38.厨房
リデーナに抱かれたまま厨房へ入ると、ドラードとベルフが竈の前に立って調理をしていた。
たまに厨房へも連れてこられていたため色々見る機会があったのだが、その中でも竈が意外だった。
見た目は普通の竈のように見えるのだが、火を出す魔石を利用してコンロのようになってる魔道具らしい。
――下に薪などをくべる穴も見えてるし、使い込んだように煤で黒くなってるから気が付かなかったよね……一応薪や炭を使える場所も残ってるみたいだけど、ほとんどコンロの方で調理しているようだし、石窯も同じような作りの魔道具みたいだしなぁ。
俺たちの入室に気が付いたドラードが、コンロの火を弱めてこちらに向かってくる。
――やっぱり火加減をすぐに調節できるのは便利だよな。元々の竈を改造したというよりは、竈の上に板をしいてコンロを置いてるみたいなんだけど、作り変えなかったのは壊れた時にまた使えるようにしておきたかったからかな?
「よう、リデーナお疲れさん。お、なんだカーリーン、今日はおめかししてて一段と可愛いな」
「あい!」
俺は"可愛い"と言われることに対して、からかわれているわけではなく、純粋な誉め言葉として言われていることを知っているので、元気よく手を上げて返事をする。
――まだ鏡は見たことないけど、あれだけ"母さんに似ている"って言われてるってことは相当似てるんだろうし、俺から見ても母さんは可愛いからそう言われても別に悪い気はしないしな。
「さっきは派手にやったなぁ? そこの窓まで光が見えたぜ。あれカー坊だろ?」
「……あい」
俺はそう反応しながら上げた手を下ろして、目線を横にそらす。
たまにではあるが、来るたびにおやつを貰ったり構ってもらっているため、料理人たちと仲良くなれていると思う。
"カー坊"というのは"カーリーン坊ちゃん"を短くした呼び方のようで、ドラードは兄さんを"ライ坊"、姉さんを"エル嬢"と呼んでいる。
今までは兄さんと姉さんだけだったから、"坊ちゃん"と"嬢ちゃん"みたいに呼んでたようだが、俺が生まれたことによって呼び方を変えたらしい。
――言葉使いに関しては母さんも何も言わないから、リデーナが注意する回数も減ってきているが……まぁここで一緒に働き始めてから俺が生まれるまでに散々言ってきてるだろうし、リデーナも注意自体がクセになってるようなもんで、それが直るとは思ってないんだろうけど。
「はっはっは! なんだ? じいちゃんが来たから張り切ったのか?」
「あい」
「ドラード、料理の方はちゃんとできてますか?」
「おう。任せろ。今日はヒオレス様たちがいるから、しっかり凝ったものを用意してるぜ」
「ベルフ、本当ですか?」
「えぇ。いつも美味しく作ってますが、いつも以上に気合を入れて調理してますよ」
「おいおい、料理長の俺が言ってるのに信用しねぇのかよ」
「普段のあなたの行動を見ていると、ベルフに確認を取った方が間違いないので」
「ほほほ。ですが私の本業は庭師ですよ?」
――そういえばこの間も庭というか畑に行ってたな……
「ドラードが料理長という大層な肩書であるなら、ベルフは副料理長でもあるでしょう?」
「手が必要な時だけ手伝ってるだけのお手伝いですよ」
「まぁ、オレがいなきゃ間違いなくベルフが料理長なんだがな」
「それは2人だから当然だろう?」
「いやいや、料理もうめぇし腕は確かじゃねぇか。俺が料理以外できないからここを任されてるだけだろ」
「いやいやいや、ドラードの料理は美味しくて好きだよ? 私が料理しかできなかったとしても、料理長はドラードだったよ。私も学ばせてもらうところが多いからね。でもドラードにそう言ってもらえるのは嬉しいかな」
――ベルフはドラードに対してだけは友人のように話すんだよなぁ。一緒にいる時間が他の人と比べて長いから自然とそうなったのかな?
「仲がいいのはわかったので、そのくらいにして調理の続きをどうぞ。念のために様子を見に来ただけですので」
「おぉ? カーリーンがリビングに居られないから来てるんじゃないのか。ここならおやつもあるしなー?」
そう言いながらドラードが、作っておいたお菓子の乗った小皿を出してくれる。
「正直ここはリビングと近くて大差ないような気がしてたのですが、今のところ問題はありませんし、奥様も勧めておられましたので来ているだけです」
――確かにここからだと何を言ってるのか分からないが、声とか土人形に何かが当たる音とか結構聞こえるんだよな……
「そっか。それならお前の部屋にでも連れて行けばいいんじゃねぇか? お前らの部屋は向こうの下の階だから間違いなく聞こえないだろ」
「んなっ! カーリーン様を私の部屋に連れ込めるわけがないでしょう!?」
「いやいやお前、"連れ込める"ってなんかニュアンス違くないか? まぁまぁお前も座れよ」
ドラードはそう言うと、俺用のミルクとリデーナ用に冷えた飲み物を置いてくれる。
――そういえばエアコンのようなものは無いのに、冷蔵庫のようなものはあるのかな? 前も食糧庫はひんやりしていたし……まぁそうなるように作ってるだけかもしれないが、話せるようになったら聞いてみよう。
ちなみに今はリデーナが冷気をまとう魔法を使っているため、抱かれている俺は快適である。
「しかし最近暑いですね」
「毎年のことだしこればかりは仕方ないが。もう少しすれば涼しくなってくるさ」
ベルフも調理を一段落ついて休憩するようで、ドラードの向かいに座りながら暑さに対してぼやく。
「ドラードは魔法を使っているようですが、ベルフは使わないのですか? 竈の傍はなおさら暑いでしょう?」
ドラードは母さんやリデーナのように冷却魔法をまとっているのか汗ひとつかいていないが、ベルフは首にかけているタオルで度々流れてくる汗を拭っている。
「いやいや、俺も魔法なんて使ってないが……」
「あぁ、貴方は関係ありませんでしたか」
「なんか引っかかる言い方だが……竜人のオレはまだ平気な暑さではあるな。そういえばベルフは魔法つかわないな? 水やりとか畑には使っているだろ?」
「まぁ使ってはいるけれどあれは生活魔法だしね。それに一応食材を冷やすのに冷却魔法自体は使えるけれど、私はそこまで魔力が多くないから常時使うにはきつくてね。魔法を解いたときに暑さに襲われるくらいなら、使わずいたほうが楽なのさ」
――確かにそういう考え方もあるか……母さんは一緒にいる間はずっと使っているけれど、あくまでこの国屈指の魔法使いだもんな、そんな人と魔力量を比べるのは間違っているか……そうなると俺はどうなるだろ、常にとは言わなくても充分快適に過ごせる程度には使えるようになるといいな……
暑いのは苦手な俺からすれば結構生活に支障が出そうなので、こっそりと練習もしておこうと思いつつ、みんなの話に耳を傾けていた。
リデーナは話をしながら俺にお菓子を割って食べさせてくれて、その様子をドラードが嬉しそうに温かい目で見ている。
「っと、そろそろ充分煮込まれたでしょう。サラダなどの飾りつけもしなければ」
「おう、たしかにそうだな。またお菓子は食後に出してもらうようにしてやるから、今度はじいちゃんにでも貰いな」
そういいながら頭を撫でてくれた後、コンロの前に戻った。
丁度そのタイミングで外で爆発音がしたが、俺以外は平然としている。
「奥さまの魔法が炸裂しましたし、あの音では土人形は跡形もないでしょう」
「ってぇことはもう終わりだな。準備急がねぇとな」
「湯あみの時間がありますので、急がずしっかり準備しておいてください」
「おう。まかせな」
そういうとリビングで皆が来るのを待つために厨房を出た。
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