37.稽古
父さんと何かを話していたヒオレスじいちゃんが戻ってきた。
声は聞こえなかったため、内容までは分からないが十中八九姉さんの事だろう。
じいちゃんは少し疲れた表情で軽くため息を吐きながら椅子に座ると、また額に手を当てて考え込んでいた。
「まぁまぁあなた、そんなに悩まなくても」
「悩んでいるわけではない、少々受け入れ難いだけだ……あの土人形を1撃で両断できるとは思わんだろう……」
「あなたも子供の頃には同じような事できてたじゃない」
「それはそうだが、エルティリーナほど幼い頃は素振りすら形になっていたかどうか……」
――さすが武人。子供の頃からしっかりと鍛えてたんだなぁ。それにしてもヘリシアばあちゃんは子供の頃からヒオレスじいちゃんを知っていたのか。貴族だし婚約者が決まるのも早かったのかな?
「お父様の生い立ちを考慮すると仕方のないことでは? やることが多く多忙だったようですし」
「そうよ、あなた。落ち込むことはないわ」
「お、落ち込んでなどおらぬわ! むしろ喜んでいる!」
「それならいいじゃない」
「……まぁ、フェデリーゴのような実力者に師をしてもらえることが羨ましくはあるがな」
「孫に嫉妬するなんてあなた……」
「フェディが強いのは分かっていますが、さすがにそれは……」
「違う、そんなのではない! 孫たちが充分な力のある者に稽古をつけてもらえているから喜んでいるのだ!」
――毎回手合わせを申し出てる当たり、"羨ましい"という言葉も本音の一部なんだろうな……王都に住んでいて多忙だったらしいヒオレスじいちゃんと違って、幼いころから自由にのびのびと英雄の指導で鍛錬出来るんだから、武人として羨ましいと思うのは普通なのかもな。
ばあちゃんと母さんの反応に慌てて釈明するじいちゃんだが、2人とも分かってからかっているようで、そんな姿を見て笑っている。
「さて、次の土人形の用意ができるまで休憩しつつ、魔法の稽古だな」
そう言いながら父さんが姉さんの手を引いてこちらに来ると、ロレイナートが土人形の片付けと再設置をしに向かった。
「まずは、最初の頃にやった生活魔法のライトで練習しましょうか。あれならカーリーンがいても問題ないからね」
「はい!」「はぁい!」
魔法の勉強は苦手そうだった姉さんも、生活魔法を使うようになってからはやる気が出たらしい。
「ライト以外はダメなのか?」
「あなた、カーリーンが魔法を使ったことは手紙で知らされていたでしょう? 火や水の魔法を使ってしまわないようによ」
「あぁ、そういう事か……早く魔力操作を習得できるといいな」
そういって優しい手つきで俺の頭を撫でてくれる。
「それじゃあ、ライからやってみましょうか。まずは普通に出してみて?」
「はい。【ライト】」
兄さんがそう唱えるとすんなりと光る球を顕現させる。
「次はそれを消して、なるべく明るいライトを出してみましょうか」
「【ライト】!」
少し気合を入れた兄さんがそう唱えると、先ほどより明るい光の球が出現する。
「うん。上出来ね。魔力操作もうまくなっているわ」
「ほぉ。生活魔法でここまで明るくできるのか」
じいちゃんは感心したように答えた後、兄さんを撫でてあげている。基本的に褒めるときは褒めてくれる優しいじいちゃんのようだ。
――"生活魔法で"って言ってるってことは、他の光魔法もあるんだろうなぁ。まぁ閃光を放って目くらませにしたり、アンデッドとかがいるなら光の矢でみたいなやつもあるのかな?
「次はエルね。同じようにやってみて?」
「う、うん。【ライト】!」
姉さんが出した光の球は兄さんのと比べると小さく光も弱い。しかし、ライトが使えたことに変わりはないので姉さん自身は少し嬉しそうな表情をしている。
「さぁ、次はもっと明るくしてみましょうね。できそう?」
「が、がんばる! 【ライト】!」
そう言うと兄さんが最初に出したものくらいの明るさではあるが、先ほどの姉さんのものと比べると確かに明るい光の球が出現する。
「うんうん。上出来よ。少しずつだけれど、ちゃんと魔力操作もできるようになっているわ」
「やったぁ!」
姉さんはすごくうれしそうに飛び跳ねながら、隣にいた父さんに抱きついて撫でられている。
「さぁて、カーリーンもやってみる?」
「えあ?」
――え? 俺にもやらせてくれるの?
「カレア、いいのか?」
「使った方が成長するのは分かるんだが……その、大丈夫なのか?」
男性2人が少し戸惑いつつ母さんに聞いてくる。
「もうすぐ1歳にもなるし、結構私たちの言葉も分かっているみたいだからきっと大丈夫よ。いざとなったら私が止めます。それにどうせ魔力が抜けていくなら、消費もほとんどないライトであれば余分に抜けるようなことはないし、今のカーリーンの魔力であればそれくらいで枯渇したりしませんから」
「カレアがそう言うなら大丈夫なんでしょう。あなたもフェデリーゴも落ち着きなさいな」
隣に座っているヘリシアばあちゃんは戸惑う様子もなく、むしろ楽しみな様子で待っている。
「さぁ、カーリーン。ライトよ。ライト」
――たまに料理人のドラードに誘導されたり、こうやって母さんに使うように促されたりもしてたけど、そう頻繁には使ってないから久しぶりなんだよな……あまり光が弱いと魔力不足かと思わるかもしれないから、少し意図的に魔力も出しておくか……
「あ、【あいと】(ライト)」
俺がそう唱えるとスポットライトを正面から直視したような、強い光を放つ球が出現して、目を閉じざるを得なかった。
「うわ!」
「まぶしっ!」
「む、なんと……」
「まぁまぁまぁ!」
「いいわよカーリーン」
母さんにそう言われてライトを消す。
――いやいやいや、なんだ今の明るさ!? 同じライトだよな!?
「なんだ今の明るさは……本当にライトか?」
光を直視しないように手を向けていたヒオレスじいちゃんも、まったく同じようなことを思っていたらしい。
「前に使わせたときはもっと暗かったのだけれど、お父様たちがいるから張り切ったのかしら。ねー」
「あ、あい」
母さんはそう言っていつも通り優しく話しかけて撫でてくれる。
「漏れ出ている魔力に反応しているという話だったから、もっと暗いものだと思っていたが……」
――はっ! そうだよ! "光が弱いと魔力不足と思われるかも"じゃないんだよ! 逆だ! 漏れ出ているんだから、暗い方が良いんだ……明るかったらその分、漏れ出ている量が多いってことになるじゃんか……というか少し放出したつもりだったんだけど、あれだけ明るくなるのか……
「カーリーンの場合持ってる魔力量が多いみたいだから、今のでも別におかしくないわ。徐々に魔力量も増えてきてるみたいだし、こうなることは予想できていたわ」
「それならせめて俺には教えていてほしかった……いきなりで驚いたわ」
「すごいですねカーリーン!」
「すごく明るかった!」
父さんは苦笑しているが、兄姉は嬉しそうに俺に寄ってくる。
「まだ不完全な呪文での発動だからムラがあるのかしらね?」
俺が魔法を発動させたことに嬉しそうに興奮していたヘリシアばあちゃんが、冷静になって考えている。
「えぇ、そうかもしれないわ。でもちゃんと発動できたし、止められて偉いわカーリーン」
「あ、あい……」
「ふふ、かなり眩しいライトだったものね。出した本人もまだ驚いているようね?」
――母さんが問題ないと判断しているみたいだし、別におかしなことはなかったと思っていいのかな……常にだれかと一緒にいるから、練習なんてする時間がなくて感覚がつかめてないからなぁ……はやく、一刻も早く俺に魔力操作の稽古を!
「カレアが問題ないというのならそうなんだろうな。カーリーンも疲れた様子も見られないし、きちんと魔力操作ができるようになるのが楽しみだな」
「えぇ、そうなったらお父様もカーリーンに魔法を教えてくださる?」
「あぁ、俺でよければ。むしろ俺から頼みたいくらいだ」
――じいちゃんは魔法も上手い人なのか。いろんな人に教えてもらえそうで、なおさら楽しみが増えたな。
「よし、土人形も作ってもらえたし、別の魔法の練習もしておくか」
「そうね。さすがにライト以外はカーリーンに見せるには早いから、お部屋で大人しくしていて頂戴ね」
「あい」
「それじゃあリデーナ、稽古が終わるまでよろしくね」
「かしこまりました」
そう言ってリデーナに抱き上げられた俺は、そのまま屋敷に入ってリビングのドアから廊下に出る。
窓を開けている夏場のリビングでは呪文が聞こえてくるため、別の部屋で待機するようになったのだが、今回は夕飯の準備の確認もあるようで、厨房に向かうようだった。
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カーリーンの魔法が許可されたのは「どうせ漏れ出ているなら、魔法の感覚を覚えてもらおう」という魂胆からです。
ただ、あまり癖にならない程度にたまにしか使わせてもらっていなかったというのもあり、力加減を間違えた感じですね。