130.茶葉屋さん
貼られてある紙を確認しながら回ったのだが、母さんに頼まれた銘柄を見つけることができず、見落としたのかと思ってメモを確認したうえでもう一周してもらうが、やはり見つけることができなかった。
「すみません、ちょっといいですか?」
置いてないのかなと思いつつも、一応店員さんに銘柄を伝えて、話を聞くことにした。
「申し訳ございません、こちらは棚に置いていないんです。カウンターまでどうぞ」
店員さんにそう言われて一緒にカウンターまで向かうと、カウンターに座っていたもう1人の店員さんに事情を説明してくれる。
「あぁ、こちらはですね、高級な茶葉を使っておりますので、注文されて作っているのですよ。どれくらいの量でお作りしましょう?」
事情を聞いた年配の店員さんは、微笑みながらそう聞いてくる。
――親子で経営してるのかな? もしくはお孫さんかな。
髪色が同じで、顔つきもどことなく似ているのでそう思う。
――見た目で年齢は分からないけど、多分親族なんだろうな。それよりも……。
「えぇーと……値段ってどれくらいになる?」
今はそんなことより、預かったお金で足りるかの確認をしなければならない。
「そうですね。あの棚の茶葉のちょうど3倍になります」
初めてのお客に対して、どれほど高級茶葉なのかを伝えるためか、棚に並んである普通の茶葉と比べるように教えてくる。
俺は店員さんが指した棚の値段を確認したあと、ポケットから小袋を出して中身を見て、ざっくりと計算をした。
「……それじゃあ2袋おねがいします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
持たされた金額で買える量を注文すると、店員さんは微笑んで準備を始める。
奥で用意するのかと思っていたがこのカウンターでやるようで、後ろにある容器ではなく、その隣にある戸棚から別の茶葉を取り出した。
――高い茶葉ってだけあって、目に付かない所に保管してあったのか。それに他の茶葉と比べると容器も小さいけど、小分けしてるだけなのかな?
そんなことを思いながら見ていると、ドラードが話しかけてくる。
「2袋でよかったのか?」
「あの棚の3倍くらいだと、持たされたお金だと2袋でギリギリだもん」
「ちゃんと計算してたんだな……3歳でそんなに早く計算ができるとは思ってなかったわ……」
俺が適当に言ったわけではなく、ちゃんと計算していたことにドラードは驚いている。
「え、まだ3歳だったんですか!? 受け答えがしっかりしているので、もうちょっと上で小柄なだけかと……まさか見た目通りだったなんて……」
ドラードの言葉を聞いて、今度は茶葉の用意をしてくれている店員さんまで驚いて声を上げる。
「う、うん。うちには兄と姉がいて、一緒に勉強してるから、それを聞いて覚えたんだよ」
「なるほど……賢いのですねぇ」
「というか、貨幣のことも習ってたんだな」
「うん。ほら、10枚で次の硬貨に上がるから覚えやすかったし」
この世界の貨幣は、銅貨、鉄貨、大鉄貨、銀貨、金貨、大金貨と上がっていき、鉄と金だけ2回りほど大きい貨幣があるが、10枚で次の貨幣と同じ扱いなので、計算はしやすい。
――正確には大金貨の上に白金貨とか聖金貨とかあるみたいだけど、さすがに見ることはないだろうなぁ。
「ほぉ~、流石だなぁ」
「というか、お金のこと習ってなかったら、お使いとかさせないでしょ……」
「いや? たしかエル嬢の時はまだ貨幣は習ってなかったはずだぞ。ちゃんと目的の店にたどり着けるか、頼んだものを注文できるか、っていう内容だったはずだからな。値段は店員に聞けば"銀貨何枚と銅貨何枚"みたいに教えてくれるから、そこまで貨幣の計算ができなくてもいいからなぁ」
――たしかにそうか……今回の場合は、棚の値段で言われたから計算が必要だったけど、直接金額を聞くならそうなるか……こういうしっかりしてそうな店とかだと、ぼったくられることもないだろうしなぁ。
「まぁオレが言いたかったのは金が足りるのかって意味じゃなく、余った分は"市場で買い物をする用の小遣いじゃなかったのか"って思って聞いただけなんだが」
「このお茶は母さんと一緒に俺も飲む時もあるから、自分の分もあると思えば……何かあったらドラードに買ってもらう」
「さすがにそこまでは考えつかなかったか。まぁいいけどよ」
ドラードはそう言って笑いながらなでてくる。
俺たちが話している間も、店員さんは茶葉の用意をしてくれているので、静かにそれを眺め始める。
店員さんが高そうな茶葉の入った瓶の蓋を開けると、フワリと甘い香りが漂ってくる。
――そういえば、この間お茶を飲んでた時に、もう少し甘い香りにしようかとか悩んでたっけ。
一緒にお茶を飲んでいた時に、母さんがポツリと呟いていたことを思い出す。
「すみません、その甘い香りの茶葉を少し多めにしてもらえませんか?」
雑談ではなく注文なので丁寧な言葉遣いでそう言うと、店員さんは不思議そうな顔をして聞き返してくる。
「それは構いませんが……先ほどのお話が耳に入っていたのですが、お使いとして来たのに、味を変えても大丈夫でしょうか?」
「うん。母さんがもう少し甘い香りにしようか悩んでたから、試しに作ってもらおうかなぁと。あ、でも値段が変わっちゃうか……」
「ふふふ。お母さん思いですねぇ。分かりました、お試しであれば、一袋は普通のにしましょう。もう一袋はこの茶葉を多めに入れますが、先ほどちゃんと計算できていたご褒美として、値段はそのままでいいですよ」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと、ニコリと笑って作業を再開した。
ドラードに抱かれたままなのでその作業もよく見ることができ、しばらく見ていると袋に茶葉を詰め終わった。
「こちらが普通の分で、こちらが注文通りの分になります。どれくらい多めに入れたかなどを書いたメモも貼っておりますので、気に入られたようであれば、このメモを持ってお越しください」
「ありがとうございます。これ代金です」
「はい、たしかにちょうどですね。ちゃんと計算できて偉いわね、お嬢ちゃん」
店員さんは微笑みながらそう言って、商品を渡してくる。
俺は少し苦笑しながらそれを受け取り、お礼を言って店を出た。
「お嬢ちゃんねぇ」
「まぁ店ではドラードも"カー坊"って言わなかったし、俺も男の子っぽい発言はそこまでしなかったし……」
「カー坊が訂正しないから、オレから言うのもなんだと思って黙ってたが」
「今回は別にいいよ。また来ることがあれば、そのうち分かってもらえると思うし。それにこれから店を見て回るのが楽しみだから、早く行きたいからね!」
「はは、そうかそうか」
そう言って笑いながら、店の前で待っていた馬車に乗り込む。
「市場の方に行ってくれ」
ドラードが御者さんにそう言うと、馬車が進み始める。
「露店とかを見て回るの?」
「あぁ、昨日はちょっと離れたところの店を回ったからな。こっちにもあるって聞いたから、こっちも見ておこうかとな」
「やっぱりこれだけ広いと、あちこちにあるんだねぇ」
「まぁなぁ。特にこれから行く場所は、貴族街にも近いから値段はそこそこするらしいが、その分品質が良いものが多いらしい」
「そうだろうね。今の俺みたいに貴族の人が直接買い物に来ることもあるだろうから、下手にごまかしてるものとかもないだろうし、買い物するのも安心できそう」
「まぁそれだけのリスクを冒してでも詐欺まがいの商売をしてるものもいるがな。よっぽどの実害がなきゃ逃げられて終わりって場合もあるし……っとまだカー坊には早いな。今日行く場所は食材がメインだからそういうことはないだろうし、楽しもうぜ?」
――胡散臭い壺とか宝石とかの詐欺はやっぱりあるのかな……食材の方だとあったとしても差額はそこまでじゃないだろうけど、一応気をつけないとなぁ。まぁドラードもいるから大丈夫か。
そう思いながら、ドラードの言う通り楽しみにしながら市場へ向かった。
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