168.屋敷に到着
飼育場を出て王都の屋敷へ向かう。
シロだけならともかく、手綱を持って一緒に歩いている職員さんがいるので、馬車の速度を落として一緒に移動するのかと思っていたのだが、元気になったシロはゆっくりと走っている俺たちの乗った馬車を、追い抜きそうな速度で歩いている。
――歩いてるようにしか見えないのに早いな。どういう歩き方してるんだ……シロが楽しそうなのはいいんだけど、このペースで移動して職員さんは平気だろうか……。
そんな心配をしながら、近くを歩いているシロを見ているとじいちゃんが笑う。
「ははは。シロは元気になって、初めての外に興奮しているようだな」
「そうみたいだね……職員さんは大丈夫かな」
「魔馬の飼育場で働いているのだ。体力は十分にあるだろうし、さすがにシロも怪我をさせるようなことはするまい」
――そっか。シロたちは弱ってて元気がなかったから大人しかったけど、普通の魔馬の教育とかもしてるんだった……そういうこともするなら、力も体力もなきゃキツそうだもんな。
「シロー! あんまり無理しないでねー!」
窓からシロに聞こえるようにそう言うと『うん! 平気だよー!』と返ってくる。
――"シロが無理しないでね"というより、"職員さんに無理させないでね"って伝えたいけど、手綱を引いてるから近くにいるもんなぁ。まぁ動物に話しかけるだけなら変に思われることもないだろうけど。
職員さんは声をかけた俺を微笑ましく見ていたので、そう思いながら時々様子を見つつ移動した。
結局シロは速度を落とすことはなく移動したので、思っていたよりも早く屋敷に帰ってきた。
前世の車と比べると遅くはあるが、とくに積み荷もない軽い馬車はそこそこ速度は出せる。
しかもじいちゃんの所の馬車なので足回りが改善されており、一般的な馬車より速い。
町なかでは人もいるのでそんなに速度が出せるわけではないが、シロの手綱を握って馬車の近くを徒歩で移動していた職員さんは、さすがに疲れているようだった。
――王都に入るまでは結構な速度で移動してたもんな……サドルはつけてきてないから、乗っても大丈夫だと判断したとしても、乗りにくいだろうし……。
そんなことを思っていると屋敷の玄関前に到着し、そこには執事のナイロと、王都に来てから俺たち子供の世話をしてくれているリアミが待機していた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま~。父さんたちは?」
「まだ戻られておりません」
「ふむ。私たちの方が早かったようだな。とりあえずシロを厩舎に連れていくか」
「かしこまりました。その件はうかがっておりますので、ご案内いたします」
ナイロはじいちゃんにそう言うと俺たちの前を歩き、屋敷の裏の方へ回る。
「シロもお疲れ様」
『ううん。いつも以上に歩けて楽しかったよ』
職員さんに不思議に思われない程度にシロに言葉をかけると、上機嫌で尻尾を振りながらそう答える。
といっても職員さんはじいちゃんと話をしているため、今はこちらをまったく気にしていないようだが。
いつも稽古で使っている庭の端っこの方に厩舎はあり、飼育場などと比べると屋敷の敷地はそこまで広くはないのですぐに到着した。
「こちらでございます」
そう言ってナイロが厩舎のドアを開けるので、シロを連れて中に入る。
事前に伝えてあったからか、ちょうど1頭分の柵が整えられており、職員さんがシロをその中に入れて手綱などを外した。
「王都にいるうちはここがシロの部屋だよ。他の子もいるけど、仲良くしてね」
ここには王都に来る際に馬車を曳いてもらった馬もいるのでそう言うと、『うん。もちろんだよ』と返事をして頭を擦り付けてくる。
「シロは小柄だから、ちょうどよさそうだな」
「まぁ、あくまで"他の魔馬と比べて"ですし、今後大きくなるかもしれませんけれど」
「今のままでも普通の馬と同じくらいの大きさだし、俺から見るとかなりデカイけど、父さんが乗ると小さく見えそうだから、それはそれでありかもね」
「ははは。たしかにそうだな」
そんな冗談を交えた話をしていると、リアミがお茶の用意ができたと伝えに来た。
職員さんはシロを厩舎に入れたらすぐに帰るつもりだったようだが、結構な距離を徒歩移動してきたので疲れているだろうと思い、休憩もかねて誘った。
――飼育方法とかの注意点は昨日兄さんが聞いてたみたいだから大丈夫だろうけど、遊ぶときって何をすればいいのかとかは俺も聞いておきたいからな。早くシロを庭で走らせてあげたい気持ちもあるけど、姉さんたちが帰ってきたら十分遊べるだろうしな。
「それじゃあシロ、またあとでオヤツとか持ってくるから、もうちょっと待っててね」
そう言ってシロの頭をなでてあげると、『うん』と尻尾を振りながら返事をする。
厩舎から出て屋敷の方へ向かい、稽古の休憩などでも使っている庭に置いてあるテーブルにつく。
「紅茶と果実水と、どちらになさいますか?」
今日は天気も良く、暖かい日なので紅茶以外にも用意してくれたらしい。
じいちゃんは紅茶の方を飲むようだが、俺は冷たいものが飲みたかったので果実水にした。
どうせならキンキンに冷えた状態のを飲みたかった俺は、ポットやピッチャーの乗ったワゴンに近づき、こっそりと【フリーズ】を一瞬だけ使って、凍らない程度に冷やす。
リアミは俺が氷魔法を使えることは知っているので驚きもせず、お手伝いをしている子供を見るような微笑ましい目で見ていた。
「これはまた、よく冷やされていて美味しいですね」
俺と同じく果実水を選んだ職員さんが、ひと口飲んでそう言う。
その言葉を聞いたじいちゃんは、俺が魔法を使ったと察して苦笑しながら見てくるが、そのことについては何も言わず、果実水も出してもらっていた。
それを飲みながら魔馬との遊び方や注意事項などを少し聞き、果実水を飲み終えた職員さんは帰って行った。
話をしている間に、シロや他の馬たちにあげるオヤツとして果物を用意してもらい、それを持って厩舎へ向かう。
「お待たせシロ」
他の馬へはナイロがオヤツをあげてくれるようなので、俺とじいちゃんはシロの柵へ向かう。
「はい、オヤツのリンゴだよ」
『ありがと~!』
顔の前に半分に切ったリンゴを差し出すと、そう言ってパクッと食べる。
「職員さんも帰ったし、庭に出る?」
『いいの?』
「うん。シロだったら俺たちの言葉も分かるし、勝手に表に行ったりしないでしょ?」
『もちろん!』
シロは嬉しそうにそう言いながら尻尾を振るので、ナイロに一言告げてからじいちゃんが柵を開けてあげる。
『ねぇ、もう走ってみてもいいの?』
厩舎から出るまでは俺たちのうしろをゆっくりとついてきていたシロだが、庭を見てウズウズしながら一応俺に確認をしてくる。
「いいよ。でも今まで走れてなかったんだから、無茶はしないでね?」
『うん! 大丈夫だよ!』
シロは嬉しそうにそう返事をすると、ゆっくりと俺たちから離れていき庭の真ん中の方へ向かう。
その速度は徐々に速くなっていき、今までまともに走ってこれなかったとは思えないほど、危なげもなく疾走していく。
「は、速いね……」
「ふははは。そうだな。そういえば普通に走っている魔馬は見たことがなかったか」
「うん……」
「あの速度で走れるうえに、持久力もすごいからな。まぁそれは魔力を使って強化しているからと分かったから、シロは他の魔馬より持久力もあるだろうな」
「そうだね。なんにせよシロが嬉しそうでよかったよ」
そう話をしながらお茶を飲んだテーブルに戻り、しばらくの間シロが走り回っている様子を眺めていた。
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