24.声遊び
ダイニングの前まで行くと、ロレイナートがワゴンを引いて待機していた。
どうやら母さんと俺が戻ってくるのを待っていたようだ。
「あら、先に出してよかったのに」
「いえ、私も今来たばかりですので」
中にいる父さんたちに聞こえないくらいの小声でロレイナートと話し、ドアの直ぐ側にいたリデーナが開けてくれるので先に入って席につく。
「おかえり」
「えぇ。廊下でいい匂いがしたから、そろそろ来るわよ」
ロレイナートはああ言っていたが、母さんと俺がすぐに戻ると分かっていたから、戻るまで待ってくれていたのだろう。
母さんはその気遣いを無駄にしないように、ドアの前にいた事は内緒にするようだ。
少ししてドアがノックされて、ロレイナートがワゴンを引いて入ってくる。
リデーナと一緒にそれぞれの席へ昼食を持っていき、父さんの言葉で食べ始めた。
「あぁ、やっぱりうめぇなぁ。なにかいい食材があったりするのか?」
「いえ、本日も街の市場で購入してきたものばかりだと言っておりました」
親方の質問に、料理を持ってきたロレイナートが答える。
――購入してきたってことは、配達じゃなくて屋敷にいる料理人が自分で買いに行ってるのか。
「やっぱ料理人の腕か」
「まぁ料理が本職の人だからね。奥さんの料理も食べたことあるけれど美味しかったわよ? いただく焼き菓子なんて、お茶会に出しても人気が出そうなほどよ」
「焼き菓子は知ってるんだが、女房の料理なんていつ食べたんだ?」
「以前うちに来たときに作ってもらったのよ。細切れにしたお肉に香草と塩を混ぜて丸めて、野菜スープに入れてたやつね」
――母さんも調理場に入ったりする時があるのか。本当に使用人たちと家族のように接してるみたいだなぁ。
「女房の実家でよく作ってたやつだな。しかしあれを貴族様に……」
「あら。細切れにしたからかダシが短時間で良く出ていたし、軽く噛んだだけでほどけるように崩れていって美味しかったわよ。うちの料理人も褒めていたわ」
「そう言ってもらえると嬉しいもんだな」
――あぁ……聞いてると食べたくなる。でもまだ無理だしなぁ……肉団子とか柔らかいものなら、割りと早く食べられるようになるか? その前に離乳食を自分で食べられるようになるのが先だろうか。
そんな事を思いながら、母さんの隣の席でリデーナに抱かれて離乳食を食べさせてもらっていた。
子ども達はまだ食べているが、大人組はみんな食べ終わり俺は母さんの膝の上に移動させられた。
俺は子ども組なので、まだ離乳食がのこっているが。
「お、今度はママに食べさせてもらうのか?」
「あーい」
親方が微笑みながら、今まさに食べさせてもらおうとしている俺に言ってくるので、つい返事をしてしまう。
「おお。もう返事をするのか。いやこれくらいの頃ならするか?」
「話しかけてたらたまにするのよ。まだ意味は分かっていないでしょうから、音に反応しているだけだとは思うけれど」
――あー……返事とかって何ヶ月からだっけなぁ……確かちゃんと母親をママと意味を持って言い始めるのは1歳前後って聞いた気がするが……前世の職場の同僚が自分の子供のことを話してくるから、色々と聞いていたんだが思い出せない……まぁ返事は音に反応する"声遊び"になるし、変ではないか。
「まーーま」
「はいはい、ちょっとまってねぇ」
そう言うと、母さんが次を口元に持ってきてくれる。
「ママとは言うんだが、なかなかパパとは言ってくれないんだよなぁ」
「がっはっは。そりゃあ母親と比べると一緒にいる時間も少ないし仕方ないだろう」
「ライもエルも、もうパパやママって呼ばないから聞き慣れないんじゃないかしら?」
「それもあるか。最近よくママとは言ってるもんな」
「まーま」
「はいはい」
――そっか、兄弟もいるからパパやママくらいであれば不思議に思われないのか。まぁまだ連続して発音できるほど舌が発達してないから伸びた感じになるけれど……
子ども達も食べ終わって、姉さんがいつものようにお菓子が少し乗ったお皿を持ってやってくる。
「ほらカーリーン、ねーねがまたお菓子を持ってきてくれたわよ」
「ねーね」
「ふあぁ! そうよ! ねーねだよー!」
初めて呼ばれて目茶苦茶喜んでいる姉さんを、少し羨ましそうな目で父さんが見ていた。
「ふふふ。エルはよくカーリーンにお菓子あげているからかしらね?」
「あーう!」
「その調子なら、すぐに呼んでくれるようになるさ。だからそんなにしょげるなフェディ」
「お、おう……」
――父さんには悪いが、一気に色々と言うのはおかしい気がするので、少し時間をください……
離乳食を食べ終わったあと、お菓子を少し貰うのがいつもの流れなのだが、今日は父さんから貰うことが多かったのは言うまでもないだろう。
昼食後の打ち合わせも滞りなく進み、3時頃には客間を出ることになった。
いつもより遅い時間ではあるが、姉さんの希望により少し稽古をするようで、親方も姉さんの木剣を作る参考にするために同席することになった。
「はあっ!」
今は一通りの準備運動を終えて少し休憩したあと、打ち込みの稽古に移っている。
姉さんは気力による身体強化が使えるようになったため、瞑想の時間は短めになり、実際に使って身体に覚えさせているようだ。
それでも瞑想の時間は魔力操作の練習にもなるため、休憩しつつやってはいるが、魔力の方は未だにうまくいかないらしい。
「こりゃあスゲーな……まだ子どもだから元の身体能力が低いのは仕方ないが、それでもあれだけの力が出せるのか」
「えぇ。フェディに似て才能があるんでしょうね」
姉さんは父さんの指導のもと、土人形に次々と攻撃を与えていく。
木剣を当てたときに反発による衝撃が少なくなるように、文字通り土を固めた程度の硬さの土人形は、姉さんの攻撃であちこちに凹みができている。
「今の木剣でこれだけ振れるなら、確かにもうちょっと長くても問題はないだろうな。むしろ自分の手に合わせたものになるから、今より良くなるだろう」
――今でも充分に速いのだが……まぁ父さんレベルになると見えなかったしな……
「母さん! 観てください!」
テラスの縁に座って瞑想していた兄さんが、珍しくハイテンションで話しかけてくる。
母さんが見てくれたことを確認すると目をつむったので、魔力を動かしているのだと思い、俺も凝視して見てみる。
兄さんの魔力の扱いも上手くなり、今ではスルスルと動かせるようになっていた。
その魔力が右手に移動していき、手の平から放出された。
「どうですか?」
「すごいわ! もう放出まで出来るようになったのね!」
「これで魔法の稽古に移れますか?」
「えぇもちろんよ。そこまで出来たのであれば発動はそこまで難しくないわ」
「お? どうした?」
「ライが魔力放出まで出来るようになったのよ」
「おぉ、兄妹揃って優秀だなぁ! これでライも気力の把握がやりやすくなったはずだ。エルは元々気力の方が大きく感じ取れてたみたいだからすぐに使えるようになったが、そこまでできたならこっちももうすぐ使えるようになるぞ」
そう言って両親は子どもたちを優しく撫でる。
「せっかくだから、魔法を使ってみせましょうか」
「いいんですか?」
「みたいみたい!」
と、子ども達ははしゃいでいるが、父さんと親方は少し焦った様子だった。
「カ、カレア。被害はなるべく抑えてくれ」
「そ、そうだぞ? 前に森で使ったようなやつは使わないでくれると助かる」
「もう! それくらいわかってますー。いくらこの子達に見せるからって、屋敷内でそんなことしないわよ!」
――あれだけ強い父さんがそう言うくらい高威力なのか……親方が森でと言ってるってことは火ではないだろうし、風系統とかか?
男2人が母さんに念押ししている様子を横目に、俺はリデーナに抱きあげられていた。
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言葉はわかるし、少しづつ喋れるようになってますが、急に会話が成立すると気味悪がられるだろうと自重しております。
あと単に連続した発音がまだ出来ないという致命的な理由もありますが