33.初めての夏
工事の開始から数か月が過ぎた。
俺の記憶が覚醒したころは、外に出るときはひざ掛けなどが欲しいくらいの肌寒さだったのだが、今はその少し寒いくらいの気温が恋しいくらいの暑さになっている。
――あの頃は春先だったけど、あれから半年近くたってるからなぁ。暖炉を使うほどの寒さではなかったから、あの頃を3月あたりと考えると9月くらいだもんな。まだまだ暑い時期なわけだ……
「今日も暑いわねー」
「あい……」
今は昼食が終わり、リビングで皆ゆったりとしている時間だ。
「空気を入れ替えますね」
そう言うとリデーナとロレイナートが窓際に寄って、風魔法を使って室内の熱のこもった空気を外へ追い出し、水魔法を使って少し冷えた空気を取り込んでくれる。
冷房や扇風機のような魔道具はないようで、時折2人がこのように空気を入れ替えてくれている。
「今日は稽古の日だったが、少し遅くから始めるか」
「えぇー……」
俺の隣で姉さんが不満そうな声を出す。
普段から俺の近くに来ている姉さんだが、暑くなり始めてからはその頻度が上がった。
「少し遅く始めても、日が落ちるのも遅くなってるからそこまで変わらんぞ。カレアにくっついてるってことは暑いんだろ?」
「うぅー……」
長時間風を送ったり、部屋を涼しく維持するような魔法の使い方は難しくて出来ないらしいのだが、1人分くらいの規模であれば可能なようで、母さんは自分の周りだけ少し涼しくしている。
姉さんはその涼しさを求めて、俺というより母さんにくっついている時間が増えたというわけだ。
「おかーさん、これ私に使えないの?」
「ふふ。練習すれば自分で出来るようになるわよ? それに風魔法と水魔法を使っているから、離れた位置でこれをかけ続けるのは難しいわね」
「むぅー……お兄ちゃんは平気なの?」
「え、うん。まだ大丈夫だけど、やっぱり暑いよね」
そういう兄さんは汗ひとつかかず、ソファに座って本を読んでいる。
――父さんもそうだが、兄さんもこの魔法を使っているわけじゃないのになぁ……やっぱり慣れかな……? そうなると俺もあんまり母さんにべったりじゃない方がいいか?
「ぱぱ、いく!」
そう思った俺は父さんを呼び、手を伸ばす。
「あら、パパのところに行きたいの?」
「あい!」
「おぉ! おいでおいで!」
父さんが身をかがめて手を広げてくれるので、母さんが俺を足元の絨毯に下ろした。
この世界では土足で室内に上がるが、入るときに魔法で綺麗にしているし使用人たちが掃除してくれているので、拾い食いなどしない限りは問題ないらしい。
俺はハイハイでローテーブルまでいくとそれにつかまって立ち上がり、机に沿って父さんの方まで歩いていく。
――ここ2か月ほどで割と動けるようになったな……滑舌はまだ怪しいけれど、ちゃんと成長出来てると実感は出来る。
父さんの近くまで行くと机から手を放して3歩ほど歩き、父さんの腕の中に倒れ込むようにして到着する。
「おぉ!? 少しだが歩けたなカーリーン!」
「ふふふ。ハイハイや立てるようになって動けることが楽しいのか、よく自分で移動してるものね」
「あい!」
父さんは嬉しそうに俺を抱き上げて膝の上に座らせて撫でてくれる。
「俺のところは暑いぞ? 平気か?」
「へーき!」
今は何とか片言で話せる言葉で意思疎通ができるようになっている。
返事に加えて短い単語であれば理解していると分かった両親は、俺に色々と声をかけることも更に増えたので不思議な事ではないだろう。
――最初は驚かれたが、すぐに嬉しそうにしていたし問題ないだろう。しかし、やっぱり暑いな……前世のまとわりつくような暑さを知っているからそれと比べると多少マシだが、海が割と近くにあるからか"カラッとした暑さ"とまではいかないのが原因か?
先ほどまで母さんの膝の上という涼しいところにいたため、そこから離れるとすぐにジワリと汗が滲んできている感覚がする。
リデーナが汗を拭くように小さいタオルを父さんに渡すと、額の汗を拭ってくれた。
「お父様達は明日到着予定だったかしら?」
「えぇ。道中も手紙を送っていただいておりますので、間違いないかと」
あれから半年ってことは、俺ももうすぐ1歳になる。
1歳の誕生日は特別で、じいちゃんにあたる人もお祝いに来てくれるらしい。
「離れの家の掃除のチェックもしておいてくれ。義父上たちはこちらに泊まるから、護衛たちだけだがしっかりと対応しないといけないからな」
「心得ております」
今回のような来客時に護衛の人などが泊まれるように、屋敷を囲む壁の外ではあるが他に家が2軒建っていて、広い庭には厩舎もあり、馬車も庭に置けるようにしてある。
壁を挟んではいるが直接屋敷の敷地へ出入りできる扉もあるため、お互いのプライバシー保護のためだろう。
「おとうさま?」
「あぁ、エル。母上の言う"お父様"は僕やエルからしたら"おじい様"だよ」
「おじーちゃん?」
「えぇ、そうなるわ。エルは覚えてないでしょうけど、一回会ってるのよ」
「そうなんだ」
――兄さん姉さんの時も1歳の時にお祝いに来てくれたみたいだけど、姉さんはさすがに覚えてないよな。
「王都を出るときの手紙からすると、明日で9日目だけれど……どれだけ楽しみにしているんだか……」
「天候にもよるから、王都までの距離を考えるなら2週間くらいを見積もってたんだがなぁ」
道も整備されておらず、基本的に馬車での移動となるこの世界では、それくらいの旅は普通にあることなのだろう。
「お父様の事だから良い馬を使ってるのは確かなんだけれど、休憩もほどほどにして移動していないか不安だわ」
「まぁ到着が早くなることを知らせてくれて助かったな。おかげで準備も間に合った」
「普通なら"出立の時に知らせた予定"に合わせて到着するように調整するのだけれどね。アクシデントで遅くなることはあっても、早くなることをわざわざ知らせてまで来ようとするなんて……」
「今回は家族に会いに来るんだから楽しみなんだろう。長旅だし早く休みたいという思いも分からんではないしな」
「それもそうね。私もお父様に会うのはエルの1歳の誕生日以来だから、楽しみだわ」
「ライはどうだ? 覚えてるか?」
「……少しは……父上に怒鳴っていて怖かった記憶が……」
「こわいの……?」
兄さんの言葉に姉さんが少し不安そうになる。
「あー、いや……あれは怒鳴っていたというか……」
「手合わせの時ね?」
「"本気を出せ"って叫んでたことだよな?」
「確かそうです」
「あれは俺の力量を知ってるから、手合わせの時に手を抜いたのがバレたんだ……だからまぁ俺が悪いのであって、お前たちにとっては全然怖い方じゃないぞ。むしろめちゃくちゃ甘やかされると思う」
「そうなんですか」
――孫には甘いってことか。今回急いできているのも、早く孫に会いたいがためかもしれないな……
「そういえば手合わせがあったな……3年経ってるが、また申し込んでくるだろうか」
「むしろ3年経ってるからこそ申し込んでくるでしょうね。お父様の事だから、前回帰ってからまた鍛えてるわよ? お兄様に仕事を任せて鍛錬する時間も増えたでしょうし」
「……子供たちに"怖い人"と思わせないように、俺が怒鳴られないよう注意して手合わせしなきゃな……」
父さんは若干困ったように眉尻を下げつつ俺を撫でてくれる。
「今回は前以上に長期滞在になるでしょうし、子供達と仲良くなる時間は充分あるわよ」
「そうだな。カーリーンの誕生日まで1週間ほどあるし、今回は10日ほど滞在予定だろうしな。そういえばカーリーンの病気のことは……」
「もちろん伝えてあるわ。完治する見込みがあるという事もね」
「そうか。そのあたりの説明も一度しないといけないな。その時はロレイ、頼んだぞ」
「おまかせください旦那様」
ロレイは頭を下げた後、再び部屋の空気の入れ替えをするために窓際に寄っていった。
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少し時間が進み、生後半年くらいから1歳まで飛びました。
話せるという意味ではもうちょっと進めた方がいいのですが、書きたいネタがあるので……