30.初めて町へ行く
初めて姉さんが土人形をぶった斬った日から、一週間ほどたった。
今日は南西の街道を広げる作業を始める日らしく、早朝から土木屋の親方が屋敷に来ていて、前と同じメンバーで客間にいる。
「冒険者ギルドに重力魔法が使える人を募集してもらっていたのだけれど、今は出てるらしくて良い人員がいないみたいなのよねぇ……」
「それなりに魔力量がないと長時間持たないもんなぁ」
「そうなのよ……切り倒したばかりの木となると相当重いから、一本だけでも消費が多くて頼める人が一気に減るのよねぇ」
母さんは少し困ったような表情で小さくため息を吐く。
「"今は出てる"ってこたぁ、割とすぐ戻ってくるのか?」
「えぇ、3日ほどで戻ってくる予定らしいわ」
「まぁいてくれたら楽なのは確かだが、ウチの奴らだけでも作業は出来るし、そのうち来るなら問題ないか」
「そこでだ。ギルドの人員が来るまでの間は、俺たちが手伝いに行こうと思うんだが」
「"俺たち"ってぇのは、フェディとカレアリナン様のことか……?」
「えぇ、分かりやすくするために真ん中あたりを広げて、その後コチラの端から広げていくって話だったでしょ? だったら最初こそ移動距離も長いし、人手がほしいでしょ?」
「いや、確かに木材は森の入り口付近に貯めつつ、徐々に町へ運ぶ予定だから、最初が1番手がかかるのは確かなんだが……いいのか?」
「えぇ。今は手が空いているし、人員の手配が間に合わなかったのはこちらの不手際でもあるからね。夜は帰るからそこまで遅い時間までは作業できないけれど、フェディと私なら欲しい能力的にもクリアしてるでしょ?」
「クリアどころか間違いなく最高戦力だろうよ……」
「あと、カーリーンも連れて行くことになるけれど、作業中はリデーナが観てくれるから心配しないで」
「あー、例のアレのせいか」
「察してくれて助かるわ」
「まぁあの件はそうそう忘れられんしな……もちろん他言はしてねぇぞ!?」
「ふふ、大丈夫よ、信用しているわ」
――お! これは屋敷の外へ出られるのか!? 屋敷から見えるのは山と森くらいだから、どんな感じなのか楽しみだなぁ。
「あーう!」
俺はワクワクしながら声を出すと、みんなに微笑ましく見られた。
両親が準備を手早く終わらせて家の前に出ると、リデーナが馬車を準備してくれていた。
街から少し離れた位置に屋敷があるため、親方も乗せて行くようで一緒に待っている。
「おまたせ」
「歩いて街に帰るより、馬車で送ってもらったほうが早い程度にしか待ってないが、もう行けるのか?」
「えぇ。私達は夜には帰るから荷物は特にないしね」
そういう母さんは外套を羽織って旅人のような見た目だが、父さんは胸当てやしっかりとしたブーツなどを履いていて、戦闘が出来るように片手剣と盾も携えている。
「……旦那様、奥様。もう少し貴族らしい服装のほうがよろしいのでは……」
予想外の服装で出てきた両親に呆気にとられて反応が遅れたリデーナが、小さくため息を吐きながらそう提案する。
――たしかに父さんがつけている防具も装飾などないようなシンプルなものだし、母さんも外套を羽織っているが、その下に着ている服も、広がらず邪魔にならないような膝くらいまでのスカートと飾り気のない服装だしな……貴族には見えないわ。
「今から作業の手伝いに行くんだぞ? 貴族と会うわけじゃないし、問題ないだろう」
「そうかもしれませんが、遠目でも貴族と分かるような服装のほうが、やる気も上がるのではと」
「それはこの馬車で行けばわかるだろうし、俺は特に顔が知られているから問題ないだろ?」
「旦那様はそうでしょうし、奥様も知人が多いのは存じ上げておりますが、でしたらなおのことちゃんとした服装で参加されたほうがよろしいのでは」
「今更私達が着飾ったところであんまり意味ないわよ。ねぇ親方?」
「そこで俺に振るのはやめてくれ……まぁフェディは言わずもがな、カレアリナン様も町に来る時はたまに平民のような服装だしな……」
「え゛……奥様?」
「あなたとだと止められるから、ロレイと行く時にたまにね?」
「はぁ……分かりました。今日のところはもう何も言いません」
馬車の横で大きなため息を吐いたリデーナは、両親の服装に関して言うのを諦めたようだ。
「それに懐かしいでしょ? この服」
母さんはそう言うと外套を少しめくり、下に着ている服と腰に付けた短剣をリデーナに見せる。
「まだ持っていたのですか、やんちゃだった頃の装備……」
「もちろんよ。フェディとの思い出のある装備だもの。今日は頑張るわよ」
「戦闘の出番は殆ど無いだろうし程々にな」
父さんは珍しく照れているようで、頭をかきながら母さんにそう言うと、馬車へと歩き出した。
リデーナが御者をしている馬車に乗り込み、川沿いに少し走ると建物や農地が見えてきた。
奥の方には砦のような丈夫そうな壁が見えており、その内側に町があるのだが、町全体を囲っているわけではなく、危険な森のある西側から南側にL字に伸び、町の中を通る川まで壁が建設されている。
四角く囲ってあった所を、北から流れて来て町中で東へ曲がっている川を境に、北東側の壁が撤去されている感じだ。
俺たちの通ってきた道のある北東方面は元々安全だからか、農地を確保しやすくするためなのか壁こそないが、安全確保のための見張り用の小さな塔はあるようだ。
何軒か納屋の横を通り過ぎると、徐々に民家が増えてきて、川を渡ると一気に町らしくなる。
馬車がすれ違えるほど広く作られている大通りの途中で、親方を下ろすために停車する。
「そんじゃあウチのモンと合流してすぐに向かう。計測する奴らは朝から向かってるから、すぐに始められるはずだ……もちろんフェディ達が来ることは伝える時間はなかったから、説明してくれてると助かるんだが」
「あぁ、分かった」
「すまんな」
「無理言って参加させてもらうようなものだもの、それくらいやるわよ」
「こちらとしちゃあ、ありがてぇ話だったからな。まぁ俺もすぐ向かうからよろしく頼む」
そう言うと親方は建物の間の小道へ消えていった。
そのあと少し移動するとなにかの建物の前で再び停まり、リデーナが御者台から降りて扉をノックしてから一言言って開ける。
「旦那様、念のためお伺いしますが、護衛は何名でしょう?」
「ん? 街道の護衛は騎士団から6名ほど、あとは冒険者とハンターギルドに出している分だが」
「いえ、そっちではなく、旦那様と奥様の護衛です」
「必要か?」
「リデーナがいるじゃない」
「……奥様にそう言われることは非常に嬉しいですし、旦那様の言いたいことも分かりますが、流石にここは譲れません。貴族である自覚をお持ちください」
「ふふ、冗談よ。それでフェディ、本当に護衛の話を通していないの?」
「……あぁ」
「一応貴族なんだから、街の外へ出るときくらいは護衛をつけないと駄目よ。あなたがいくら強いとしても、騎士団員もそれが仕事なんだから」
「そ、そうか」
「それでは2名ほど空いているものを呼んでまいりますので、少々お待ちください」
そう言ってリデーナは扉を締めて建物へ入っていく。
――ということはあれが騎士団の詰め所なのか。はやく街の探索もしてみたいなぁ。
「あなた、まさか普段から外へ行く時に護衛をつけてないんじゃないでしょうね?」
「い、いや森へ行くときはちゃんと数人で向かってるが、ソレ以外の用事で街の外に行くことなんてカレアと一緒の時だけだからな……」
「……それならいいわ。もし今後街を出るようなことがあれば、護衛は連れて出てね。よその領なら街に来るときにも護衛を付けるくらいだけれど、この街は比較的平和だし、あなたには必要ないものね」
「分かった。覚えておく」
素直に了承する父さんをみて、母さんは満足そうに微笑んだ。
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なんか今回、主人公が両親にくっついているカメラみたいな状態に……