148.じいちゃん?
書斎はリビングがある場所から、エントランスを通って反対側にある。
そのエントランスを横切ろうとしたときに、少し急いでいる様子のメイドさんとすれ違った。
軽く会釈された程度で、俺が1人で歩いていても話しかけてこなかったので、何か用事があるのだろう。
――普通なら気にかけそうなものだけど、もう何回か来てるから俺の扱いになれたのかなぁ……。
そんなことを考えながら歩いて行き、書斎の前に着いた。
いくらじいちゃんの家とはいえ、いきなり書斎のドアを開けるのは失礼なのでノックをするが、返事がない。
――あれ……? ばあちゃんはここにいるって言ってたけど……ノックが弱くて聞こえなかったのかな?
そう思ったのでさっきより少し強めにノックしながら、声を掛けることにした。
「じいちゃーん。カーリーンだけど、いる~?」
「……あぁ、いるぞ。入っておいで」
やはりさっきは聞こえていなかっただけのようで、今度はちゃんと返事があったので中に入る。
書斎の窓際に置いてある執務机ではなく、ソファーの方に座っているじいちゃんの前には、何かの書類が置いてあった。
――多分今日の飼育場関係のやつかな?
そう思ってじいちゃんの方を見ると、なぜか少し驚いたように一瞬目を見開き、咳払いをして用件を聞いてきた。
「……それで、どうしたんだ?」
「あ、えっと、アリーシアさんはまだ準備してるから、先に姉さんのドレス姿をお披露目に来たよ」
――あれ? そもそも俺が来てるって時点で、用件なんて予想がつきそうなもんだけど……。
「そうか。もう少しだけ書類に目を通さないといけないから……まぁ座りなさい」
じいちゃんがにこやかな表情でそう言うので、「う、うん」と返事をして対面に座る。
本当にすこしだけ作業をする予定だったようで、この部屋にはメイドさんもおらず、じいちゃんがお茶を用意してくれる。
よく見てみるとポットは魔道具のようで、多分保温効果や、再度お湯を沸かす効果があるものだと推測する。
「そのポットも魔道具なんだね? 保温する感じ?」
気になったのでいつものように気軽にそう聞いたのだが、じいちゃんは再び驚いた表情になる。
「あ、あぁ。そうだ。さっき持ってきてもらったばかりだからな。この効果もあるから、冷めていることはないぞ」
そう言ってカップを目の前に置いてくれるのでお礼を言う。
――うーん? 前は結構驚いてたけど、最近のじいちゃんなら嬉しそうに笑うと思ってたんだけどなぁ……まさか、じいちゃんじゃないってことはないよな!?
そう思った俺は、変装魔法などを見分けられるように、気づかれない程度に凝視する。
しかし、とくにそれらしい魔力の痕跡は見つけることが出来なかったので、"そんなわけないよな"と思いなおし、気づかれないうちに視線を逸らす。
その視線の先、部屋の角で何かの魔力が一瞬見えた。
――え!? あそこには魔道具とか置物を置く場所もないし、魔力が見えるとは思えないんだけど!? 大きさも人くらいだったし、まさか隠れてる何者かがいる!?
もし本当に人だった場合、そっちにバレるのはもっとマズイと思い、直接見ないようにしながらも気にかけていると、再びユラリと少しこっちに動いてくる魔力が見えた。
「じ、じいちゃん! ちょっといい!?」
万が一悪意のある者だった場合俺だけだとどうしようもないが、こうやってアクションを起こすことで少しは変わると信じてじいちゃんの手を引く。
「ど、どうしたのだ!?」
隠れてる何者かに勘付かれないようなうまい言い訳を思いつく余裕がないほど焦っていた俺は、そのままじいちゃんをローテーブルの反対側まで引っ張っていく。
――ど、どうしよう、大声を出すか!? いや、よく考えたらここはじいちゃんちだし、警備はしっかりしてるだろうからさすがに悪者ではないか? そういう隠密系の護衛の人とかもいるだろうし……。
そう考えながらも一応部屋の角を確認しつつ、それを気取られないようにワゴンの方へじいちゃんを連れていく。
「ね、ねぇ、じいちゃん、この部屋ってさぁ……」
仮に隠れているのが悪者だったとしても、この距離であればじいちゃんに報告すればどうにかなると思った俺は、直接聞いてみようとする。
しかし、そうやって考える余裕もできたからか、引っ張っているじいちゃんの手に対して違和感を覚えた。
――え、あれ……? じいちゃんの手ってこんな柔らかかったっけ……これでも母さんたちと比べると、硬いは硬いんだけど……。
じいちゃんは今でも剣の稽古や実戦に参加していることもあって、手の皮が厚く硬い。
ここ数日間でも何回か手を握ることもあり、再度その硬さに驚かされていたため俺の記憶違いではなく、皮の厚さなんて急に変わるようなものではない。
そのことに気がついた俺は、一気に嫌な汗が噴き出るのを感じつつ、じいちゃんの手を離す。
「うん? どうしたのだ?」
その声はじいちゃんと同じに聞こえ、不思議そうにしている表情もじいちゃんと見分けがつかない。
「……だ、だれ?」
「ふははは、何を言っておる。おまえの祖父じゃないか」
そう言って笑う顔にも、変装や幻術魔法らしき痕跡は見つけられない。
――この人はじいちゃんじゃないみたいだし、部屋の角には何かいるし、どうなってるんだ!? こ、ここはとりあえず部屋から出た方がいいか? 幸いワゴンに寄ったからドアはすぐそこだし……い、いざとなればドラードが言ってたように、足元を凍らせて時間を稼げば……。
「そ、そうだよねぇ、あははは……え、えぇっとねぇ……」
ゆっくりとドアに近づきつつ、刺激しないように気をつけながら返事をする。
ドアを開けて脱出しようにも、まだ身体の小さい俺はノブを回して開けることも時間がかかるので、本当にギリギリまで近づこうとするが、じいちゃんの姿をした人物も不思議そうな顔をしながら近づいてくる。
「うん? どうしたというのだ?」
「あ、いや、ちょっとばあちゃんに言われてた用事を思い出して……」
「ヘリシアに? ふむ……まぁそれはあとで私から事情を話すから、もう少し話をしようじゃないか」
ばあちゃんの名前を出せば抜け出せるかもと思ったが、逆に退路を断たれてしまった。
何か他に手段はないかと考えていると、部屋の角にいた何者かがドアの方へ動くのを感じた。
――まずい! この2人はグルか!? ドアを開かなくされる!? いや、普通に捕まる!?
「フ、【フリーズ】!!」
焦った俺は、ドアの前から見えない何者かの足元に向けて氷魔法を放ち、凍らせる。
「な!?」
――思ったより凍ってないから滑るとかはないかもしれないけど、威嚇にはなったみたいだし、この隙に脱出を!
そう思った俺は急いでドアを開き、廊下に飛び出る。
すると、すぐに何かにぶつかって尻もちをついてしまった。
――外にもいたのか!?
そう思って焦って顔をあげると、ぶつかった人はじいちゃんで、心配そうに俺の両脇に手を入れ抱き上げてくれる。
「だ、大丈夫か?」
その手は先日触ったときと同じで非常に硬く、腕も鍛え上げられていてすごく硬いのが分かり、本物だと確信する。
「それで、カーリーンが来ているということは……私を呼びに来てくれたのか」
じいちゃんは俺が来ている理由を察して嬉しそうに言うが、俺は状況を早く伝えたくてワタワタしてしまう。
「へ、へや! へやに! 部屋に知らない人がいる!」
「ん? へや? 部屋というのはこの書斎か?」
じいちゃんは俺の言葉を聞いて、怪訝そうに書斎のドアをみつめつつゆっくりと近寄っていった。
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