25.【ライト】
母さんはテラスの床板から降り、姉さんが打ち込みに使っていた土人形の方へ向く。
木剣で打ち付けた時に破片が散っても当たらないように、十数メートルほど距離を開けて設置してあるソレに右手をかざした。
「【ファイヤーボール】」
母さんがそう唱えると、拳ほどの大きさの火球が生成されて、石を投げたような若干の放物線を描いて飛んでいき、土人形のど真ん中にキレイに当たる。
そして火球が当たったと同時に爆発した。
若干の熱を感じ、土煙が晴れて見えるようになると、根元部分しか残っていない土人形の成れの果てがそこにはあった。
「「「…………」」」
俺を含む子ども達は、その予想以上の威力に驚いて言葉が出てこなかった。
「やっぱり加減すると速度が出ないわね……」
「いやいや、威力は充分だろう……」
「根本が残っているわ」
「地面ごと抉り取るつもりだったのか?」
「もちろんそんなつもりは無いわよ。だから手加減したんじゃない」
母さんはあれでもかなり手加減していたらしい。
――これが魔法! 重力魔法は使ってみたけど、こういう魔法らしい魔法は初めて見た! そりゃあ危なくて、普通に暮らしていたらそうそう使うものじゃないよな。
「す、すごい!」
「おかーさんすごーい! 魔法ってあんなこともできるの!?」
子ども達は我に返って、初めて見た魔法にはしゃいでいる。
「奥様、今はカーリーン様がおられますので、爆発系はやめておいたほうがよろしいかと」
「先に言ってくれないかしらっ!?」
俺を抱いているリデーナが、しれっと遅すぎるアドバイスを出す。
「一度はやらかしたほうが今後のためかと思ったのですが」
「カーリーン、大丈夫? いきなり大きな音がしてビックリしたわよね」
そう言って母さんが不安そうな表情で近寄ってきて顔色を確かめるが、俺は初めて見た攻撃魔法に興奮していた。
「うーーあー!」
「……平気なようね」
「えぇ。むしろ喜んでいるようにさえ見えます。奥様、教え方を間違えましたら、親に内緒で使用人と一緒に"森へ魔法の試し打ち"と言って狩りに行くような、どこかのお転婆魔法使いのようになりかねませんよ?」
「それは私のことかしら?」
「奥様の事とは申し上げておりませんが、身に覚えがあるのでしたら、ご注意くださいませ」
「その一緒に行っていた使用人って貴女なんだから同罪よ……まぁそうね……気をつけるわ」
「ちなみに、奥様も幼い頃初めて魔法を見たときは、同じような反応でした」
「それは初耳だわ……」
――赤ちゃんならあの爆発で泣いてもおかしくないよな……ただ、急に見せられるには派手過ぎる魔法に興奮するなっていうほうが無理だ! あれが、"今から爆発系の魔法を使いますよ"とか言われていたのであれば、覚悟ができるからもうちょっと抑えられたかもしれないが。
「さて、それじゃあ少し魔法の練習をやってみましょうか。エルもせっかくだから参加するといいわ」
母さんは気を取り直して子どもたちに軽く魔法を教えるようだ。
姉さんは少し嫌そうな顔をしたが、打ち込むのに使っていたロレイナート作の土人形もなくなったため、大人しく魔法の勉強をするようだ。
「まずは生活魔法から試してみましょう。こっちのほうが簡単だからね」
そう言うと右手の平を上にして少し前に出し、【ライト】と唱えると光の玉が出現する。
「これは生活魔法の1つの【ライト】よ。さっき私が撃った魔法と比べるとかなり簡単で、光るだけで安全だから練習用の魔法とも言われてるくらいね。ほら、やってみて」
「【ライト】」
兄さんがそう唱えると、母さんのソレと比べると少し暗いがちゃんと魔法は発動した。
「で、できました!」
「うん。上出来よライ! さぁ、エルも試してみて」
「ラ……【ライト】!」
気合を入れた姉さんの声にも答えるように、眼の前に光の玉が出現する。
「や……やったぁ!!」
魔力操作がうまくいっていない姉さんは、生活魔法といえど魔法が使えたことに大喜びである。
「よしよし。ふたりともちゃんとできて偉いわ」
「うん!」
母さんは嬉しそうに子どもたちを撫でる。
――俺も少し練習してみるか。呪文とかを口に出さなくても魔法が使えるのは以前の重力魔法で学んだが、魔力を放出しなきゃ出現はしないだろうし、練習するようになったときのイメージトレーニングだな。
「【あーと】(ライト)」
俺がそう言った瞬間、目の前に眩しいくらいの光を放つ球が出現した。
「「「「え!?」」」」
子ども達はその光景をポカーンと眺めていたが、大人たちは何があったのか一瞬理解できずに固まっていた。
「リ、リデーナ?」
「い、いえ、これは私じゃないです!」
「てことはカーリーンか……!?」
「こりゃ、たまげたってもんじゃないぞ!?」
「カ、カーリーン、落ち着いて息を吸って。そしてゆっくりと光の球を消すように念じてみて?」
「伝わるといいのですが……」
大人たちが我に返り慌てて俺に色々と言ってくるが、俺は出るとは思っていなかった光の球を、目を細めて呆然と見ていた。
――はっ!? え!? 魔力放出しなきゃ発生しないんじゃないの!? ヤバイヤバイヤバイヤバイ! と、とりあえず落ち着いて消えるように念じればいいのか!?
そう思った瞬間光の球はフッと消えた。
「分かってくれたようね……」
大人たちはホッとしたように息を吐くと、俺が魔法を発動したことについて話し始める。
「まさか1歳にもならないカーリーン様が、生活魔法とはいえ魔法を使うとは……」
「おそらくですが、例の件が影響してると思われます」
「なるほど……たしかにありえるわね。しかし、まだ【ライト】で良かったわ……火種とかだと危険だもの……」
「たしかにそうですね。まさか不完全な魔法名だけで発生するとも思いませんでしたし」
「カーリーンすごい! おかーさんのより明るかった!」
「すごい事ですよね!?」
大人達とは対照的に、子ども達は目を輝かせて俺の方へ寄ってくる。
「え、えぇ、とてもすごいことよ」
「しかしそうなると少し危ないな……」
「常に私といるけれど、心配はあるわよね……」
――この間やらかしたばかりなのにごめんなさい……まさか発動するとは思わなくて……
「親方。カーリーンの事については見なかった事にして、忘れてくれるとありがたい」
「あ、あぁ。もちろんそういうなら他言はしないが……」
「カーリーンの前ではあんまり魔法名すら口にしない方がいいかしら……今みたいに真似しちゃって暴発しないか心配だわ……」
「常に奥様か私と一緒にいますが、余分に魔力を減らすことになりかねませんからね」
「もしかしてカーリーンが【ライト】を使えたのは、この間のあれの影響ですか?」
頭のいい兄さんは、大人たちが言っている可能性について気がついたらしく、不安そうな表情で母さんに質問する。
「その可能性が高いわね……あなたたちもカーリーンが魔法を使えたことを他の人に言っちゃダメよ?」
「は、はい」
「はーい」
子ども達は素直に大人たちのいう事を聞くので、これ以上広がることはないだろう。
――なんで【ライト】が発現したんだ……? まさか本当に魔漏症じゃないよな……?
「あーーう……」
「ごめんねカーリーン、驚いたわよね。あなたは気にしなくてもいいのよ。いずれ魔法を学べばちゃんと使えるようになるし、むしろいいことではあるからね」
そう言いながら若干不安になってしまった俺を微笑みながら優しく撫でてくれる。
「とりあえずちょっと魔法の勉強を挟みましょうか。推測だけどカーリーンが使えた理由も一緒に話すから聞いておいてね」
母さんがそう言うと子供たちはまじめな表情で、真剣に授業を受ける態勢に入った。
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前に"呪文"って書き方したと思いますが、今回の"魔法名"と同じだと思って読んでください。RPGのコマンドにある"じゅもん"みたいなイメージで。