137.言い訳
ドラードが探していた食材は、割とすぐに見つけることができた。
そのまま散策しようと思えば、結構な時間ブラブラできたと思うのだが、先ほどのドラードの言葉を思い出したので、ほどほどにして早めにじいちゃんのところへ向かうことにした。
――長くなればなるほど不機嫌になるだろうしな……ちゃんとお土産も買ったし、ドラードとシャーベットを作って渡せば、機嫌も直るだろう……。
雑談しながら馬車に揺られて貴族街へ戻り、ナルメラド家の門の中に入ったところでそんなことを考える。
しかし俺をナルメラド家の玄関先まで送り届けると、ドラードは帰ろうとしていた。
「え、帰るの?」
「そりゃあ、オレはオルティエンの料理人だしな」
――たしかにちゃんとした護衛ならともかく、ドラードは料理人だったな……保護者として一緒にいたけど、じいちゃんちで一緒にいる必要はないもんな……。
「買った食材をアミンに届けてやんないといけないしな。それにナルメラドの騎士団のやつもいるから、何もおきないだろうよ」
ドラードはそう言いながら門へ続く道をチラッと見たので、玄関先に来るまでにすれ違った鎧姿の人を思い出す。
「……それはそうだけどさ……」
「まぁ何か起きるとすれば、2人のお嬢関係でカー坊が何かやらかすくらいだろ」
「……いやな予想するのやめてくれる?」
「ははっ。まぁ最初の言い訳くらいは手伝ってやるかぁ」
「え?」
そう話をしていると玄関が開き、姉さんとアリーシアが出てきた。
「ようやく来たのね」
「待ってたわ!」
何か言いたげな表情の姉さんと違って、アリーシアは本当にうれしそうな顔をしている。
「カーリーンったら、私にも内緒で出かけちゃうんだもん」
「いや、これは"お使いの練習"だったし、母さんたちから聞いたんじゃないの?」
「聞いたけど、王都での買い物は私もまだ出たことないのにズルいわ。それに行くならカーリーンと行きたかったのに……」
「でも姉さんは、アリーシアさんと買い物に行く約束があるでしょ? その時に案内してもらうんじゃなかったの?」
アリーシアがオルティエンに来た際に約束していたことを思い出し、それならアリーシアと出かけた方が楽しめるだろうと思って、そう聞いてみる。
「エルと買い物に行く時にカーリーン君も誘って、一緒に案内してあげたかった……」
「きょ、今日は貴族街から近い市場にしか行ってないよ!? あそこは食べ物とかが多いから、アリーシアさんが言ってた雑貨屋とかは別の場所だろうし、そっちも楽しみだなぁ!」
しょんぼりとしてしまったアリーシアを宥めるためにそう言うと、「うん! 楽しみにしててね!」と再び笑顔になる。
「まぁまぁ、今回はカー坊のお使いもあったが、オレの買い物もあったんだから許してやってくれ。カー坊がいたからすぐに見つけられたしな」
実際はドラードが見つけたのだが、2人の機嫌を取るためにそういうことにしてくれるようだ。
「別に怒ってはいないわよ……? 一緒に行きたかったなぁって思っただけで……」
「それに、お使いのもの以外にもお土産も買ってきてるから、あとでカー坊に用意してもらえばいいぞ」
「それは楽しみね!」
すでに機嫌が直っていたアリーシアがそう言ったことでお土産が気になったらしく、姉さんも拗ねている様子ではなくなった。
「ドラードは手伝ってくれたりしない?」
「そこはほら、カー坊が準備した方が喜ばれるだろ。目の前で準備してやれ」
――たしかにその方が効果的かもしれないけど……まぁうちならともかく、ここの厨房で氷魔法を使うくらいなら、俺が氷魔法を使えるのを知ってるみんなの前で用意した方が騒がれなくてすむか……。
そう思って「分かったよ」と返事をして少し話をしたあと、ドラードは「じゃあな」と軽く言って帰っていった。
「それじゃあ、リビングに行きましょう? みんなそこにいるわ」
アリーシアがそう言って手を差し出してくるのでそれを握ると、反対側の手を姉さんにつかまれる。
「あ! ドラードが持ってきたお土産と、人数分のコップとスプーンを持ってきてください!」
2人に引っ張られるようにして屋敷の中へ入りつつ、玄関先に来ていたメイドさんにそう告げると、少し不思議そうな顔をしたあと「かしこまりました」と言って、廊下の途中で別れた。
――まぁ"お土産として買ってきた"と渡されたのはジュースなのに、スプーンまで頼んだら不思議に思われるよな……。
案内役としてアリーシアがいるので3人だけでリビングに向かうと、じいちゃんばあちゃんとイリスが話をしている近くで、兄さんは相変わらず本を読んでいた。
この屋敷は正確にはアリーシアの父であるジルネストの屋敷で、じいちゃんたちの屋敷は隣にあるのだが、ジルネストが不在のときやじいちゃんたちが暇なときなどは、今日のようにこちらで過ごしているようで、アリーシアもさみしい思いはしていないらしい。
「カーリーン君、いらっしゃい」
部屋に入るとイリスにそう言われるので、「おじゃまします」と言って空いている席に座ると、両サイドに姉さんとアリーシアがそのまま座る。
「町はどうだった?」
「人が凄く多かった……」
「ふはは、時間と場所を考えるとそうだろうなぁ」
行先などは母さんから聞いていたのか、じいちゃんは俺の答えを聞いて笑いながらそう言う。
「あと、広場でご飯を食べたんだけど、色々選べて楽しかった」
「あそこの料理は、どこを選んでも美味しいものねぇ」
ばあちゃんもそういう場所で食べることはあるようで、「また今度いきましょう?」とじいちゃんに声をかけている。
――母さんならともかく、普通に貴族として生活してそうなばあちゃんも、ああいう場所で食べるんだなぁ。冒険者とかもくる場所だし少し意外かも。
貴族も来ることがあるとは聞いていたが、ばあちゃんのような高位貴族の人はさすがに来ないだろうと考えていたので、ばあちゃんの言葉を聞いてそう思う。
そのあとも町で何を見たのかなどを聞かれるので、ドラードに抱かれて移動したことや、茶葉屋で女の子だと間違われたことなどを少しだけ話した。
――レオナさんたちの話まですると、また姉さんたちが拗ねそうだからなぁ……買い物をした話も結構かいつまんで話してるけど……。
それでも姉さんは「いいなぁ」と言いたそうな表情で度々見てくるので、俺の話は早々に終わらせて姉さんたちが何をしていたかという話に移した。
今日は剣の稽古ができなかった姉さんだが、さすがに剣を習っていないアリーシアを誘ったり、放っておいて兄さんと稽古をするようなことはせず、普通に話をして過ごしていたらしい。
魔法は姉さんも習っているので、途中で魔法の練習をしないかという話になったが、それは俺が来てから一緒にやろうという提案にアリーシアが乗ったらしく、それで俺が来るのを楽しみにしていたのかもしれないなと思った。
――まぁ姉さんはあんまり魔法の稽古が好きじゃないからなぁ……やらないことはないけど、剣の稽古がなかったのに魔法だけ練習はしないだろうし、その場しのぎで提案したんだろうなぁ。まぁ母さんたちが帰ってくるまで自由時間だから、少しはやることになりそうだけど……。
話を聞きながらそんなことを思っていると、ドアがノックされてメイドさんがワゴンを押して入ってきた。
ワゴンには俺が頼んだ通り、お土産として買ってきたブドウジュースの瓶と、人数分のコップとスプーンが乗っており、メイドさんがそのままそれぞれの前に置いて準備をしてくれた。
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