3.神様、話が違うのでは?
トクントクンという音が、規則正しいリズムで聞こえる。
目を開けることもできないし身動きも取れそうにないのだが、不思議と不安や恐怖はなく、むしろとても心地よく感じていた。
――まだ赤ちゃんだろうし自由に動けないのは当たり前か。これは抱かれているのか?
しかし声を出すこともできず、手足もまともに動かない状態でここまで安心できるものなんだなと感心していた。
その時、何か障害物越しのような響き方で人の声が聞こえる。
「奥様、そろそろですね」
かすかに聞き取れた声はそのようなことを言っていた。
「えぇ。それにしても慣れたものね」
そういってフフっと笑う声は先ほどの声と比べて大きく聞こえ、俺の体に響いた。
「旦那様も3人目となると少しは落ち着くかと思いましたが……」
「その言い方だと相変わらずのようね」
「えぇ……今は奥様の言いつけ通りに、ご子息様達が旦那様を連れて外に出ておりますが……」
「フフ、普通は逆よねぇ?」
「旦那様もそれだけ奥様とお腹のお子様をご心配されているのですよ」
「えぇそうね」
"心配してくれている"といわれた瞬間にトクントクンとなっていた音のリズムが、少し早くなるのを感じた。
――え、まって、今お腹の中の子って言った……?
「カレア! 体調はどうだ!」
「旦那様、ちゃんとノックはしてください。 あとなるべく静かにしてくださいとあれほど……」
バンっとドアを開けたような音と同時に、そのような2つの男性の声が聞こえてくる。
おそらくカレアと呼ばれたのは俺の母親のことなのだろう。
ドアが急に開いたことに驚いたのか、旦那が入ってきたことで嬉しくなったのか、トクントクンという音はさらに早くなった。
――……これは……まだ母親の中だな……え、なんで?
そんな焦りを覚えつつ、かろうじて動かせる足が何かを蹴った気がした。
「あ、今動いたわ。もう、あなたがびっくりさせるから……」
「す、すまん……」
さすがに声量を落とした低い声が申し訳なさそうにしているのが聞こえる。
「旦那様、もういつ生まれてもおかしくない時期ですので、刺激を与えるようなことはしないでくださいませ」
「す、すまん……」
「フフ、いいのよ。心配してくれてありがとう、あなた」
「あぁ。当たり前だ」
「子供たちは?」
「大部屋でおやつを食べている」
「あの子たちにも早く会わせてあげたいわね」
「今はおまえと腹の子のことを心配してか大人しいからな……おまえの前では……」
「フフ。あの子たちがずっと大人しいままだったら不安だわ。ちゃんと遊んであげてね?」
「あぁ、もちろんだ。おまえは今は自分たちの心配だけしておけばいいさ」
「そうさせてもらうわ、ありがとう」
――……神様、聞こえてますでしょうか……できれば両親のイチャイチャを耳をふさぐこともできず、聞くしかないこの状況をどうにかしていただきたいです……
その願いが届いたのかどうかはわからないが、だんだんと意識が遠のいていくことだけは感じ取れた。
鳥の鳴き声と瞼に落ちる光、心地よい風を感じながら徐々に意識がはっきりとしていく。
前のことがあったため、恐る恐る目を開けようとするとゆっくりと瞼が開き白い天井が目に入った。
寝返りを打ってぶつかっても大丈夫なように左右にはクッションが置いてあり、自分がいる場所の周りは確認できそうにない。
――おそらくベビーベッドかな……よかった、今度はちゃんと外にいる……いや胎内の経験なんてできるものじゃないし、ものすごく貴重な体験だったんだろうけど……
「あうーあー」
――うん。まぁそうだよね。神様は"しばらく封印"って言ってたけど、"赤子の頃"からともいってたしまだしゃべれるようになるまでは成長してないよね。
「あら、もうお昼寝はいいの?」
そういいつつ女性がベッドをのぞき込む。
――うわ。すごく美人……というか可愛いって印象の方が勝る女性だなぁ。まだ若そうだし、メイドさんなのかな。メイド服ではないけど、装飾の少なめなシンプルな服装だし。
「えーいおあー?(メイドさん?)」
先ほどしゃべれないとわかっていたが、何か喋っていた方が成長も早いかもしれないと色々口に出してみることにした。
「フフ。はいはい。ちょうどいい時間ね」
言葉を発しながら手を伸ばしていたため、抱っこをねだられたと思われて優しく持ち上げられる。
急に抱き上げられることに若干の怖さを感じたが、しっかりと支えるように持ち上げられたためもあり、すぐに安心感に変わった。
「リデーナ、ひざ掛けと顔をふく布をもってきてくれる?」
「かしこまりました、奥様」
リデーナと呼ばれた女性をチラリとみると、こちらはメイド服を着ており軽く頭を下げた後言われたものを取りに部屋を出て行った。
――今奥様って言った!? この人が母親なの!? 若っ!? そして可愛いな!?
精神が肉体に寄せられるといっていた影響か、いくら可愛いからと言って"母親"である以上変な感情は生まれなかった。
「おあーうあー!?(お母さん!?)」
「はいはい、もーちょっと待ってましょうねー」
抱き上げられたことにより部屋の様子を確認できるようになったが、今はそれどころではなく母親と言われた女性の腕の中で、顔を見上げるばかりだった。
抱かれたまま揺られているとリデーナと呼ばれたメイドが戻ってきたので、母親と思われる女性はひざ掛けと布を受け取って、ベビーベッドの隣の椅子に腰を下ろした。
ひざ掛けを俺にもかかるようにかけた後、膝の上に座らせた。
――お。首が据わってるってことは、ちゃんと生まれてからしばらくたってるんだな……寝返りしてもいいようにかクッションもあったし、それはそうか。
などと考えていると、目の前の女性が服の首元をずらして片方の胸を出しはじめた。
「えあああー!」
――ちょっとまって! え、もしかしなくても授乳か!? ゆったりとしたシンプルな服だったのはそういうことか!! 違う! 神様封印はどうなったんですか!?
「こら、暴れないのー。ほら、ご飯ですよー」
パタパタと手足を動かして必死に抵抗してみるがもちろん敵うわけもなく、胸の目の前に寄せられてしまう。
抵抗した際に触れる勇気もなかった俺は絶望していたが、目の前に来ると自然と体が動いてしまっていた。
「ようやく飲んでくれたわ」
「いつもお元気ですが、今日はいつにもましてでしたね」
「あら、なんか顔が赤いかしら……」
「あれだけ動いた後で体温が上がっているのではないでしょうか?」
「ふふ、それもそうね」
――もっと精神的に来るかと思ったが、やっぱりこの人が母親だって体が認識してるんだな……勝手に体が吸い寄せられたし……
「そろそろ半年になりますし、柔らかいものも少しづつ食べられるように準備しておきます」
「えぇお願いね」
――離乳食! ぜひお願いします!
そう思いながら声を聴いていると、自分の感覚では少し前に胎内で聞いた声と同じだったんだなと思う。
無意識で母乳をもらいつつ頭では別のことを考えていた。というよりは、別のことを考えて全力で気を紛らわせようとしていた。
元々空腹感があったわけじゃなかったので、すぐにお腹は満たされ口を放して周りを見渡し始める。
母親は何か事務作業をしていたのか、近くの机には書類らしき紙の束がおいてあった。
――辺境伯の奥さんだし、いろいろと忙しいのかもしれないなぁ。
「もういいの?」
そういうと口の周りと胸をふいて服を着なおす。
着なおしている最中は、リデーナと呼ばれたメイドに抱っこされて背中をトントンとされていた。
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