199.一息
前世でも最後に泳いだのがいつか思い出せないほど泳いでなかったうえに、この体では泳いだことはないので少し緊張していたが、さっき潜ったときの感覚で平気だとは思っていた。
落ち着いてパタパタと足を動かし、息継ぎをするためにたまに顔をあげる。
「プハァ」
「うん。カーリーンは呑み込みが早いね。十分泳げてるよ」
顔をあげると、手を握ってくれている兄さんが微笑みながらそう言ってくる。
しばらくそんな感じで泳ぎの練習をしていたので、そろそろ大丈夫だと思って次のステップに移ることにした。
「手を放してもいいよ」
「本当? まぁ近くに居るから慌てないでね。ちゃんと助けてあげるから」
「うん」
俺の返事を聞くと、兄さんはゆっくりと手を放してくれたので、自由になった手で平泳ぎのように水をかいて泳ぐ。
――それにしても水がすごく透き通ってるなぁ。ゴーグルとかあったらもっと遠くまで見られてキレイなんだろうな。風魔法とか使って簡易的に作れないかな? 空気の膜を作る感じで……。
湖の中を見ながらそんなことを考え、何度目かの息継ぎのために顔をあげると、兄さんに声をかけられた。
「大丈夫そうだね」
「うん。兄さんは泳がないの?」
「カーリーンも平気そうだし、僕も泳ごうかな? あ、ちゃんと近くにはいるから」
兄さんはそう言うと、肩まで水に浸かって泳ぎだす。
「プハッ!」
「いい感じよ。もう少し余裕をもって息継ぎをした方がいいかもしれないけど」
「う、うん」
犬掻きで泳ぎながら声のした方を見てみると、俺たちと同じように姉さんがアリーシアの手を取って、バタ足と息継ぎの練習をしているのが見える。
――水を怖がっているわけじゃないし、あの調子ならアリーシアさんも泳げるようにはなるかもなぁ。
そう思いつつ仰向けになり、プカプカ浮いたまま手足を静かに動かしてゆっくり泳ぐ。
水の冷たさを心地よく感じながら進んでいると、トンッと頭が何かにぶつかった。
「ははは。器用に泳ぐなぁ」
そこには父さんが立っていて、どこか困ったように笑いながらそう言ってくる。
「カーリーンが泳げるようになったのは嬉しいが、その泳ぎ方は今はやめてくれ。近くにいる俺はともかく、カレアが心配そうにしてたぞ」
そう言われて母さんの方を見てみると、ホッとしたような表情で手を振ってくれたので、俺も手を振り返す。
――たしかに今日初めて泳ぐ子供が、あんな動きが少ない泳ぎ方で浮いてたら心配もするか……。
「それに、知らない間に深い所まで行ってたら危ないからな。襲われるかもしれないし」
「うん。って、ここってそんなものもいるの!?」
「いや、この湖にはモンスターはいないな」
「そ、そっかぁ」
一瞬モンスターもいるのかと思って焦ったが、そうではないようで安心する。
――そんな危険があるなら、俺やアリーシアが泳ぐのを許可するわけないか……。
「でも今は父さんたちが近くにいるから安全だし、そうじゃない場合はちゃんと気を付けるよ」
「そうだな。分かってるならいいんだ」
父さんはそう言って笑いながらワシワシとなでてくる。
「この湖、かなり透き通っててキレイだね。むこうで魚が泳いでるのまで見えたよ」
「はは。水中を見る余裕もあるか」
「ゴーグルとかあればもっとキレイにみられるんだろうけど」
「あ~。さすがにそれは用意してないなぁ」
――海があるならともかく、さすがにオルティエンには売ってないか。釣りはするから釣り道具は売ってても、潜る人なんてそんなにいないだろうし……。
「魔法でどうにかできないかな?」
「うぅ~ん……そのあたりはカレアに聞いてみてくれ」
「うん。ちょって聞いてくる」
父さんにそう言って湖から上がり、母さんのところへ向かう。
木陰に用意された椅子には、母さんとばあちゃんが座っており、そこから子供たちの様子を見ていた。
近くの机にはコップが置いてあり、その近くで待機していたリデーナが俺の分の飲み物も用意してくれる。
それを受け取って母さんの近くに行くと、湖の中ほどではないがヒンヤリとしていて涼しい。
――そういえば、周りを涼しくする魔法の話もしたいんだったな……。
そう思っていると、母さんの方から話しかけてきた。
「さっきは驚いたわよ。ほとんど身動きもせず浮いてるんだもの」
「あー……ごめんなさい……」
「うふふ。フェディたちが近くに居るから大丈夫だとは分かっているし、あなたが楽しんでいるのならいいのよ。それで、どうしたの? 休憩?」
「それもあるけど、その母さんが使ってる周りを涼しくする魔法って、俺でも使える?」
――まぁ部屋では使ってるときもあるけど、誰にも知られてないしな。それに俺は氷魔法で使ってるけど、母さんは水魔法の分類らしいから、違う物だろうしなぁ。
そう思って母さんの反応を待っていると、どこか不思議そうな表情で首を軽くかしげる。
「……あら? 使ったことがないの?」
「え……な、ないよ?」
「あら、そうなの? あなたは氷魔法が使えるから、てっきり使ったことがあるのかと思ってたわ」
内緒で使ってたことを知られていたのかと思って一瞬焦ったが、そうではなかったようで少し安心する。
しかし、魔法を教えてもらうために正直に話した方がいいかと思い、本当のことを話すことにした。
「……実は少しだけ……」
「うふふ。正直ねぇ。あなたが部屋で魔法を使っているのは知ってたけど、そういう魔法も使っていたのね?」
「え、し、知ってたの?」
「あの部屋で魔法の練習をしていいって許可したんですもの。別に使ってても怒らないわよ? とくに問題を起こしたわけでもないからね」
母さんはそう言って微笑みながら優しくなでてくれる。
――そりゃそうか……許可を出したうえに、母さんは魔法のエキスパートだもんな……気づかれてもおかしくないよな……。
「一度私の魔法を解除するから、カーリーンの魔法を見せてくれる?」
「う、うん。分かった」
俺の返事をきいた母さんが魔法を解除すると、冷気が風に流されていき、ジワッと本来の暑さを感じる。
「【クーラー】」
俺がそう唱えると、再び周りがヒンヤリとした空気に包まれて快適な気温になる。
「上出来ね。濡れた感じもしないし、氷魔法だからか涼しくなるまで一瞬だったわ」
母さんは自分の腕を触ってそう言う。
――たしかに母さんの水魔法の場合、少しだけ涼しくなるのに時間がかかってたっけ? といっても数秒程度だから、誤差範囲だと思うけど。
「それじゃあ、これからは俺も使っていい?」
「えぇ。もちろんいいわよ。でも寝るときは注意しなさいね」
「……俺も寝ながら使えると思う?」
「慣れればできると思うわ。まぁこの魔法であれば効果が切れるか、周りが濡れるくらいだから練習してみてもいいわよ? ただ本とか着替えとか、濡れたら困るものはベッドから離しておきなさいね?」
「うん、分かった」
「あ、それと、また寒くなってきたら教えるけれど、同じような魔法の【ヒーター】は勝手に使っちゃダメよ? 火事の危険性があるからね」
――そういえば冬は寝る前にリデーナに部屋を暖めてもらって、そのあとは布団にくるまったら十分暖かかったから、そっちは使ったことなかったな……。
人差し指を立ててそう言ってくる母さんに「うん」と返事をし、母さんとばあちゃんの間に座ってリデーナから受け取った果実水をひと口飲む。
「本当にカーリーンは魔法が好きで、その分上手ね」
ばあちゃんが俺の頭を撫でながら、嬉しそうにそう言う。
「うん。いろんなことが出来そうだし、楽しいよ」
「うふふ。それは良かったわ。アリーシアもあなたの魔法を見てから、魔法の練習を頑張っているわよ」
ばあちゃんはそう言いながら、アリーシアたちを見る。
「アリーシアちゃんもかなり才能があるものねぇ。あまりやり過ぎるとお兄さまに何か言われるかもしれないけれど、それでもつい教えたくなっちゃうもの」
「私たちがいるから大丈夫よ。それにジルはあなたを見ていたのだから、喜びはしても怒りはしないわよ」
そんな話を聞きながら、のんびりと休憩をすることにした。
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