2.説明と約束
魔法が使えるという話を聞いた俺は、転生先での生活が一気に楽しみになってきた。
「あはは。すごく楽しそうだね? そんなに魔法が使えるのがうれしい?」
「それはもう! 物語やゲームでしか見たことないようなことが、自分でできるようになると考えるとワクワクするよ」
「それはよかった。それだけ魔法に期待してるとなると……やっぱり転生先は貴族の子かな」
「き、貴族……マナーとかなんか堅苦しそうなんだが……」
「そこは安心していいよ。もとはハンターで」
「ハンター?」
「あぁ、モンスターたちを狩ってその素材を卸す人たちかな」
「冒険者みたいなもの?」
「本当に詳しいね!? まぁ大まかにはそんな感じかな。冒険者は街や国を移動する者が多いけど、ハンターは大体国境は跨がないし、同じ街で過ごすことが多いかな。ほかにも細かな違いはあるけど、そこはそのうち聞いてみるといいよ」
「あぁわかった。遮ってごめんな」
「いいよいいよ。時間がないわけじゃないし、ボクも会話するのは楽しいからね」
「それはよかった」
「それで、候補にある貴族の話なんだけど……そういえば、キミは亜人に偏見はある?」
「亜人というと……獣耳があったり鱗があったり、角や羽があったり? あとはエルフとかドワーフとか?」
「そうそう。まぁ数が多いのは獣人だけど、今キミが言ったような種族もいるね」
「偏見は特にないかな? 何なら会ってみたい、そして仲良くなりたい。モフモフしてそうな頭をなでてあげたい。ってこれだとある意味偏見か……」
「あはは。悪い意味じゃないならいいよ。それならなおさらさっき言いかけた候補先でよさそうだね」
「ということはやっぱり差別があったり……」
「国によってね。まぁボクが選んだところはそういった差別はない国だし、隣国もそこまでひどくはないから安心していいよ」
「それはよかった……」
――"そこまで"という言い方は引っかかるが、平穏に生きていくなら干渉はしないだろうし大丈夫か。
「それでちょっと脱線しちゃったけど、キミの転生先になる貴族の話に戻るね」
「おねがいします」
「当主、キミのお父さんになる人は元々ハンターだった男性で、大規模なモンスターの氾濫があったときに功績をあげて貴族になった人なんだ。だから根っからの貴族じゃないから今のキミと同じくマナーには疎く、気にしない人なんだよ」
「モンスターの氾濫で功績……つ、つよそう」
「もちろんすごくつよい。んで奥さん、お母さんになる人はもとから貴族だけど、魔法技術に長けていてさっき言った氾濫の時にも前線に出ていたような女性なんだよ」
「貴族として一般人を守った立派な貴族ってこと?」
「まぁそういう見方もあるし実際そうなったんだけど、彼女自身はまぁ……まだ結婚する前で、キミのお父さんとなる人の手助けのために、無断で貴族たちとは別の行動をとっちゃっただけなんだけどね……」
「な、なるほど……惚れてたわけね……」
「まぁこの話の詳細はこれから生まれるキミが知ってると困るかもしれないから、本人たちにそのうち聞くといいよ」
「気になりはするが……それより貴族のほうがいいとかって言ってたけど、魔法が使えるのは貴族だけなのか?」
「いいや? 平民でも魔法自体は使えるし、何なら魔力を持たない人のほうが珍しいほどだよ。生活魔法っていって小さな火種や光源となる光球とかは大体だれでも使えるけど、爆発するような火球や矢のような土の塊とかは、それぞれ適性や個人のセンスが重要になってくるね」
「なるほど……生活魔法があるから水道や電気がなくても快適そうだな」
「ただ個人の魔力量はもちろんばらつきがあるから、朝に火種を使うだけでめまいがする人もいれば、畑に大量の水を撒いて平気な人もいる。キミのお母さんとなる人はさっきも言った通り魔法のスペシャリストだから、魔法が上手くても遺伝的にも不思議じゃないし色々教えてもらえるんじゃないかな?」
「確かにそれなら怪しまれない……か?」
「それにほら、平凡な平民で魔法が得意な子と、親が魔法のスペシャリストである貴族で魔法が得意な子、どっちが厄介ごとに巻き込まれずに過ごせるかなんて、すぐにわかるでしょ?」
「それはそうだ……ただ、貴族としての役割とかは?」
「すでに2人の子供がいるからね。男の子と女の子。だからキミは跡は継がなくていいし、魔法を練習して上達すればキミのいうスローライフは実現可能だよ」
――そこまでしてくれるのだから、少しくらいの役割なら問題ないと思っていたが……
「俺は1人っ子だったし、兄弟はたのしみだなぁ」
「2人目が出来たあとも結構な頻度で愛し合っているようだし、もう1人増えても不思議じゃないだろうしね」
「その見た目から情事……しかもこれから親になる人のそういう情報は聞きたくなかった……」
少女の姿の神様から放たれた言葉を聞きつつ苦笑する。
「あはは。それはごめんね? さて、何か聞いておきたいことはある?」
「転生先ってどんな地域なんだ?」
「そうだねー。山や森がすぐそばにあって、馬車で移動することになるけど領地内に港町もあるね」
「港町! 海が近いのか!」
「あは、そうだよ。辺境伯として治めてる町は領都とその港町の2つと少ないんだけど、その分仕事量も少なめだから家庭環境もいいと思うよ。正確には小さな村はあと数個あるけれどね」
「なるほど……まって、辺境伯……?」
「うん。辺境伯」
「平民だった男性が?」
「うん。辺境伯」
「それってものすごいことなんじゃ……」
「そうだねぇ。奥さんが貴族出身だったことを考慮しても異例中の異例だね。まぁそれに見合う功績、大型モンスターを討伐したんだけど」
「まるで物語の主人公じゃん」
「あはは。まさにって感じの人だよ。そのおかげで領地は一部を除けば平和だし、のんびり暮らすにはいいんじゃないかな?」
「辺境伯ってことは何かから守るような立地じゃないのか?」
「一応海に面しているし、近くにモンスターが出る森があるからそれからの防衛って感じかな。まぁモンスターも領都の冒険者やハンターがいるから基本的に問題はないし、肩書こそ辺境伯だけどそのおかげで自由にできることも多いからね」
「なるほど……」
「ほかにはあるかい?」
「いや、今のところは」
「わかった。それじゃあ転生の準備をしようか。あ、ちなみに精神面は肉体に引っ張られるだろうから、そこで落ち込んだりしないでね?」
「むしろちゃんと2人の子供らしくいられるか不安だったからありがたい……」
「あはは。優しいね。それとしばらくは記憶を封印させてもらうけど、思い出したときにびっくりしないでね?」
「その言葉も覚えてないのに無理じゃ……って、どうして封印を?」
「キミは今の記憶がある状態で母乳を直で飲む勇気はあるかい?」
「……きびしいかと……」
「彼女もまともにいなかったキミのことだから、おそらく目をそらしたり、嫌がって限界まで飲まないだろう?」
「うっ……」
「そうすると親はもちろんいろんな人が心配する上に、生前の肉体では平気だったような状態でも赤子だと死につながることもある。それを避けるためだよ」
彼女すらまともにいなかったという発言で精神的に大ダメージを受けてしまったが、彼女の言うことは事実だしおそらくそうなると自分でも想像が容易だったため反論はできない。
「な、なるほど……たすかります」
「それじゃあ、そろそろお別れだね」
「わかりました。色々とありがとうございました」
敬語は不要と言われはしたが、記憶を引き継いで新しい生を得られるということに、きちんと感謝を伝えずにはいられなかった。
「お礼を言うのはこっちのほうだよ。キミが生きていてくれればボクの助けになるからね」
「それでもだ。転生後は……教会に行ってお祈りでもすればいいか?」
「あは。それはありがたいね。ボク達にとって信仰心は力の源だからね。教会に行けるようになったら、気が向いたときにでもしてもらえると嬉しいな」
「わかった。今更なんだが何ていう神なんだ?」
「うぅーん。そうだねぇ……教えてもいいんだけど、折角だから教会に行ったときに探し当ててもらおうかな?」
「はは、遊び心のある神様だ」
「そうだよ。楽しいのは大好きだよ? キミも新しい世界で楽しんで生きてね。それじゃあまたね」
少女がそう告げると真っ白い空間自体が光だし、何も見えなくなったと同時に俺の意識も沈んでいった。