなか寝付かないわねぇ」
「お昼寝し始めた時間が早かったですし、十分睡眠をとったからでしょう」
「そうね。それにしてもやたらとキョロキョロするわね……」
「お腹もいっぱいになって他のことに興味が移ったのでしょう。エルティリーナ様もこのような感じでしたし。長男のライニクス様は大人しかったですが……」
――ライニクスを長男と言ってるってことは兄さんになる人か。そうなるとエルティリーナっていうのは姉さんかな? 姉さんも落ち着きはなかったのか……まぁ赤ちゃんの頃だし今もそうとは限らないが。
「さて、もうちょっと作業が残ってるからカーリーンをお願いね」
「かしこまりました。寝ないようですし、抱いておきます」
そういって再びリデーナの腕の中に移動させられる。
「ちょっとお仕事してくるわね」
そういって優しく頭をなでてくれた母さんは机の上の書類らしきものを眺め、時折ペンにインクをつけて記入していった。
俺はといえば、「あー」だの「うー」だの発声練習のようなことをしながらその様子を眺めたり、腕の中から見える室内をキョロキョロと見まわしていた。
ここは執務室のようで壁際には書類や本、よくわからないが目を引かれる小物が置いてある棚、窓際には広々とした机、部屋の真ん中にはちょっと低めのソファーとローテーブルが置いてある。
母さんがここで仕事をするから、子供と居られるようにベビーベッドと、その隣に椅子を持ち込んでいるようだ。
天井にはシャンデリアのようなものがぶら下がっているが電球はもちろん蝋燭のようなものすら無く、4方向に分かれて曲がった先には何かの鉱石のような物がくっついていた。
棚や机などがあるため人が移動できる範囲は多少狭く見えるが、広さ自体は小学校の教室に近い広さに見えることを考えると、この家全体は相当な広さがあると思う。
――まぁ貴族だし家というか屋敷といった方がしっくりくるか。ん?
天井のシャンデリアのランプを見ていたら、リデーナの顔が視界に入ったので目が行ってしまう。
クール系できれいな顔立ちだから、視線が吸い寄せられたといっても過言ではないが、その彼女がつけていたピアスに何か違和感を覚えてじっと見つめてしまったのだ。
「あーおー?」
「カーリーン様どうしましたか?」
「あうー」
そういいつつピアスを凝視し、少しだけ手を伸ばしてみる。
「あ、こらカーリーンだめよ」
その様子を見ていた母さんが止めに入ったため出していた手は戻したが、見ることをやめなかった。
「いい子ね。リデーナが気になるのね」
「いえ、なにやらピアスを見ているようですが」
「光物だから気になるのかしら?」
「いえ……それであればエルティリーナ様も同じような反応をしそうなものですが……これは、もしかするとカーリーン様は魔法の才能がおありなのかもしれません」
――え、どういうこと……?
「いやぁ、エルはきっと興味なかったからよ……それはそうと、どういうこと?」
そう思っていると母さんが代弁してくれたので、リデーナの返答を待つ。
「先ほどから見ていると天井の魔石や、棚に置いてある魔道具に目を止めることが多く、極めつきは私のピアスですよ。赤ちゃんであるからこそ顔は見ると思いますが、顔ではなく耳ばかり見られております。リング状やチェーンなどの飾りがあるのであればまだわかりますが、シンプルな小さなものをここまで凝視するとなると、おそらく直感的に何か違和感を覚えているのではないでしょうか」
「あらあら。それは困ったわねぇ」
母さんは口ではそう言っているが、込められている感情は嬉しそうな感じだった。
「えぇ……まぁ屋敷の関係者には隠すつもりもないですし、ご子息様達にも成長すればお教えするつもりでしたが、まさか1歳にもならないカーリーン様が一番にお気づきになるとは……」
――え、うん? この感じだとそのピアスは魔道具なの!? 何かこれと言って見えているわけじゃなく、なんか気になるなぁ程度で見ていただけなのに。
「あーーぶーーー?」
「せっかくだしご褒美に見せてあげたら?」
「奥様がそうおっしゃるのであれば。【解除】」
そう言うと見ていたピアスが光り、耳が伸びて髪の色が黒っぽい茶色から緑色に変わった。
――おぉ……? おぉぉぉ!? 耳と髪だけだけど見た目が変わった!? しかもこの耳はエルフ!?
髪の色はどうかわからないが、その長い耳は前世でよく読んでいた物語にも出てきた種族の特徴と一致していたので、テンションが上がる。
「おーーー! えーうあーーー!」
そしてテンションが高くなったことで、無意識に体を揺らしてしまっていた。
「ふふふ。すごく喜んでいるわね」
「えぇ。隠していたことを明かすのは緊張しますが、まだ隠していた期間の短いカーリーン様でしたのでそこまでではありませんでしたね。何やら喜んでくれてさえいますし……」
そう言うとリデーナが優しく微笑みながら、後ろで結ってまとめてあった長い髪を肩から前に持ってきて、俺の手の届く所に見せた。
そのきれいな緑色の髪を両手で挟むように優しく触り、さらにテンションが上がってしまった。
「おーーー」
「こちらも触ってみますか?」
その様子を見ていたリデーナが、自分の耳に手が届く高さまで持ち上げてくれる。
しかし、本当に触っていいものかどうか悩みつつ「おーー?」や「いーー?」などと言いながらリデーナ本人と母さんの反応を待っていた。
「リデーナ、いいの?」
「えぇ、今もこうしてすぐに掴まずにいますし、優しく賢いようですから引っ張られることはないでしょう」
――この短期間でどうしてそう思えたのだろうか……いやまぁもちろん掴んだり引っ張ったりなど、嫌なことはするつもりは毛頭もないけどさ。
リデーナが触っていいと言ってくれたので、ゆっくりと手を近づけて髪を触った時と同じように優しく触れる。
触れた瞬間ピクっと耳先が動いたが普通の人でも動く人はいるし、長さがある分動きは大きくなるだろうと思いつつも触り続けた。
「……んっ」
何やら艶めかしい声が聞こえて我に返り、焦って手を放した。
「ふふ。あなたもそういう声出すのね」
「し、失礼しました……思った以上に優しい手つきだったもので、いえ、触らせたのは私なのですが、いえ、そうじゃなくて……」
「まぁ人から触れられると、そうなるときもあるわよね」
「いえ……まぁ……はい……」
リデーナの声量が徐々に落ち、気恥ずかしさから俯いてしまう。
「あーーぶぅーー?」
「ほらほら、カーリーンが心配してるわよ」
「容姿や魔法の才能もそうですが、優しいところも母親であるお嬢様にそっくりですね」
まだ若干赤い顔を上げたリデーナは、恥ずかしさを誤魔化すかのように気持ち早口でそう言った。
「あら、まだ私を"お嬢様"って呼んでくれるの?」
「失礼しました……言い訳になりますが"奥様"と呼ぶようになった期間より、"お嬢様"と呼んでいた期間のほうが長いので……」
「フフフ。冗談よ。物心ついたころからお世話になってる貴女にとやかく言うつもりはないわ。むしろ姉のように思ってるんだからもっと砕けた話し方をしてくれてもいいのに」
「接し方は十分砕けている方だと思いますが……」
――リデーナは母さんが小さいころから付き人だったのか。エルフはやっぱり長命種なんだなぁ。
わざと不貞腐れた仕草をする可愛い母さんと、それをどうにかしようとするクールビューティーなリデーナが少し慌てて会話しているのを聞きながら、そんなことを考えていた。