32.作業風景
あまり待たせるのも悪いと考えたのか、親方の説明が上手かったのかわからないが、代表っぽい男性と親方が割と早く父さんのもとへ戻ってきた。
「し、失礼しました。総親方に事情を聞きました。本日はよろしくお願いいたします」
そう言うと深く頭を下げる。
「あぁ。よろしく頼む。全員はまだ到着していないのか?」
少し離れた所からこちらの様子を見ている人たちの方を見て、父さんは代表の男性にそう聞く。
「いえ。計測が終わりましたので、ほとんどが先に中央地点へ向かっております」
「護衛の騎士が少ないのは一緒に行ってるからか。モンスターは出なかったか?」
「はい。今のところ見かけておりませんが、伐採を始めると刺激されて出てくるかもしれません」
「初めのうちは特にそうだろうな。数日対処を続けると、モンスター側も学んでしばらくは寄ってこなくなるだろう」
「だといいのですが……」
「心配はいらんぞ。俺と騎士、それに冒険者やハンターも数人いるんだ、安心しろ」
「オルティエン領主様がそう仰られるのであれば、心強いことこの上ないです」
――戦闘できない人からすれば、普通の獣でも脅威だもんな……"魔竜"とかいう名前からヤバそうなやつを討伐した父さんに言われたら、安心するよな。
「それで親方、こっちには何人残すんだ?」
「ん、あぁ。木をここらに下ろす予定だから、手伝いで6人ほど残しておくつもりだ。昼飯や野営の準備も必要だしな」
「そうか。昼はここに戻るんならウチの馬車はここに停めて、リデーナとカーリーンは待っていてくれ」
代表っぽい男性は、親方がタメ口で話す姿に驚いているが、父さんはそれを気にせず俺たちの予定を決める。
「そうね。お昼には戻るから、それまでリデーナと一緒に大人しく待っててくれる?」
「あーう」
――あくまで病気のせいで離れられないから連れてきてるだけだもんな。片道2時間ほどかかるから、屋敷で待たせるわけにもいかないわけだし。作業風景が見られないのは残念だけど、ちゃんと言うことを聞こう。
「ですが、奥様と離れるなど……」
「私はフェディがいるから心配ないわ。それに私がこのあたりのモンスターに負けるとでも?」
「いえ、それはないでしょう」
――食い気味に即答したな……それに母さんでも苦戦するようなところに道は作らないわな。
「お子様をお連れでしたか」
「あぁ。ちょっとな。だからお前たちはここで護衛だ。こっちの作業員の分もあるが、森から少し離れてるから見晴らしもいいし、2人で平気か?」
「「はっ! お任せください!」」
父さんの護衛として連れてきた2人にそう言うと、ビシッと敬礼して反応する。
街道を通るときに邪魔にならないように馬車を少し外れた所に移動させたあと、俺はリデーナに抱っこされた。
両親は親方達が乗ってきた荷馬車に乗って移動するようだが、親方以外の人がすごく緊張しているのが分かる。
――多分ここに残ってたのは隣の領から来た人ばかりなんだな……
「それじゃあ、お留守番おねがいね」
そう言うと母さんは俺の額にキスをして撫でてくれたあと、父さんの手を取って荷台に乗り込み森へ入っていった。
「しかしお子様をお連れとは……」
「何か事情があるんだろう。それにしてもかわいらしいご息女ですな」
護衛として町から一緒に来た騎士団の2人が寄ってきてそう話している。
「カーリーン様はご息女ではなくご子息です」
「なんと、これは失礼を……」
「可愛らしいことに関しては同感ですので」
――そこは一応注意するところじゃないのか……まぁ貴族に仕えるメイドと言っても距離感は近いし、主人自体も住民との距離感が近いから別にいいのか?
リデーナは余所行き用の茶髪にいつものメイド服を着て、俺を抱いて扉を開けた馬車に腰かけて話をしている。
「それにしてもリデーナさんが呼びに来たときは驚きましたよ」
「えぇ、まさかフェデリーゴ様が自ら参加されるとは思っていなかったですから」
「今朝決まりましたので。旦那様と奥様であれば能力は申し分ありませんし、お止めすることもないかと思いまして」
「まぁ確かにそうですな」
「よく町にもきてますから、気軽に参加なされそうですもんね」
リデーナも騎士団へは行くことがあるのか、2人とは顔見知りのようだ。
「カレアリナン様は久しぶりにお会いしたが、お元気そうでなによりですな」
「カーリーン様がまだ幼いため、本当は屋敷で待っていてほしかったのですけれど」
「カレアリナン様の魔法があれば作業効率が数段良くなりますもんね」
「ですから、ギルドに募集していた魔法使いがこられるようになるまで、工事に参加されるので護衛もしっかり頼みましたよ?」
「えぇ、それはもちろん」
「では、こちらでやっておく作業を手伝ってきますので、またのちほど」
「ちゃんと周囲の警戒もやりますのでご安心を」
そう言ってリデーナと2人きりになった。
「さて、カーリーン様のお腹がすかないようにお菓子などを準備しておきましょうね」
「あーい!」
――朝食べてからは貰ってないから昼までもつか不安だったんだよな。まぁ我慢はできるから問題はないんだけども。リデーナは俺がいるから手伝いは出来なさそうだし、またのんびりとリデーナの言葉に反応したりして遊んでもらおう。
リデーナはおやつなどを準備するために、俺を一度座席へ寝かせたのだが、思っていたよりはクッション性がある座席だったため少し感動した。
太陽が真上に来る頃、森から木を積んだ荷馬車が2台ほど出てきた。
荷台に乗るような長さで切られている木を下ろす作業をするようで、俺はちょうど道を挟んだ反対側で始まるその作業を眺めていた。
「【レビテーション】」
こちらで待機していた魔法使いらしい人がそう唱えると、1本の木が空中に浮いてゆっくりと横に移動して下ろされる。
「おーーー」
前に自分自身に使ったことがある魔法と同じような現象を起こしていることに、興味津々である。
――なるほど、浮かせる魔法は【レビテーション】というのか。ん? 自分を浮かせるなら"フライ"とか"フロート"とかになるのか? 呪文を口にしなくても効果は出るみたいだけど、頭の中で思い浮かべる単語も大事なのかなぁ。試してみたいが、間違いなく大騒ぎになるから今は自重しよう……
木を下ろしていた魔法使いが、半分ほど下ろした時点で交代している。
重さによって消費魔力量が違ってくるみたいなので、魔力の温存と回復のために交代しているのだろう。
――あんな大きさだと力でやろうとすると結構時間かかるだろうし、魔法って便利だなぁ。まぁこの世界の人たちだと、1人でも普通に運べるかもしれないけど……
などと考えていると両親たちも昼休憩するようで、親方達と一緒に木々を積んである荷馬車の後ろに止まる。
「【レビテーション】」
母さんが2台目の荷馬車の横でそう唱えると、荷台に乗っていた木々が全て浮いた。
「おーーー!」
俺の歓声と同じく、作業員たちからも同じような声が上がる。
――母さんすご! そりゃあ作業効率が一気に良くなるわ。前の世界の重機があったとしても、あの量を移動させるならそれなりな準備が必要なのに一声だもんな。
そして父さんは1台目の荷台に上がると、まだ下ろし切れていなかった木を1人で持ち上げて下ろしていた。
「おぉー……」
――やっぱ1人でも出来ちゃう人いるよね。父さんなら出来るかもと考えていたけど……ただ、魔法と違って単独の人力で本当に出来ると思ってなかったから、感嘆の声が出るより唖然としちゃったよ……。
「ただいまカーリーン。いい子にしてた?」
「えぇ。普段通り大人しく、作業風景を興味津々に見ておられました」
「そうかそうか。お、ロレイもちょうど来たな」
母さんに撫でられた後町へ続く道を見ると、乗ってきた馬車よりは地味だがしっかりとした作りの馬車が見え、その御者台にはロレイナートの姿が見えた。
一度屋敷に帰るには時間がかかるので、午後の作業も参加する両親の昼食を持ってきたようだ。
ちゃんと俺の分も持ってきてくれていて、野外での食事という事もあり両親の指示によって、準備をしてくれたロレイナートとリデーナも珍しく一緒にご飯を食べた。
午後の作業が始まる頃に、親から離れる俺がぐずることもせず、逆に"頑張って"と言わんばかりの声をかけられた両親はものすごくやる気を出したらしく、3日分予定を前倒しにすることになったらしい。
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