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220.母さんの本

 途中から手が空いたリデーナが近くで待機しており、姉さんはタオルを受け取って額の汗やぬれてしまったところを拭く。


「結構濡れちゃってるから、早く着替えた方がいいよ。風邪ひくよ?」


 夏場と比べると回数が少ないこともありそこまで濡れてはいないのだが、それでもこの時期にあれだけ濡れれば体調を崩すかもしれないので心配する。


「うん? これくらい平気よ? 気持ち良かったくらいだわ。まぁ濡れてるのは着心地も悪いから着替えはするけど」


「今は運動した直後だからそうだろうけど……まぁちゃんと着替えるならいいか……」


 ――そういえば姉さんが体調を崩したのを見たことがないな。父さんもそうだけど……母さんや兄さんもちょっと調子悪いのかなと思うときはあっても、寝込むほど具合が悪くなったのを知らないし。まぁそれをいったら俺もそうか。()()()()()病気だと思われたことはあるけど……。


「それじゃあ、僕たちも戻ろうか」


 姉さんがリデーナと着替えにいったので、一緒にダイニングへ戻る。


 父さんはもう出かけたようで、今は母さんだけがくつろいでいた。


「ふふふ。エルはまたびしょ濡れになっていたわね」


「朝も同じくらい濡れたし、この寒さだから風邪ひかないといいけど……」


「まぁエルなら大丈夫でしょう」


 ――母さんが心配せずにそう言うってことは、本当に平気なんだろうな……。


「というか、姉さんって具合が悪くて寝込んだりしたことあるの?」


「ないわね。ライも寝込むほど悪くなったことはないし、うちはみんな本当に元気よ」


「そうなんだ。母さんは?」


「うぅ~ん。カーリーンくらいの年のころに寝込んだことはあるけれど、それ以降そこまで重い病気にかかったことはないわねぇ。フェディも子供のころは、結構薬師さんにお世話になったみたいだけれど」


「父さんが寝込んでる姿なんて想像できないんだけど……」


「うふふふ。そうねぇ。まぁ子供の頃の話だから私も実際見たわけじゃないし、信じられないわよねぇ」


 母さんは笑いながらそう言ったあと、お茶をひと口飲む。


 ――本当に体が強い家系なんだなぁ……。


「まぁだからと言って気を抜くと体調を崩すかもしれないから、気を付けなさいね」


「……それは姉さんにも言った方がいいんじゃ……」


「あの子は大丈夫でしょう。あれだけ体を動かすことに長けてるんだから、体調の変化には敏感よ」


「それはそうかも」


 そう言って俺も温かいお茶を飲み、姉さんが戻ってくるまでのんびりと過ごした。




 昼食後からやっていた勉強の時間も終わり、自由な時間になったので俺は書庫に足を運んだ。


 よく本を読んでいる兄さんですら、まだ全然読めていない棚があるほどの量があり、様々なジャンルもあるので、外に出られない日などにはちょうどいい場所になっている。


 ――まぁ今日は寒いから出たくないってだけだけど……。


 そう思いながら本棚に近づく。


 一緒にきていた兄さんは、読んでいた本の続きがあるのか、サッと次の本を手に取ってソファーに座った。


 姉さんは相変わらず自主的にここにはこないので、今はダイニングで母さんと話をしているのだろう。


「姉さんのことだから、もしかしたらまた外に出てるかもしれないけど……」


「今は旦那さまも外出中ですし、ライニクス様もこちらにおられますので、屋敷内にいるかと」


 俺の手が届かない場所にある本を取れるように待機してくれているのか、近くにいるリデーナがそう言ってくる。


 この書庫は暖炉はもちろん窓すらないので、リデーナが魔法で快適な温度にしてくれている。


 ――今の俺でも同じことはできるけど、俺たちのお世話をするために同行してるんだろうし、任せた方が間違いないよな。


 読む本に悩みながらそう思い、タイトルを流し見していく。


 中には背表紙には何も書かれておらず、一度手に取ってみないとなんの本か分からないものもあるが、だいたいその手の本は、古い本や図鑑系だったり、がっつり専門知識系だったりするので、今は無視する。


 この書庫にはそういった本以外に物語系などもありはするのだが、今はそんな気分でもないのでそれも候補から外す。


 ――あー、でも本を読むのは嫌いじゃないし、冬の間は結構来ることになるだろうから、何か読み始めてもいいかもなぁ。


 物語系の棚をチラッとみてみると、1冊の本に目が留まる。


「あ、父さんたちの本だ」


 その本の背表紙には『魔龍と英雄』と書かれており、読み書きの練習のときに出されたのはそこまで昔というわけではないのだが、すこし懐かしく感じる。


 ――まぁ俺はまだ歩けないころから、姉さんの朗読を聞いてたからだろうな……そういえば、あの絵本は父さんたちの昔の仲間が書いたみたいだったけど、結局会えたのだろうか……。


 そう思いながら、何気なくその隣にある本を見てみると、『魔龍の森』と書かれており、さらにその隣の本には『英雄と魔導士』と書かれている。


 そのほかにも『魔龍』『英雄』『魔導士』『魔の森』などと、『魔龍と英雄』のように父さんたちのことを連想させるタイトルの本が何冊も並んでいた。


「ねぇ、リデーナ。まさかあの辺りの本って……」


「はい。先ほどカーリーン様がおっしゃったように、旦那さまと奥さまの本です」


「こんなにあるの……」


「一時的に旅に同行した者からの話や、それらをもとにした創作物まで様々ですからね。旦那さまは平民だったということもあり、英雄譚として同じ平民や冒険が好きな貴族の方々に人気で、奥さまは公爵令嬢という立場でありながら最前線に出て国を守ったとして、貴族の誇りとしても人気がありますから」


「な、なるほど……」


「あとは、当時平民だった旦那さまに好意を抱き、高位貴族でありながら一緒に旅をするようになった奥さま視点の物語も人気のようです」


 ――ラブストーリーチックなものまであるのか……両親が題材って知ってるとなんとも読みにくい本だなぁ……。


「あのころの奥さまは本当に健気で一途でしたから。まぁそこは今も変わってませんが」


「う、うん。そのラブストーリーはまた今度にするよ……」


 なんともいえない気恥ずかしさを覚えた俺は、逃げるように別の棚へ足を向けた。


 そこには実用的な本が並んでいるのか、まず目に入った『サバイバル・初級』という本を手に取る。


 ところどころ傷んでいるこの本は、かなり読みこまれたように縁がすり減っている。


「こういう本もあるんだ?」


「はい。そちらの本は、ちょうど先ほどお話ししていた、旦那さまと旅をするようになる少し前に購入したものです。奥さまが旅のときにもお持ちになっていたので、少々傷んでおりますが」


「そ、そうなんだ」


 ――まぁ公爵令嬢がいきなり森で野営とかきついだろうしなぁ。ちゃんと知識を得てから同行し始めてたんだなぁ。まぁその前から森には行ってたみたいだけど……。


 苦笑しながらその本を開くと、"初級"ということもあり、付近の環境を調べ危険度を測るとか、水には気を付けるなど、基本的なことから書かれているようだ。


 実際にキャンプをしに森には行ったが、こういう知識はあまりないのでこの本を読もうと思い、ページをめくる。


「湧き水や、上流の水であれば大丈夫な可能性は高いが、環境次第で逆に上流の水程危険になる場合がある。これは、毒素を含む植物や鉱物が奥地にあった場合に起こりやすく、下流になるにつれ、それらが分解されて安全になるため気がつきにくい。『水は私が魔法で準備すれば大丈夫』……うん?」


 少し読んでいくと線が引かれており、その先にメモが書かれていたのでそのまま読んでしまう。


「野営をするときは、付近にモンスターの糞や足跡、木がある場合は爪痕や枝などに痕跡がないかの確認が重要である。『これはあの人がいれば大丈夫だけれど、私も一応確認はしておく』……」


 そのほかにも『血抜きをするときは私が浮かせようとしてたのだけれど、フェデリーゴが片手で軽々とつるしてくれた。やっぱりすごい』など、感想のような日記のようなメモまで書いてある。


「ねぇ……これって」


「……はい。奥さまが旅の途中に色々と書き足していた本ですね」


「これ、母さんの手元にあった方がいいんじゃ……」


「メモをしていたのは知っていましたが、私も中を見たことはなかったので……まさかそんなことまで書いていらっしゃったとは……奥さまに渡してきます」


「うん……お願いね」


 見てはいけないものを見たような気分になりつつ、その本をリデーナに渡し、別の本を読むことにした。


 ――よかった……この本には書かれてないな。まぁまた見つけたら、母さんに返しておこう。


 そう思いながら自由な時間を過ごし、ダイニングに戻ると母さんは少し赤くなった恥ずかしそうな顔で、コッソリと俺に他言しないように告げてきた。


 もちろんそんなつもりは全くなかったので「うん」と返事をしたあと、"また見かけたら持ってくる"と約束すると、ホッとした表情をしていた。

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― 新着の感想 ―
マッマかわいい
黒歴史、ではないにせよ、若いころに書いたものは未熟さが見て取れて恥ずかしいよね。
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