222.本屋
近くにある本棚を見ていると、ドラードが店員さんに対応してくれる。
「いや、新しくできたって聞いて、見に来たって感じでな。とくにこれといって決まってるわけじゃないんだ」
「そうでしたか。それでは、私はカウンターの方におりますので、何かあればお声掛けください」
店員さんはそう言ってカウンターへ戻ったので、俺も移動して別の棚の本を眺める。
「本当に多いね」
「だなぁ。専門書もあるみたいだしな」
ドラードはカウンターの近くにある本を見ながらそう言う。
「ほとんどが手書きだから高いんだっけ?」
「まぁそれも理由の一つだが、ものによっては専用の紙やインクを使わなきゃいけないし、その分保存にも気を遣わなきゃいけないからなぁ」
「なるほどね。この辺りの本は違うの?」
「娯楽用の本とかは、最近は魔法を使って複写してるのがほとんどなんじゃないか?」
「あ~、そういう魔法もあるんだ?」
「まぁ使い手によって多少のブレがあるから、同じ本でも文字の形が違ってたりすることもあるがな」
「文字としてちゃんと読めれば問題はないもんね」
「そういうことだ。1冊分もとなると魔力の消費も激しいし、さっき言ったブレもあるから短期間で大量にとはいかないようだがな。まぁそれでも手書きよりは早いし、インクの消費もないから安くなってるってところだ」
「え、インク使わないでどうするの?」
「火属性の魔法で、紙に焦げ跡を残すんだが?」
「あ~。それはなかなか魔力操作が難しそうだね……」
――魔法でインクを操作するとか考えたけど、それだと手書きとあんまり変わらないだろうしな。機械とかはなくてもそういう魔法や魔道具があるから、それなりに安くはなるのか。でも燃えないように1ページ1ページをやってるって考えると、大変そうだなぁ……。
「ある程度は必要だが、そういう魔法があるからな。まぁ~、カー坊の場合は【ライト】や【ウォーター】があの感じだから、慣れるまでは何枚も燃やしそうだがなぁ」
ドラードはからかうように笑いながらそう言ってくる。
――実際そうなりそうだけど……まぁドラードはからかっているようだけど、慣れれば俺でもできるって思ってくれてるのがちょっと嬉しいな。
「まぁそうだろうね。ていうか、本をあまり読まないのに詳しいね?」
「ん、まぁ、オレは長生きだしな。いろんなことを知ってるぞ」
「そういえばそうだったね……」
そんな話をしながら、カウンターの方に向かいつつ、本を見ていく。
カウンターの近くまで移動したら、折り返して別の棚を見てみようと思っていたのだが、ある本に目がとまった。
「あ、"魔龍と英雄"だ」
この辺りには専門書などが多くおいてあるのだが、そこに比較的安いこの本があるのが気になって、タイトルをつぶやく。
「はい。この本はこの領地でのことを元に書いてますからね」
店員さんは俺の声が聞こえたらしく、微笑んでそう答えてくれる。
――この本には領地とかまでは詳しく書かれてないけど、内容的にみんな分かってるみたいだし、そうなるとよく見えるところに置いててもおかしくはないもんな。さっき見てた棚にも、他のそれ系の本が目に付きやすいように置いてあったしなぁ。
「俺も読んだことあるけど、面白かったよ」
「そうなんですね! ありがとうございます!」
店員さんは尻尾を揺らしながら、どこか嬉しそうな声色でそう言ってくる。
「父さんたちは、ちょっと気恥ずかしそうだったけど……」
この本に関しては、読み書きの題材にもしているので、とくに恥ずかしいという気持ちはないようだが、これ以外の父さんたちの本の話をすると、少し気まずそうにしているときがある。
――まぁ"魔龍と英雄"はデフォルメされた挿絵に、名前や髪色とかも違うからあまり気にしないんだろうけど、他の本だと実名だったり、書かれている容姿的にまんまなものがあるんだろうなぁ……それの話になると気恥ずかしい気持ちも理解できる……。
「お父さま……え!? もしかして領主様のご子息さまですか!?」
ドラードが俺のことを"カー坊"と呼んでいるのが聞こえていたのか、性別を勘違いすることもなく、店員さんは驚いた様子で大きな声でそう言ってくる。
「う、うん。次男のカーリーン、です」
「貴族さまだとは思ってましたけど……なるほど、ここは領都ですもんね。領主様のご子息がこられることもありますよね」
「まぁここは端っこすぎて、逆に他の貴族が来ることの方が少ないと思うし」
「いえいえ、港町も近くにありますし、それなりに訪れる方はいるのでは?」
俺が苦笑しながら言った言葉に対し、店員さんは不思議そうな表情でそう言ってくる。
「そうなの?」
「ん~。それなりには来てると思うぞ?」
「俺は会ったことないけど……」
「挨拶に来ても、大体がフェディたちだけで対応してるしなぁ。まぁその相手が子供も連れて来てた場合、ライ坊たちも挨拶することもなくはないと思うが、カー坊はまだお披露目パーティー前だしな。よっぽど仲の良い、それこそルアード領主くらいの間柄じゃなきゃ、顔を出すこともないだろ」
「そんなもん?」
「あぁ。それにここや港町には貴族用の宿もあるからな。よっぽど親密じゃなきゃ屋敷に泊まるなんてこともないし、カー坊が会ってなくても不思議じゃないぞ? ま。カー坊の言った通り、この領は端っこも端っこ。海と山で遮られてるから通り道にもならないし、他と比べると少ないだろうがな」
ドラードの説明を聞いて、納得した俺は「なるほどね」と返事をする。
「まぁ一般向けの本もありますし、それはそれで、気を張らずにのんびりと売ることが出来そうですね」
「貴族は苦手?」
「え、えぇまぁ少し。さすがにかなり気を遣わなきゃいけないので……」
「その割にはハッキリ言うじゃねぇか」
ドラードは素直に言った店員さんに、笑いながらそう言う。
「あはは。まぁここの領主さまの噂などは聞いたことがあるので、それにカーリーン様もあまり気にしないような感じがしましたし」
――気を遣われ過ぎるのが苦手な俺からすれば、そういう風に接してくれた方が嬉しいしな。ルナたちも最近は気楽に話してくれてるし。まぁそっちはだいたいステラのおかげかな?
そう思って、ルナたちが本を探しに行った方を見るが、姿は見えない。
さすがに黙って店を出るようなことはしないので、別の棚を見ているのだろうと思う。
「ん、大丈夫だぞカー坊、嬢ちゃんたちは奥の方で探してるみたいだ」
俺の様子に気がついたのか、ドラードがそう教えてくれる。
「ドラードの気配察知も本当にすごいよね……」
若干呆れつつそう言うと、ドラードは「まぁな」と言いつつニカッと笑う。
そう言い終わったかと思うと、ドラードが急に真剣な表情に変わった。
「ん……これは……」
急にドラードの雰囲気が変わったことを不思議に思いながら、その視線の先を見る。
――え、何……? そこはカウンターの横にあるドアだし、このお店の倉庫か居住スペースとかだと思うんだけど……。
若干不安になりながら、万が一危険なことになった際に邪魔にはならないように、静かにドラードの様子を見る。
「ど、どうされましたか? あそこはうちのリビングがあるだけですが……」
店員さんもドラードの様子に気がついて、戸惑いつつもそう説明してくれる。
しかし、ドラードはその言葉に返事をすることもなく、ドアへ向かって歩き出した。
――え!? 何か危険があるなら、さすがにこっそりとは教えてくれるはずだし、本当に何があったんだ!?
「ちょ、ちょっとドラード!? さすがに人の家に勝手に入るのは――」
店員さんはドラードの雰囲気に気圧されていたので、俺がドアとの間に入って止めようとしたが、追いつくころにはドアが開かれていた。





