16.魔力操作
一口目こそ盛大に噴出した俺だったが、落ち着いてからもう一度もらった時は普通に飲むことができた。
父さんたちは休憩のあと再び書類整理をし、昼食の時間になったのでリビングへと向かった。
リビングのドアをリデーナが開けてくれたということは兄さんたちはすでにリビングにいるようだが、席にはついていないので周りをみてみるとソファーの方でくつろいでいた。
2人とも本を読んでいたようだったが、姉さんは睡魔に負けて寝てしまったようでスゥスゥ寝息を立てている。
「エル、お昼よ」
「んーー……」
「ほら、エル、父さんたちが来たよ」
「んー……」
母さんの次に兄さんが声をかけてもなかなか起きる気配がない。
「朝早すぎたからなぁ。いつから寝てるんだ?」
「1時間ほど前からウトウトしておりましたが、完全に寝ていますね」
朝食の時に"眠くなったら少し寝ておきなさい"と言われていたので、起こさないように静かにしていたようだ。
「ほーら、エル。もうすぐお昼ご飯だぞー。食べ終わって一息入れたら稽古するんだろ?」
「ん……けいこするー」
父さんにそう言われながら抱き上げられて、少しずつ目が覚めてきたようだ。
「よしよし、やる気はあるのはいいことだ。だがお前が起きてくれないと、父さんたちも昼食が食べられないし、その分稽古が遅くなってしまうぞ?」
「ん! たべる!」
稽古が遅くなるという単語に反応したのか、いきなりパっと目を開けて父さんを見上げて元気に答える。
――そこまで稽古したいのか……
姉さんが起きたことでそれぞれの席に座った後、みんなで食べ始めた。
俺の2度目の離乳食は、昼食には間に合わなかったらしく朝と同じものだったが、美味しいものは美味しいので問題はない。
昼食を終えた後、リビングで家族みんなでのんびりとしていた。
どうやら急ぎの書類はほとんど終わったようで、ゆったりとする時間ができたようだ。
姉さんは稽古の時間が待ち遠しいらしく、ソワソワしつつ何度も父さんに聞いていたが、食べた直後に稽古をするのは良くないとのことでのんびりと話をしていた。
しばらく話をしていると、いよいよ姉さんが外に飛び出して走りだそうとしていたため、父さんは稽古を始めることにしたようで、母さんは昼の稽古も見学するために俺を抱いてテラスへ出た。
リデーナが木剣などの準備をしている間に、朝と同じく塀まで走って往復して準備運動をすませ、素振りを一通りしてから休憩も兼ねて気力を感じ取る練習をするといった流れだ。
素振りの時間はその姿を見ているが、走っている時と気力の稽古の時は一緒に目をつむってこっそりと参加していた。
――ふむふむ。執務室にいた時も少しやってたけど、魔力はもう自由に動いてくれそうだな。気力もゆっくり広げたり、早く広げて身体から出ない程度に抑えることができるようになったぞ。
などと思っていたら、母さんの嬉しそうにはしゃいでいる声が耳に入ってきた。
「ふふふ。あなた見て見て」
「なんだ? お、カーリーンも稽古してるのか?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんの真似してるのかしら」
そう言われてバレてないかと焦って目を開き両手を上げてごまかす。
「んーーあーー!」
「まぁまだわかるはずもないし、仲間に入って遊びたかったのかもな」
「ふふ。そうかもしれないわね」
「あ、今動いたかもしれません! 動かせたということはこっちが魔力……?」
「お兄ちゃんずるい!」
「おぉ!? 初日で動かせるようになったのか!? すごいぞ!」
父さんは本当に嬉しそうに兄さんをワシワシとなでると、姉さんが負けじと目をぎゅっと瞑り唸りだす。
「魔法の才能があるのね。少しずつ魔法の勉強もしていきましょうか」
「わかりました!」
「むー……動かせないのはいやだけど、動かせたらべんきょう……」
姉さんの眉間に出来たしわが更に深くなり、目をつむったまま複雑そうな心境で声を出す。
――俺も前の世界では"勉強"は苦手意識あったからその気持ちは分かる……仕事も肉体労働寄りだったし……"習うより慣れろ"頭より体で覚える方が気持ちが楽だったからなぁ。
「それじゃあ次は魔力の放出の感覚を覚えてみましょうか。ライこっちにおいで」
母さんはそう言うと兄さんを呼んで両手を握る。
「いい? 今から少しだけあなたの魔力を吸い出すから、手から出ていく感覚を感じ取ってちょうだい」
「わ、わかりました」
吸い出すと言われて少し緊張してはいるが、母親にしてもらうことだから恐怖心は特にないようだ。
「いくわよ」
「はい!」
母さんは俺を抱いた状態でそれをやっているので、目の前で魔力の吸い出しを見ることができた。
魔力の流れが見えるように凝視していると、兄さんのお腹あたりにあった魔力の一部がスゥっと右腕に移動し、それが母さんの左手に移るのが分かった。
「どう?」
「なんとなく右手から抜けた気がします」
「正解よ。魔法を使うときは今の感覚で魔力を放出しないと使えないから、その感覚を覚えておいてね」
「はい!」
そのあとも今度は魔力を入れることで更に感覚を養うという稽古をしていた。
姉さんはまだ自分で動かす段階に至っていないため、それには参加できず不機嫌になるかと思ったが、しっかりと自分のできる段階のことを一生懸命やっているようだった。
すぐ近くで母さんが兄さんの稽古をしているので、自分の魔力の練習をバレずにできるかわからなかったため、2人の稽古を眺めているうちにいつの間にか眠ってしまった。
若干の空腹を感じた俺が目が覚めて目にしたものは天井だった。
――えぇ……いつの間に寝落ちたんだろう。まだ明るいってことはそこまで時間は経ってないと思うが……まぁ赤ちゃんは寝るのも仕事というくらいだしな。眠いと感じる間もなく寝たのは自分でも驚きだが……
首を動かして周りを見ると、クッションの陰から見える景色で執務室にいることが分かった。
母さんとリデーナの声が聞こえるから、残っている仕事を進めているのだろう。
――そういえば魔力は使っていった方が成長するんだよな……魔力放出の話もさっき聞いたし、何か使ってみるか? いや、近くに母さんとリデーナがいるし使わない方がいいか……ていうか、それだとずっと母さんと一緒にいるのに、いつ使って練習すればいいんだ!?
起きたことがバレないように静かにしながら何か策はないかと考える。
――風か? 風なら見えないしバレる可能性は低い? いやぁまだ外は肌寒くて窓は開けてないから不自然か……火や光は論外だしなぁ。
暖房代わりのものこそ使ってはいないが、ずっと窓を開けておくにはまだ肌寒かった事を思い出して風魔法は諦める。
――そもそも魔力の動きが分かるようになっただけで調節できるとも限らない……窓が開いていたとしても、強風レベルのが発動しちゃったら書類がバラバラになって迷惑だしな。放出……そうだ! 何も魔法を発動させなくても、魔力だけ消費すればいいのでは!?
きちんとした魔法を使った方が練習になるとは思うが、バレずにやるにはこれくらいしかないと思い、右手を少しだけあげて魔力を移動させる。
――えっと、魔力を手の方に移動させて、手のひらから出すイメージで。いけっ!
体内にある魔力の一部を手のひらから放出し、確かに抜けたような感じはしたのだが、魔力を出しただけなので特に何も起きることはなかった。
――おぉ? これはちゃんと魔力を放出できたのかな? 筋トレと一緒で使って回復させれば育つみたいだし、減るならいいんだろうけどまだ分からないや……
そのあともポスポスと音も何も起きない魔力放出を続けると、体内の魔力が減っていることを感じ取れたので間違いなかったと確信する。
――よっし! これである程度バレずに練習できそうだ!
そう意気込んだ俺は、一気に出しすぎて母さんたちに悟られないように慎重に出し続けると、睡魔が襲ってきた。
ただでさえ寝落ちてしまうほどに睡眠欲に抗えない俺の身体は、あっさりと睡魔に大敗して再び眠ることになった。
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