26."生活魔法"
俺が魔法を使えた事の推測を話すということで、大人たちも母さんの言葉に耳を傾ける。
「親方は見てしまったから教えるけれど、カーリーンは魔漏症という病気みたいなのよ」
「聞いたことねぇな……」
「魔力が勝手に抜けてしまう病気で、珍しいらしいわ。感染はしないから安心してちょうだい」
「なんてこった……だが、悲壮感も無く普段通りでいるってことは、治療法が分かってるんだな?」
「えぇ。魔力が枯渇しないように分け与えていれば普段と変わらないし、成長して魔力操作が出来るようになれば漏れも収まって治るわ」
「良かった。命に関わりそうな病気なのに聞いたことがなかったのは、それだけ症例が少ないからか」
「そうみたいね。私達も対処法までは知らなかったもの。ロレイが知っていたから今もこうしていられるのよ」
「お役に立ててなによりです」
親方は魔漏症について理解して、いずれ治るとわかり安心しているようだ。
「それで、ライとエルには生活魔法についてとりあえず簡単に話すわね」
母さんがそう言って子どもたちに視線を向けると、返事をして聞く姿勢になる。
「さっき使った光源になる【ライト】や、火種を作るように小さな火を出す【ファイヤ】、水を出す【ウォーター】など、生活するうえで使えると便利な魔法をまとめて"生活魔法"というの」
――そういえば神様も適性が特にない一般人でも使える魔法があるって言ってたな。ん? 適性や才能が無いってことは、魔力操作なんてまともに出来ないよな?
「その"生活魔法"のほとんどは呪文、魔法名を唱えると、勝手に魔力を持っていって発現するの。これが、魔力の放出が出来る出来ないに関わらず、誰でも使える理由ね」
――それで俺の魔法も発現しちゃったのか! 確かに目の前に本物があるんだからイメージはしやすかったし、そのせいで舌っ足らずな呪文でも大丈夫だったのか?
「もちろん魔力量には個人差があるから、誰でもたくさん使えるわけじゃないし、そういう人は魔力が減って体調不良を起こす事もあるから使わない人も多いわ。逆に"生活魔法"を何回も使えるからと言って、"普通の魔法"が使えるとも限らないの。あと大事なことなんだけど、呪文を唱えたからと言って、ちゃんとした使う意志がないと発現しないわ」
――魔力を放出しなければ発現しないと思ってはいたが、使いたいという意思は間違いなくあったな……
「それでカーリーンのことだけど、病気のせいで魔力が漏れるギリギリのところにあったんじゃないかしら。不完全な呪文とはいえ、私達が目の前で使っていたからそれを見て真似をした時に、ギリギリに留まっていた魔力が漏れ出して発現したんじゃないかと」
「なるほど。真似だけでそうそう使えるようになるものでもないしな……」
「たしかに魔漏症のことを考えると、充分ありえますな」
母さんの仮説に、魔漏症について最も詳しそうなロレイナートが頷いたので、周りのみんなも納得する。
「そうなると、カーリーン様は魔力制御ができるようになるまでは、ご兄弟の魔法の稽古には同席させないほうが良さそうですね」
「さみしいけれど、そうなるわよね……」
――楽しみが遠のいてしまうが、色々やらかしてる以上仕方ないな……それに成長したら結局受けることにはなるし、その時までお預けだな。
「生活魔法以外であれば、魔力の放出とかも必要になってくるから大丈夫かもしれないけれど、漏れ出してる魔力がまた反応しちゃったら危ないものね……すでに魔力量も相当多いからか、漏れ出てる量もその分多いもの……」
「カレアがそういうくらいには多いのか……」
「【魔力視】……ライ、ちょっと手を出して」
「は、はい」
そう言って兄さんの手を取ると、先程の光源の魔法や魔力放出を見せた時に減っていた分を渡したようだ。
「分け与えた分がどれくらいかの感覚での比較になるけれど、すでにライより遥かに多いわね……」
「そ、そうなんですか?」
「将来有望なこったなフェディ」
「それはそうだな」
「通常の魔法は魔力を放出するだけだと発現しないけれど万が一ってこともあるから、やっぱり魔法の稽古の時はカーリーンはリデーナと別室にいてもらうほうがいいわよね……」
「そのほうがいいだろうな。まぁそんな落ち込むな。あと2年もすりゃ存分に教えることになるだろうし、それまでもライとエルにきっちり教えなきゃいけないんだぞ?」
母さんは常に一緒にいることが当たり前だった俺と、稽古の時だけでも姿が見えない別室に別れるのがさみしいようで、父さんに元気づけてもらっている。
「そ、そうね。仕事も一段落したから明日からはまた勉強も教えられるし、子供たちとの時間も増えるものね! それにこの調子だと、カーリーンに魔法を教えるようになる頃には、魔力量ももっと増えててたくさん教えられるわよね!」
勉強という単語を聞いて姉さんは若干嫌な顔をしていたが、俺は魔法を習うことになったら母さんが色々と教えてくれそうで喜んだ。
俺が【ライト】を使ってしまったことでひと騒ぎあったが、落ち着いた頃にはみんな普段通りの表情に戻っていた。
「さっきも言ったように生活魔法は魔力操作とかを考えなくても使えるから、魔法に慣れるのにはうってつけなのよ」
「【ライト】は練習用の魔法とも言われているって言ってましたが、魔力操作も必要ないのであればあまり練習にならないのでは?」
「よく覚えていたし良いところに気がついたわね。たしかに魔力操作しなくても【ライト】は使えるわ。でも使うにはさっきも言った通り使う意志が必要なの。これは他の魔法でも大事だから、初歩の魔法として消費が少なく安全に練習できる【ライト】が使われることが多いのよ」
今回は他の魔法は使わずに魔法の勉強をすることにしたようで、俺は今日だけは母さんに抱かれたまま授業を聞いている。
「それに魔力操作が出来なくても使えるけれど、あえて魔力を調節して使うと。【ライト】」
そう言うと先程の蛍光灯のような明るさではなく、スポットライトのような強い光を放つ球が出現して、俺は目をつむった。
「まぶしー!」
「ふふ、ごめんなさいね。まぁこんな感じで明るくもできるのよ」
「なるほど、明るくしたり暗くしたり調節できるようになれば、魔力操作の練習になるんですね」
「そういうことよ、理解できてえらいわ」
そう言いながら、母さんに撫でられた子ども達はそれぞれが【ライト】で魔力操作を学んでいる。
魔力の感知がうまくいっていなかった姉さんは、魔法が使えたことが嬉しいらしく、何度も出して練習していた。
「奥様、そんなにカーリーン様の前で使いますと、また真似してしまうかもしれませんよ?」
練習を頑張っている子どもたちには聞こえないように、リデーナがこっそりと母さんに告げる。
「【ライト】なら問題ないわ。さっき観たら魔力の減り具合は変わっていなかったし、一回使っちゃった以上また使ったとしても仕方ないわ。危険でもない魔法だし、なにより練習的な意味では使ったほうがいいのに、それを"使うな"と叱る方が嫌だもの」
「それはそうですが……まぁまだ言っても伝わりませんし、伝わるほど叱るのも気が引けますね」
「でしょ? だからリデーナが観てる時に使っても慌てないであげてね。もし家のもの以外がいる時に使ってしまった場合は、私かあなたが使ったと言い訳出来るから」
「かしこまりました」
――どうなるかと思ったけど、まだ危険性の低い魔法で良かった……使うこと自体は止められてないし、使ったほうがいいのであればたまに使って練習しておくか。もちろん心配はさせない程度に……
そんな事を思いつつ、母さんの授業を受ける子ども達を見ていた。
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