31.作業現場へ
少しして詰め所からリデーナが男性を2人連れて出てくる。
男性たちが身につけている装備は、一応装飾が施されている鎧だが森などの暗いところで目立つほどでもなく、動いて派手に金属音が出るほどの重装でも無い。
――森での活動が多くなるこの地域ではこういう鎧なのかな? 1人は細身に見えるけど鍛えてはいるんだろうな。そしてもう1人はでっかいなぁ……縦も横も父さんよりもでかいんじゃないか?
2人共同じ騎士団用の鎧を着ているはずなのだが、身体のサイズが違いすぎるため別の鎧に見えてしまう。
リデーナ達が近づいてきたので、父さんが窓を開けて手を挙げると騎士団員は敬礼した。
「急にすまん、今日はよろしくな」
「「はっ!」」
「それでは参りましょう」
そう言うとリデーナは御者台に座って馬車を進める。
騎士団員は徒歩で来るようだが、そこまでの距離じゃないため問題はないのだろう。
徐々に堅牢そうな壁に近づくと、その壁に見合った重厚な門が見えてきた。
――だいたい街の西と南にしか壁はないけれど、あの結構広い川があるからわざわざ渡ってまで門番をスルーしようとはしないか。ならず者の取り締まりというより、モンスター警戒のための門番ってところかな?
天然の水堀のようになっている川から離れ、門の前まで行くと門番の人が挨拶してくる。
若そうな方はきっちり敬礼しているが、年のいった男性の方はにこやかに笑いつつ、軽く手を上げて見送ってくれた。
――父さんも母さんも結構町へ行ってるようだし、距離感が近い領主って感じなんだろうな。そこそこ広い町だし、冒険者もいるから頻繁に出入りする人もそれなりにいそうだけど、それはそれで色んな話を聞けそうで楽しみだ。
門を抜けると人工物が全くない大自然が目に入ってきた。
モンスターの脅威もあるこの世界では、街の外に外灯はもちろん整備が必要な道路も無いようで、町中との違いに驚きつつ感動する。
そのせいで馬車は結構ガタゴトと揺れているが、今に限って言えば母さんの膝の上なので快適である。
「おーー!」
「ふふ。喜んでいるようね。屋敷の外は初めてだものね」
「そうだな。まだライやエルも連れて出たことがないからなぁ」
――そうなのか! ……いや、そりゃそうか。今回は危険度の低い場所での作業に行くことになったから、連れて出てもらってるけど、普段は町から出てもほとんどが森へって話だったもんな。
「まだ遠出するには可哀想な年だものね」
「3歳頃になると連れて行っても良いんだが、丁度その時はカレアが動けなかったもんな」
「ライが3歳になる前にはエルを身籠っていたし、生まれた後もエルがいるから遠慮して、エルが育った頃に今度はカーリーンを身籠ったものね。私とエルを置いて行ってくれても良かったのに。お父様たちがライに会いたいって手紙でボヤいていたわよ?」
「そういう訳にはいかんだろ。カレアを置いてライだけ連れて行こうものなら、義父上に逆に叱られそうだ。なにより俺が不安だからそうしたくなかった」
――母さんが"お父様"という事は、俺にとってじいちゃんか。前世では物心つく頃には亡くなっていたからなぁ……どんな人なんだろう。
「ふふふ、心配性ね。子育てで数年間実家には帰れていないから、カーリーンが大きくなったら顔を見せに行きたいわね」
「そうだな。義父上たちにばかり来させるのも申し訳ないしな……」
「お父様たちが来たいから来ているのだから、そこまで気にすることはないわよ。口では色々言うかもしれないけれど、子供たちがまだ幼いのだから仕方ないとは思ってくれてるわ。そういえばカーリーンが1歳になるときにまた来てくれるらしいわよ?」
「ライとエルの時も来てくれてたもんな。3年ぶりになるか」
「えぇ。まぁ去年お兄様に仕事を本格的に任せて、自分は相談役になったらしく、時間もできたから今後は頻度も上がるかもしれないわね」
「子供たちは喜ぶかもしれんが、俺としては疲れるから諸手を挙げて喜ぶことはできないが……」
「気に入られてるんだからいいじゃない」
「まぁ嫌われるよりはな。ただあの人との手合わせは本当に疲れる……結構本気でやらないと機嫌を悪くするし、本気でやって怪我をさせるわけにいかないから変に気を張りっぱなしになる」
「ふふ。お父様に怪我をさせられる人なんて滅多にいないわよ。だからこそあなたとの手合わせを楽しんでいるのでしょうし」
――という事はじいちゃんも武人なのか。1歳になるときに会えるらしいけれど、多分俺には手合わせは見せてくれないんだろうなぁ……いや魔法無しなら可能性はあるか? じいちゃんも孫に会いたいって散々言ってるみたいだし、いいところ見せようとして見学させてくれる可能性はあるな。
などと両親の話を聞きつつ、ひそかに楽しみが増えたことにワクワクしながら目的地へと進んでいった。
しばらく馬車に揺られていると、目的地であろう森が見えてきた。
親方は早朝から来ていたため、それから準備して出たにも拘らずまだお昼には早い時間には到着した。
森の入り口には作業をするために集められた人と、騎士団の鎧を着ている人が2人ほど集まっており、そこへ近づいてくる馬車を見た後、貴族のものだと分かって少し落ち着きがなくなっている。
ある程度近づくと、護衛としてついてきた細身の男性の方が事情を説明するために仲間の下へと向かい、入れ替わりに待機していた作業員の代表らしきおっちゃんが、声の届く所まで近づいて頭を下げながら気になったことを聞いてくる。
「おはようございます。この度はご視察目的でいらっしゃったのでしょうか?」
「いや、俺たちは手伝いに来たんだ」
普通であれば使用人のリデーナが受け答えするのだろうが、リデーナが反応するより早く父さんは自ら馬車を降りて説明する。
「て、手伝いに、でございますか?」
降りてきた父さんの恰好が貴族らしくないため驚いていたが、貴族の馬車から降りたという事は見た目がどうあれ無礼があってはならないと思い、丁寧に聞き返してくる。
「あぁ。あなたは隣の領の土木屋か?」
「え、えぇ。今回の工事は合同で行うとのことで参加しております」
「そうか。俺はフェデリーゴ・オルティエン。オルティエンで分かる通りここの領主だ」
「りょ、領主様、という事はあの!? そ、そのような方が自ら作業に参加されるのですか!?」
「あぁ。そのつもりだが」
顔までは知らずとも、名前や魔龍討伐の件は知っているようで、かなり驚いている。
代表と父さんが話していると、後ろから荷馬車が1台やってきた。
天候も悪くないため幌も付いていない荷台には、親方が乗っているのが見える。
俺がいるからそこまで速度を出さなかったためか、屋根などがない分速度が出るのか定かではないが、あとから出発した親方が追い付いてきたようだ。
「お、親方も到着したな」
「す、すこし失礼します」
父さんが後ろから来た荷馬車に親方の姿を確認してそうつぶやくと、代表の人はそう言いながら頭を下げて親方の方へ小走りで向かう。
――多分事情を聴いていなかった他領の人からしたら、いきなり領主が作業に参加するなどというわけが分からない状況に混乱しているんだろうなぁ……父さんとしてはこれが当たり前みたいで、うちの領だとすんなりと受け入れられるんだろうけれど。
「旦那様、ああいうときは私が説明いたしますので、自ら出るようなことは慎んでください。というより、私か護衛が扉を開けますので、それまでは大人しくしていてください」
リデーナは丁寧な口調ではあるが、どこか子供に言い聞かせるような感じで父さんに言うと、苦笑しながら頭を掻いていた。
少し礼儀を欠いているような言い方なのは、貴族ではないにしろ他領の人間にくらいはきちんと"貴族らしい振る舞いをしてほしい"という、元平民の父さんへの教育なのかもしれない。
――やっぱり貴族としての振る舞いとか多少はあるよね……特に父さんは現在進行形で当主なわけだし。まぁ母さんは特に気にしてないみたいだし、次男の俺はそこまで気にしなくてもいいかもしれないな。
父さんの行動に関して母さんは何も言わず笑っているだけなので、公の場じゃない限りはそこまで気を張らなくてもいいかもしれないと安堵した。
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実をいうと、今書いているこのエピソードは省くか悩んだのですが、思いついたので入れております。
省こうと思った理由は……早く主人公が話せるようにならないと、いろいろ情報を出すのが手間と思いまして……(´・ω・`)