149.書斎にて
慎重に中を覗いて確認するのかと思いきや、俺が飛び出して開けっ放しになっているドアから普通に入り、近くに立っていた、じいちゃんと瓜二つの顔の人物を困ったような表情で見ながら口を開く。
「……何をやったのだ兄上……」
――あに、うえ……? あぁ!? そう言えば今日は大伯父さんも一緒だもんな!? いやいやいや、普通ここまで似てるって思わないって……それに、ここにいるって聞いてないうえに、じいちゃんのフリしてたし……。
「い、いや、ここまでのことになるとは思わなくてな……」
大伯父さんは、気まずそうに俺の氷魔法の跡を見る。
その視線に気がついたじいちゃんも、凍った絨毯を見て目を見開き、軽くため息を吐く。
「これはカーリーンが?」
「う、うん。ごめんなさい……」
「いや……まぁ事情を聞こうか」
じいちゃんは少し考えるような仕草をしたあとフッと表情を緩め、そう言って俺を降ろしてくれる。
俺は氷魔法を解除し、少し濡れてしまった絨毯を【ドライ】で乾かしたあと、じいちゃんの隣に座った。
対面には先ほどと同じように大伯父さんが座っているが、さっきと違って気まずそうな表情である。
「この部屋でそこまで魔法が使えるのか……」
大伯父さんがそう言ったのを聞いて、魔法が発動しにくくなる魔道具があることに気がつき、"焦ったから威力が弱くなったのではない"と分かって、すこし安心する。
――焦ってたからって威力が異常に大きくなると危ないからな……あの魔道具がなきゃ多分思った通りの威力になったんだろうし、魔力操作に問題がなさそうなのは安心できたけど……やらかしちゃって申し訳ない……。
そう思った俺は再び「すみませんでした……」と頭を下げて謝る。
「とりあえず、どうして魔法を使ったのだ?」
「じいちゃんだと思ってた人が、じいちゃんじゃなくて、そのまま部屋から出させないようにしてると感じたから……」
「こう言っているが、どうなのだ兄上」
「私は普通に話をしたかっただけなのだがなぁ」
大伯父さんは苦笑しながらそう言ってくる。
「大伯父さんとは知らず、逃げてごめんなさい……」
「……言わなかったのか?」
「"じいちゃん"って言いながら入ってきて、そのまましばらくは普通に話していたから、いつになれば気がつくかと……"だれ?"と聞かれたが、本気で私をおまえだと思っている様子を見て、もう少しからかいたくなってな……しかし、思っていた以上に怖がらせたみたいだな。こちらこそすまなかった」
そう言って大伯父さんが軽く頭を下げた瞬間、部屋の角で魔力が動くのが見えたが、すぐに止まったので気にすることなく俺も再度謝る。
「い、いえ、俺の方こそ、直接じゃないとはいえ、いきなり魔法を撃っちゃって……」
「兄上はそうやって、カレアのこともよくからかっていたな……」
「カレアに似ていたから、昔を思い出してつい、な……」
――母さんも昔こうやってからかわれたことがあるのか……たしかにここまで似てると、見分けがついてない様子を見て、からかいたくなるのかな……。
「それにしても、ここで魔法が使えたことにも驚いたが、それが氷魔法だったからなおのこと驚いたぞ。カレアも使えるようになったのか?」
「いや、この子だけだそうだ。この部屋で魔法が使えたことから分かる通り、魔力操作はもう立派な魔法使いレベルだし、魔力量の方も凄まじいぞ」
今までの稽古の様子を見てきたじいちゃんが自慢げにそう言うと、大伯父さんは笑いながら頷いている。
「はははは、そうかそうか。さすがカレアの子といったところか。いや、おまえ自身の頑張りがあったからこそか……魔法を使うのは楽しいか?」
「うん、すごく楽しい!」
「それはよかった。しかし、本気で逃げるなら、私に向かって魔法を使わなかったのは減点だなぁ」
俺が素直に答えると、さらに笑いながら満足そうに頷き、再びからかうような表情でそう言う。
「兄上……カーリーンはまだ人に向けて撃つ練習はそれほどしていないのだぞ。急なことだったとはいえ、人に撃つのが怖かったのだろう。それか、怪我はさせまいとしていたか」
「まぁ実際、氷魔法ってだけで驚いてしまったからなぁ。逃げる手立てとしては十分だったな」
そう言って2人は笑っているが、実際は見えない人がいるであろう位置に向かって、思いっきり魔法を撃っているので正直に話すことにした。
「実を言うと……大伯父さんより近くに何者かがいる気がして、そっちに魔法を撃っちゃったんだよ……」
俺の言葉を聞いた途端、2人は驚いた表情で固まる。
「あ、で、でも、魔道具がなくても、足元を凍らせてうまく移動をさせないようにする程度の魔法だったから、大怪我をするような魔法を使ったつもりはないよ!?」
2人の様子がおかしいと思い、慌てて使ってしまった魔法にそこまでの危険性がなかったことを伝える。
「……違う、そこじゃないんだ」
「"何者かがいる気がした"と言ってたのは、あの氷魔法を向けた方だな?」
じいちゃんに続いて、大伯父さんもドアの横を指差しながら再確認してくるので頷く。
「一応聞くのだが、今もその"何者か"の場所は分かるか?」
「分かるなら、指差しでも口頭でもいいから、教えてみてくれないか」
2人は真剣な表情でそう聞いてくるので、"本当に悪意ある第三者が忍び込んでいるのではないか"と、緊張しながら部屋の角を指さす。
「あ、あそこ……」
俺が指差した瞬間、また魔力が見えたので間違いないと思う。
2人も俺が指差した方を見ているが特に何も見えないようで、眉間にシワを寄せて凝視し続ける。
「おい、返事を許可する。今はこの子が指差した場所にいるのか?」
「……は、はい」
大伯父さんが誰もいないはずの部屋の角に向かって声を掛けると、返事が返ってきたので今度は俺が驚く。
――よかった……大伯父さんの言葉に返事したということは、やっぱり護衛の人とかだったんだな……。
そう安心していると、見えない人は部屋の角から執務机の隣に移動する。
――足音どころか布の音とかもしないけど、そういう音を消す魔法も使ってるのかなぁ。
移動している様子を見ながら、呑気に隠れる魔法のことを考えていると、大伯父さんが口を開く。
「今視線が動いていたが、移動したのか?」
「え、あ、う、うん。今はその机の隣にいると思う」
「おい、姿みせてみろ」
大伯父さんがそう言うと、ユラリと景色が揺れ、じいちゃんたちと同い年くらいの白髪の男性が現れる。
もっと忍者のようなシンプルな黒い服かと思いきや、そこそこ装飾もあり、そのまま街にいても違和感がないような服装だったことに再度驚く。
――全体的に黒っぽいのは確かなんだけど、あんな服で物音を出さないってすごいな……。
「ほ、本当に見えていたのだな」
じいちゃんは目を見開いて固まっているが、大伯父さんは苦笑しながらその男性に声を掛ける。
「おまえも衰えたか」
「申し訳ありません……」
「冗談だ。未だに指導しつつ訓練に参加しているのも知っておる」
「これからも鍛錬に励みます」
「……となると、この子が特別なのか」
「カーリーンは魔導具の見分けがついたり、変装魔法を見破ったこともあると聞いているが……まさか、兄上の影の護衛を見破るとは……」
じいちゃんと大伯父さんは難しい顔をしながら黙り込む。
そんな中、俺にバレてしまって申し訳なさそうにしている男性を見て、言ってしまったことを逆に申し訳なく思いながら、次に言われる言葉を待った。
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