193.夏
徐々に気温も上がっていき、完全に夏になった。
夏になったということで、今年もじいちゃんたちがアリーシアを連れて遊びにきてくれた。
今はお昼過ぎに到着したじいちゃんたちと一緒に、リビングで一息入れながら雑談をしている。
「あれからお茶会のお誘いも増えて、結構忙しかったの……」
疲れたような表情でアリーシアはそう言う。
お披露目パーティーが済むと、そういうことも増えてくるらしい。
うちのように離れた場所に住んでいるとそういうことはないのだが、王都に住んでいると結構な頻度でくるので大変だったようだ。
――長距離移動の疲れもあるんだろうけど……まぁ友達とのお茶会ならともかく、貴族同士の付き合いみたいなお茶会だったら疲れるだろうしなぁ。
前世での断りにくい会社の飲み会などを思い出して、苦笑しながらアリーシアの話を聞く。
「私が疲れているのを察してくれたのか、お父さまやお母さまがいくつか断ってくれていたのだけれどね。それにオルティエンにくることをすんなりと許可してくれたし」
――こっちにいるという理由で断ることもできるし、アリーシアさんもゆっくりできるだろうから伯父さんは許可をすぐにだしたんだろうな。
そう思いながら、こっちに遊びにこられたことを嬉しそうに話すアリーシアに「おつかれさま」とだけ言う。
「こっちにいるうちはのんびりとするといいわ。それにまた一緒に沢山遊びましょ!」
姉さんがそう言うと、アリーシアはさきほどより嬉しそうな表情で「うん!」と返事をする。
「カレア叔母さま、今回も魔法の指導をよろしくお願いします!」
「うふふ、いいわよ。春からどれほど上達しているか楽しみにしているわね」
アリーシアの言葉で魔法の稽古がいつもよりも気合が入ったものになることが確定したからか、姉さんは若干嫌そうな顔をしたが、文句を言うまではしなかった。
その日はこちらにいる間の予定などを話したり、少しシラヒメと遊んだりとのんびりとして過ごした。
翌日の稽古の時間、アリーシアからの要望もあったからか今日は魔法の稽古からやるようで、兄姉も一緒に母さんの近くに座っている。
「それじゃあ、いつもの練習を始める前に、すこし魔法の勉強をしましょうか」
母さんが微笑んでそう言うと、みんなで返事をする。
ただ、姉さんだけは渋々という感じだが。
「魔法の発動には魔力を込める必要があるのは分かってると思うけれど、それにも色々あるの」
「発動までの速さとかですか?」
母さんの言葉を聞いて、アリーシアは小さく手をあげつつそう質問する。
「それもあるけれど、簡単に言うと"壊されにくくする"とかね」
「壊されにくく、ですか?」
「えぇ。たとえば剣で斬られたときとかに、無効化されにくくなるとかね。刺繍に使う糸もまばらに縫い付けるより、キレイに縫ったほうが硬くなるでしょ?」
「硬く……たしかに……?」
「そうねぇ。フェディ、気力を込めた剣を横に持っててくれる?」
父さんは母さんの要望に「あぁ、分かった」と返事をし、少し離れた位置で横に伸ばした腕で剣を持つ。
「いつでもいいぞ」
「まずは脆くしてみるわね。【ウォーターボール】」
母さんがそう言って放った魔法は、父さんがただ持っているだけに見える剣に触れると、2つに分かれて散り、地面を濡らす。
「次はちゃんと硬くしてみるわ。【ウォーターボール】」
続けてそう言って放った魔法は、さきほどと同じような軌道を描いて剣に当たるがすぐには斬れず、持っている棒にボールを当てられたように、少し剣を押したあと2つに分かれて散った。
「とまぁこんな風になるの」
「それが魔力密度なんだね?」
「あら、コーエンの言ったことを覚えていたのね。そうよ、合っているわ」
訓練場に来ていなかったアリーシアは、初めて聞いた言葉を復唱して学んでいる。
「まぁ魔法をきちんと使える時点である程度の魔力密度はあるから、最初に撃ったときのように簡単に斬られるわけじゃないけれどね」
「これはただ魔力を込めるというだけじゃダメなんですよね?」
「それだと威力も上がるけれど、魔法によって限度もあるし、暴発の危険もあるからね」
「難しそうです……」
「うふふ。まぁ本来であれば、これは学校で学ぶかもしれないってくらいのものだからね。ライにすらまだ教えるには早いほどだから、"そういうものもある"ってだけ覚えておいてね」
「分かりました」
アリーシアがそう頷くと、次は兄さんは小さく手をあげて質問する。
「これは主に人に対しての技術ですか?」
「それも含まれているけれど、モンスターも同じように魔法を斬ったりして対処してくるのもいるわ。それに、魔法が通りにくい特殊な外皮を持ったモンスターもいるし、そういうときに効果的なの」
真剣な表情で聞いてきた兄さんに対して、母さんも同じような表情で答える。
「なるほど……次から魔法を使う時に気にしてみます」
兄さんが納得したようにそう言うと、母さんは微笑む。
「それじゃあ、いつものように魔力操作の練習から始めましょう」
母さんが手を叩いてそう言うので、返事をして魔法の稽古を始めた。
アリーシアは魔法の練習を熱心に続けているようで、王都でみたときよりも安定して魔法を待機させられるようになっていたことを、母さんに褒められて喜んでいる。
魔力操作が苦手な姉さんは、そんなアリーシアをみてやる気を出したのか、唸りながらいつも以上に頑張っていた。
このまま午前中は魔法の稽古だけかと思っていたのだが、途中で剣の稽古に移ることになった。
剣の稽古のときは見学していたアリーシアだったが、今回は体力づくりに参加したいと言ってきた。
――今日は最初からみんなでやってたからかな? まぁ1人になっちゃうしな。
魔法の稽古だけであれば普段着でもできるのでそうしていたのだが、さすがに走るとなると動きやすい服装の方がいい。
アリーシアはもともと参加するつもりだったのかそういう服も持ってきているらしく、リデーナを連れて着替えにいき、軽く屈伸などをしながら待っているとすぐに戻ってきたので、一緒に準備運動をする。
「それじゃあ、走り込みからだな。アリーシアとカーリーンはゆっくりでいいからな。エルはアリーシアもいるからって一緒になってゆっくり走る必要はないから、ライと一緒に走ってこい」
父さんがそういうとみんな返事をして走り出す。
アリーシアは姉さんと同い年というだけあって、走る速度は俺より速そうだ。
――この世界の人は無意識に使ってる気力のおかげで力強かったりするもんなぁ。それが走る速度に影響してても不思議じゃないかぁ……あれ? そうなると俺って全然気力が扱えてないんじゃ……?
あくまで体力づくりとして走っているので、走り出しは速かったアリーシアを見ながら、そんなことを考える余裕はある。
アリーシアの走り出しが速いと感じても、さすがに兄姉は気力をちゃんと扱えているからかすぐにその差は広がった。
そのままある程度走っていると、だんだんとアリーシアに追いついてきて横に並ぶ。
「アリーシアさん、大丈夫?」
「だい、じょう、ぶ。カー、リーン、君は?」
最初に思いっきり走ったからアリーシアはしんどそうにそう聞いてくるので、「まだ平気だよ」と答える。
――まぁ俺は気力はうまく使えてないかもしれないけど、体力はちゃんとついてきてるのはたしかか。兄さんや姉さんが優秀すぎるだけで……。
一緒に走っているアリーシアをチラッと見てそう思う。
あまりこの状態で話しかけるのも可哀そうなので、走り込みが終わるまでは黙って一緒に走った。
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