175.素振りと打ち込み
その店員さんの様子を見ていたのか、少し時間がたってからドアが開いた。
入ってきた男性は、親方と同じコゲ茶色の髪に同じ色の立派な髭、茶色の瞳をしている目元は親方と比べると鋭く見えるが、兄弟なのでやはり似ていると思う。
「待たせてすまんな」
その低い声は、先ほどの怒鳴り声よりはさすがに小さいが、長らく作業場にいたからか普通に話す分には大きい。
――まぁ普段あの声量で話すことに慣れてて、これが普通なのかもしれないけど……。
そんなことを考えていると、父さんが「いや、急だったからな」と軽く謝ったあと挨拶をして話し始める。
「今日はダガンの打った剣のお礼をとな」
「おぉ、そうか! 以前会ったときから更にたくましくなったなぁ」
ダガンは兄さんを見て微笑みながらそう言うと、兄さんは「ありがとうございます」と嬉しそうに返事をする。
「んで、嬢ちゃんがソノ剣を使ってるんだな」
兄さんの横に並んでいた姉さんが持っている剣を見てダガンがそう言うと、姉さんは「うんっ!」と元気よく返事をしている。
「どれ。見せてくれるか?」
ダガンが兄姉にそう言うと、2人が返事をしてそれぞれ持っていた剣を渡す。
「手入れはできているな。無理に扱った形跡がないから、腕もいい。さすがだな」
2本の剣を見てそう言い、ニッと笑顔になる。
「しっかし、弟からの手紙にはサイズしか書かれていなかったから知らなかったんだが、まさかこっちの剣を嬢ちゃんが使ってるとはなぁ。あとでヒオレス様から聞かされて驚いたぞ」
――まぁ体格的に兄さんが振るには"長い剣だな"って思うくらいだけど、姉さんが持つと"振れるのか?"って思う大きさだしな……。
「このあとなにか用事はあるのか?」
ダガンが兄姉に剣を返しながら、父さんにそう聞く。
「ナルメラド騎士団の訓練に参加させてもらうことになっているが、時間はまだ余裕があるぞ」
「そうか。それなら庭で剣を振って見せてくれんか?」
「それくらいの時間は十分にあるが、おまえたちはどうだ?」
父さんがそう兄姉に聞くと2人とも承諾の返事をする。
「よし、それじゃあ庭で振って見せてくれ」
ダガンが上機嫌でそう言うと作業場とは別のドアに向かうので、その後ろについて行って裏にある庭にみんなで出る。
そこまでの広さは無いが、素振りや打ち込み稽古ができるくらいの広さは十分にあり、薪割りなどもしているのか、斧や木材が隅の方に置いてある。
「それじゃあ、いつもやってる素振りをやってみようか」
父さんの言葉に兄姉が返事をして剣を抜き、少し離れた位置で構える。
それを見た父さんが「はじめ」と言うと、2人は剣を振り始めた。
兄さんは片手剣と盾というスタイルなので片手で剣を振り、姉さんは自分の身長ほどある長剣を両手で握ってしっかりと振る。
大きさが違うので2人の剣を振るペースは違うが、兄さんの剣は鋭く風を切る音がし、姉さんの剣は重量感のある風を断つ音がする。
「ふむ。真っすぐ振れているから、体幹もしっかりしているようだな」
「よし、2段階目だ」
父さんがそう言うと、兄姉は返事をして構えを変える。
最初は縦に振っていただけだったのだが、今度は横や斜めの素振りが混ざる。
しばらくそのまま素振りをしたあと、父さんが終わりを告げる。
「あれだけ振っていたのに、最後までキレが落ちなかったのは素直に褒めるべきところだな」
兄姉の素振りの様子はダガンの予想以上だったのか、感心したように笑いながらそう言う。
「実戦での重心の変化や切れ味を試す案山子があるんだが、打ち込みもみせてくれるか?」
ダガンの提案に兄姉は再び承諾すると、その案山子の方へ向かう。
案山子は腕ほどの太さの木を、地面に固定してある支柱に数本取り付けたもののようだ。
下半分を支柱に固定し、上半分を斬って試す様に作られているらしい。
「結構簡素な作りだね?」
屋敷の稽古で使っているように魔法で作っているのかと思ったが、直径10センチほどの木をただくくり付けているだけなのでそう言うと、ダガンが笑いながら口を開いた。
「がははは。まぁ試し切りをするには充分な強度はあるし、斬った木はそのまま燃料にもできるから、ちょうどいいんだ」
――まぁうちでやるときに作ってる土人形も魔法で作ってるけど、土を固めただけだから簡素っちゃ簡素だしな……切ったりして壊れる前提だしそんなもんか。
そう思いながら「なるほどね」と返事をして話していると、兄姉の準備ができたようだ。
「よし、まずはライからだな」
「はいっ」
兄さんはそう返事をして案山子の前で構えを取り、「はぁっ!」という掛け声とともに斜めに斬り付ける。
その剣筋は止まることもなく、手前側の木を2本両断した。
「ほぉ! キレイに斬ったな。それに、剣を止めず斬れる範囲が分かっているようだな」
ダガンは案山子に近づいて状態をみたあと、再び感心したようにそう言う。
――よく考えたら直径10センチほどの木を、あれだけキレイに両断できるってすごいよな……父さんや姉さんに慣れ過ぎて感覚がおかしくなってるのか……。
そんなことを思っているとダガンが戻ってきて、父さんが姉さんの背中を軽く押す。
「次はエルだな」
「うんっ! あ、気力は使っていいの?」
姉さんはどこか嬉しそうに返事をしたあと、そう聞いている。
「あぁ、ソノ剣で打ち込むんだからな。もちろんいいぞ。本気でやってみてくれ」
ダガンはニッと笑いながら姉さんにそう告げる。
――姉さんの本気かぁ……破片とかが跳んできたら危ないから父さんの横にいよう……。
父さんも同じようなことを思っているのか、苦笑しながら母さんと兄さんにも近くに来るように手招きしている。
何も言わないのは、さすがに姉さんでも大きな被害が出るようなことは無いと信頼しているうえに、この鍛冶屋の主たるダガンが許可したからだろう。
そのダガンは俺たちの様子に気がついていないのか、姉さんが向かった案山子の方をジッと見ている。
「いいぞ」
「うん! はぁぁぁっ!!」
父さんの合図を聞いて返事をした直後、姉さんは気合のこもった声をあげて剣を横に振る。
その剣筋は兄さんのときと同じく止まることなく、案山子としてくくり付けられたすべての木を両断した。
まだ背が低い姉さんは、固定するために設置してある棒ごと斬ってしまったからか、途中で威力が少し落ちて、最後の方はキレイに斬れなかったようで破片が散る。
しかし、本当に最後の方だけだったのでその量は少なく、こちらに跳んでくることは無かったので誰も怪我をすることは無かった。
「ふぅ」
姉さんは思いっきり振れたことが爽快だったのか、いい笑顔で息を吐いている。
ダガンはすぐには声が出なかったようで、目を見開いた状態で固まっていた。
「…………こ、これほどか……まさか支柱ごといくとは……」
「え、あ! ご、ごめんなさい!」
姉さんはダガンの言葉を聞いて、普通は斬らないところまで斬ってしまったことに気がついて謝っている。
「いや、いい。気にするな。支柱自体は魔法で作っているものだからすぐに作り直せる。それにしてもいい腕だ」
気を取り直したダガンは、姉さんを安心させるような笑みを浮かべてそう言う。
――そういう表情は親方さんとそっくりだなぁ。さすが兄弟。
そう思っていると、母さんが俺の肩を軽く叩いた。
「カーリーン、あの支柱直せるかしら?」
「え? できると思うけど」
そう言うと、母さんが俺をつれて案山子のところまで向かう。
「ダガン、この支柱は頑丈に作った方がいいのよね?」
「あ、あぁ。その方が助かるが……」
「それじゃあ、そうなるように作ってみましょうか。大丈夫よ、カーリーン。あれだけキレイな机や竈が作れるんだから、ちゃんとできるわ」
母さんは俺を安心させるようにそう言うので、俺は案山子の方を見て今の状態を確認する。
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