15.両親の仕事と簡易地図
稽古前に少し食べたこともあり、朝食は少なめだった母さんは子どもたちより先に食べ終わったため、リデーナから俺を引き取って食べさせてくれている。
父さんが食べていた量は母さんのと比べて倍以上あったと思うが、もう食べ終わっていて隣に椅子を持ってきて俺が食べる様子を眺めている。
「あーむ」
「うまいか?」
「むー!」
口に入れた瞬間に父さんがそうやって聞いてくるので、両手を上げて反応する。
「はっはっは。そうかそうか」
まだ食べているからか、いつもより優しい手付きで笑いながら撫でてくれる。
「あぁ、そうだ。ライ、エル、今日は午前中の勉強は無しだから、好きにしてていいぞ」
「はい」
「やった!」
兄さんは持っていたフォークを下げ、姉さんは急いで飲み込んで反応する。
「お兄ちゃん、稽古しよ!」
「えぇ……」
「エル、さっきも言ったが、昼間の稽古に参加したいなら少しは休んでおいたほうがいいぞ? ライだって疲れるだろうし」
「本でも読んで、眠くなったら少し寝ておきなさい? 今日は特に早かったんだから」
「はぁい」
渋々ではあるが納得した様子の姉さんを見て、みんなホッとしているようだ。
朝食が終わったあと、両親とロレイナートは俺を連れて執務室へと来ていた。
離乳食を食べ始めたとはいえまだ母乳も必要なので、しばらくは母さんといることになりそうだ。
ロレイナートに抱かれたまま両親達の話を聞いていると、勉強は両親の他に使用人のロレイナートかリデーナが教えているらしい。
配膳や身の回りの世話、仕事の手伝いもこの2人が基本的にやっているのだが、他にもメイドを雇っているようで、そちらは家の掃除などを担当しているようだ。
「やはり月の初めは書類が多いなぁ」
「仕方ないわよ。ここは他のところと違って、モンスター関係の事や海の事もあるんだから」
――そういえば神様が領内に港町があるって言ってたな……もうすこし成長したら連れて行ってくれたり、気軽に遊びに行ける距離なんだろうか。潮の香りはしなかったから結構距離はあるのかなぁ……
などと両親の会話を聞きながら、まだ見ぬ屋敷の外の光景にワクワクする。
「ん。街の南西の街道が倒木で塞がってたのか」
「どこ? あぁあの辺りは木々の間を通るものねぇ……この前の嵐で倒れちゃったのね」
母さんは自分の持っていた紙を置いて、父さんが見やすいように横にした書類をのぞき込む。
「あの森を迂回するとかなり距離が変わるしなぁ……あそこはモンスターもほぼ出ないし、道はそのままでもう少し広げて対策するか?」
「そうねぇ、それがいいかもしれないわね。今度持ちかけてみるわ」
「あぁ頼んだ」
結構雑談を挟みつつ作業をしているが、相変わらず父さんの作業ペースはなかなか早い。しかもちゃんと内容を把握して提案しているのだから、適当にやっているわけではない。
――まぁそこを適当にやっちゃうようなら手伝いはさせないよな……それにしてもハイスペックな……
「伐採することになったら言ってくれ。護衛でも伐採の方でもやるからな」
「もう……ずっと言ってるけれど、領主自らそうそう動くものじゃないわよ? 何かあったときにあなたがいないと困るんだから」
「あぁわかってるさ。だが人手が足りなくて進められないくらいなら動くぞ? 土木屋の親方とは仲が良いしな」
「その方が早く済むのは分かってるんだけれどね……あ、親方で思い出したわ。奥さんにおいしい焼き菓子を貰ったから、お礼にお茶をもっていってほしいのよ」
「あぁ、あの菓子か。わかった、その時に親方もいたらこの話をしておくとするか」
「えぇお願いね」
――町の人とも結構交流がある感じなのか。まぁその方が気が楽だし俺としては嬉しい限りだが。
ロレイナートがたまに意見を言うため机の近くにいるので、俺からでも書類の内容がある程度見える。
簡略化された地図ではあるが、倒木で封鎖されていた位置と、そこを南西と言っていたことから今いる町の場所が把握できた。
町の北と南西には山脈があり、この町の西側が唯一北西にある森への経路になりそうな地形だ。
その山脈に沿うように森があり、件の道はその森の中を通る道だったようだ。
そしてこの町の東側に海らしき表記と、1つの街を表すマークが書いてあるのがわかった。
――おぉ!? 結構近いんじゃないか? いや縮尺も分からないし、どこまで正確かも分からないから期待しすぎない方がいいか。
「あなた、港のほうから"最近入港する船が増えてきている傾向にあるので、警備人数を増やしてほしい"ってきてるわ」
「あー……それじゃあついでだから配属変更も兼ねて、こっちに来たい兵の人数を出すように伝えてくれ。こっちも希望を募った上で人数を合わせるようにする」
「前に配属変更したのって半年前よ? 早すぎない?」
「まぁ希望を聞くだけ聞いてみればいいさ。同じ騎士団同士だし、2つに分けてるところのどちらかくらいは自由に決めさせたいからな。それに最近団内から海に行きたいと声が上がっててな……」
「徐々に暖かくなってくるからかしらね。今のうちに異動しておくと、また慣れたころに海で遊べるからじゃないかしら?」
「まぁそういう動機での異動でも全然かまわないんだがな」
「配属変更の件は早めに伝えておくわね」
「あぁ、頼む」
――騎士団かぁ。ハンターや冒険者もいるけれど、やっぱここはモンスターとかに対する戦力のためってことなのかなぁ。あーー! 聞きたいことがどんどん増えてくる! 早くしゃべれるようになりたい!
「あーーえーまーー!」
「あら、今まで大人しかったのに、急にどうしたのかしら?」
「そろそろご休憩されてはと言っているのではないでしょうか? ちょうどよい時間ですし」
「そんなにたってたか。んじゃあちょっと一息いれるかー」
そう言うと父さんは伸びをして立ち上がり、肩を回したりしてコリをほぐしていく。
ロレイナートはお茶の用意をするために退出したので、その間に授乳の時間となった。
――ま、まぁ母乳は免疫力を高めるのに必要って見たことあるし、これも体を丈夫にすることに必要な事なんだよ! しかたないんだよ! だから諦めるんだ俺!
と自分に言い聞かせつつ、できる限り目をつむった状態で飲む。
「ふふ、そんなに急がなくても大丈夫よ? そんなにお腹すいてたの?」
「離乳食があれだけだと足りないか?」
「今朝のはほとんどスープ状のものだったものね。ボーロが食べられるから、もう少し固形状態でのものも作ってもらいましょうか」
「そうだな。昼食に間に合うか分からないが、調理人に頼んでくるか」
「ついでにボーロが残ってたら持ってきてくれるかしら?」
「了解だ」
そう言うと部屋を出ていき、授乳が終わった頃にロレイナートと一緒に戻ってきた。
父さんは俺を抱いて座っている母さんの前にしゃがみこんで、ボーロを小さく割ってから持ってきてくれた。
それをパクっと食べると優しく笑って次を用意し始める。
「飲んだばかりだからそんなには食べないと思うわよ? それにのどが渇くでしょそれ」
「カーリーン様も飲めるようにミルクも持ってまいりましたが、上手に飲めるでしょうか」
この世界にはまだ哺乳瓶的なものは無いようで、小さなコップに入ったミルクを母さんに渡していた。
「ほら、飲めるかしら?」
――ふふ、ボーロが食べられたのだから、液体を飲むのくらいできるさ!
そう意気込んで口に近づけられたコップから、液体を口に含むのではなく、吸い寄せたせいで盛大にむせたのだった。
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