27.リデーナと待機
魔法の授業を最初は一緒に見ていた親方だったが、途中からは父さんと話をしていた。
「親方、夕飯も食っていくか?」
「おお。たしかにもうそんな時間か。誘いはありがたいんだが、流石に女房が待ってるから遠慮させてもらう」
「そうね。せっかく奥さんが作ってくれてるんだから悪いわね。お昼もそうだったのかしら……」
「あー……いやー、昼は街で食う予定だったからありがたかった」
「それなら良かったわ。あ、そうだリデーナ、親方に渡す茶葉を持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
そう言うとリデーナは屋敷の中へと向かう。
「すまんな。……これで女房の機嫌も直ると思う」
「あら? 喧嘩でもしてたの?」
「ちょっとな……まぁ、それで昼飯も作ってくれなかったんだが……」
「ふふふ。そういうことだったのね」
「お前らはいつも仲睦まじくて、羨ましいこった」
「ははは。まぁな」
親方に背中をたたかれつつ茶化された父さんだが、顔色1つ変えずに"当たり前だ"と言うように堂々と笑う。
「まぁお前さん達が喧嘩してるのなんて想像できない、というより被害的に想像もしたくないから、ずっとそのままでいてくれ。がっはっは」
――たしかに英雄と言われる父さんと、魔法使いの中でもトップクラスの実力を持っている母さんのガチ喧嘩の被害とか全く想像できないし、そもそも些細な喧嘩も見たくはないなぁ……これからも仲良くしていてください。
そう思いながら、夕暮れに染まり始めた空を見上げた。
翌日の昼食後、子ども達は稽古をするために外へ出るが、昼間の方は魔法の稽古もあるため、俺は昨日言われた通りリデーナとリビングにいることになった。
「それじゃあリデーナ、カーリーンをお願いね。後で厨房へ行って、カーリーンのご飯はもうちょっと固形状態でいいかもって伝えて貰えるかしら」
「かしこまりました」
そう言うと俺とリデーナだけがリビングに残り、リデーナは俺を抱いたままソファに座る。
――母さん以外の人と2人っきりっていうのは初めてだな。改めて見ると美人だよなぁリデーナ。
今日は来客もないため、本来の姿である緑色の髪が風でなびいている。
「まだ魔道具のピアスが気になりますか?」
リデーナの顔を見ていたため、視線に気がついてピアスが見えるように少し横を向きながら聞いてくる。
「あーーう」
「ふふ。本当に奥様にそっくりですね。同じように奥様の世話をしていた頃の幻覚でも見ているようです」
いつもはメイドとして凛々しい表情をしているリデーナだが、今は赤ちゃんの俺しかいないからか表情が柔らかくなる。
「まぁ奥様はピアスに興味はなく、髪を引っ張りに来てましたが」
そう言うと後ろで緩く結ってある髪を前に持ってきて、俺の手の届くところでヒラヒラさせる。
――これは触れということなのだろうか……まぁ前も触らせてくれたしな。母さんは引っ張っていたと言ってたが、子供らしくあろうとしてても流石に出来ないなぁ。
眼の前で揺られている緑色の髪を両手で優しく挟もうとしたら、直前でフッと反対方向に移動してしまう。
まだ反射神経が鈍いからタイミングがズレたのかと思い、もう一度試すがまた逃げられてしまった。
「ふふふ。捕まえられますか?」
「あーお!」
遊ばれていると分かり、少しムキになってリデーナの髪を追いかける。
――普段はクールな感じのリデーナにもこんな一面があったんだなぁ……まぁ、俺は俺でこの程度でムキになって追っているわけだが……
もう少しで捕まえられそうというところで避けられ、徐々に力が入っていき、パチパチと手を合わせる音が響き始める。
しばらくそうしているとようやくパチンっと言う音と共に、リデーナの髪の先を捕まえることができた。
――ど、どうだ! ……ムキになりすぎてちょっと引っ張ってしまった……
「あ、あーーう?」
申し訳ない気持ちになった俺は、大丈夫かという気持ちを込めて顔を見上げると、そこには今まで見たことのないリデーナの笑顔があった。
「あら、捕まっちゃいました。ふふ。そんな心配しなくても大丈夫ですよ。あなたのお母様はもっと思いっきりいってましたから」
笑ったリデーナに少し見惚れていると、力が抜けた手の中からスルッと抜け出される。
「赤ん坊をお世話するのはカーリーン様で4人目ですが、1番大人しくてお優しいですね」
――1人目が母さんで、2人目3人目は兄さんと姉さんのことだろうな。まぁ俺は一応記憶があるせいでこうなってるから、優しいかと言われると微妙な気持ちだ。ただ、それなのに今のとかにムキになってる時点で少し不安だが……
「ライニクス様も大人しいほうでしたが、エルティリーナ様は……元気でしたね」
――うん。今の2人を見てるとだいたい想像できる。そして言葉を選んだ末に"元気"と出てきたってことは、相当やんちゃだったのかもしれないな。
「まぁ母親譲りでしょうけれど。エルティリーナ様の時は、カーリーン様とは別の意味で奥様の世話をしていた時を思い出しましたし」
――今の姉さんから想像すると結構落ち着きがなく暴れていそうなイメージだったんだが、それで母さんを思い出すって……今はお淑やかな雰囲気だけど……いや、今はそうだが、子どもを授かる前は父さんと前線にいたんだったな。それに赤ちゃんの時は仕方ないか。
「まーーう」
「ふふ。お菓子がありますので食べますか?」
「あーーう!」
お昼ご飯を食べたとはいえ、お腹いっぱいという量ではなかったため、リデーナの言葉に元気よく返事をする。
「はい、どうぞ」
そう言って小さく割られたお菓子を差し出してくれるので、口に含んで柔らかくなってから食べる。
――前の世界でも結構口寂しく感じる方だったからなぁ。あまりお腹に溜まらないお菓子や、飴なんかをよく食べてたな。
そんな事を考えながら、次に出してもらったものを口に入れる。
「エルティリーナ様は今も食事自体を少し減らして食後にお菓子をお出ししておりますが、カーリーン様もそうなりそうですね。そろそろ食後すぐにお菓子を出すのを止めようかと思っていたのですが、カーリーン様も一緒に食べられてますしまだ先になりそうですね」
リデーナは俺がちゃんと飲み込んだのを確認するまでは、お菓子を皿の上において急がせないようにしてくれている。
「しかしそうなりますと、エルティリーナ様のお菓子を出さなくなる頃には、カーリーン様にお菓子をお出しするようになりそうですし、結局今とあまり変わらなくなりそうですね」
そう言ってリデーナは微笑む。
――口では困っているふうに言っているが、実際はそうでもなさそうだな。基本母さんと一緒にいるけれど、手伝い等をするためにリデーナも一緒にいるから、必然的に一緒にいる時間は兄姉より長いからなぁ。自分でいうのもなんだが、それだけ一緒なら愛しいという気持ちも湧くだろうしな。
「さて、そろそろ旦那様方に冷たい飲み物を出せるように伝えに行きましょうか」
外では木剣がなにかに当たる音や、兄さん姉さんの気合の入った掛け声が聞こえているので、打ち込みの稽古に移ったのだろう。
いつもは打ち込みの後休憩して瞑想の時間になるため、準備するならちょうど良さそうだ。
「カーリーン様の離乳食の件も伝えねばなりませんし、行きましょうか」
そう言うと俺を抱いたまま立ち上がってドアへ向かう。
――お? これはまだ行ったことのない厨房へ行けそうだ! 他のメイドもいるみたいだけど、世話は基本的にリデーナかロレイナートがやっているし、危険なところへ行くわけじゃないならわざわざ呼ばず、そのまま連れてってくれるよな。
この広い屋敷のまだ行ったことのない場所にワクワクしながら、リデーナに抱かれて部屋を出た。
ブックマーク登録、評価やいいねなどありがとうございます!
なんか一気にブックマーク登録が増えててビックリしてます……
クール系キャラの稀に見る笑顔っていいですよね。