13.魔力と気力
母さんはロレイナートが戻ってくると、羽織っていた上着を脱いで木剣を受け取る。受け取った木剣は子供用のではなく、父さんが使うサイズの木剣だった。
大柄な父さんに対して、リデーナやほかの使用人と比べても若干小柄な母さんがソレをもつと、かなり大きく見える。
「それじゃあ見ててね。まずは普通に振ってみるわ」
そう言うと両手で持ち上げてしっかりと振るが、勢いを付けすぎたためか地面ギリギリまで止めることができなかったようだ。
――それでもあの木剣をあんなふうに振れるんだから、この世界は見た目で力を判断したらだめだな……"普通に振ってみる"っていうことは魔法は使ってないはずなのに、あの細腕で振って止められると思ってなかった……
「それでさっき言ってた魔法をかけるわね。【身体強化魔法】」
左手を胸に軽く当ててそう唱える。じっと見ていた俺は母さんの腕から何かが放出され、体を覆ったように見えた。
――あれが魔力なのかな……? 集中して凝視してると確認できるみたいだけど、普段は全く見えないし感じられないや。まぁ常時見えてると邪魔そうだしいいんだけど。
魔法をかけた母さんは片手で木剣を振り上げた後、両手で持っていた時とは比べ物にならない速さで振りおろし、ピタっと切っ先が父さんに向く状態で止めた。
「おーーあーーー!」
「おかーさんすごい!」
「は、速い……」
「ね? 私でもこれだけ振れるようになるのよ?」
「う、うぅ……でもべんきょう……」
魔法の効果を目の当たりにした姉さんは揺らいでいるが、それでも勉強は苦手なようで上がっていたテンションが下がる。
「そうだなぁ……エル、ちょっと見てみろ」
「うん?」
そう言うと父さんが剣を左脇に構えて、右に振りぬく。
「どうみえる?」
「え、え? は、はやかった」
「それじゃあこれはどうだ?」
父さんが再度同じ構えをとって少し止まった後、振りぬいたらしい。
"らしい"というのもその軌道が全く見えなかったから、前後の姿勢での憶測でしかないが。
――え……いつ振った!? コマ送り画像を待機状態のコマから振りぬいたコマまで飛ばしたような感覚だ……まったく見えなかった……しかも母さんの時みたいに魔力の流れのようなものも見えなかったし。
「「え!?」」
それは兄さんと姉さんも同じような感覚だったようで、目を見開いて驚いていた。
「今のはどうだ?」
「み、みえませんでした」
「すごい! それも魔法!?」
「いや今のは魔法じゃなくて"気力"を使った【身体強化】だ」
「気力……」
「魔法と同じく体内にあるエネルギーを使って身体能力を向上させるんだが、こっちは呪文や魔力操作ほどややこしく考えなくても使える」
「えぇっと……?」
「あー……要するにやる気と気力の流れさえつかめば、魔法より簡単ってことだ」
「もう、あなた大雑把すぎよ?」
「エルに伝えるならこれくらいだろ?」
「そうねぇ。エル、気力のほうも魔力と同じで体内のエネルギーを感じる練習はしなくちゃいけないの。それに魔力が充分あるとわかってるから魔法の方は練習次第で使えるけれど、気力の方はセンスとかも必要なのよ」
「おかーさんはつかえないの?」
「えぇ、私はまともに使えないわ。だから魔法の方を勧めたのよ」
――魔法のほかに気力というものもあるのか……母さんは使えないと言っているが、通常状態であの木剣を振っていたのは無意識に多少は使っているのかもしれないなぁ……それならこの世界の人が見た目以上に力強いのは納得できるし。まぁ魔力と違って感じ取れないからはっきりとは分からないけど。
「ライにはそろそろ教えるつもりだったんだが、せっかくだからエルも一緒に気力の鍛錬もしてみるか?」
「べ、べんきょうじゃないなら……」
「本当に嫌なのねぇ勉強……」
母さんはため息交じりだが、優しく微笑んで頭を撫でてあげた。
「せめて読み書きと簡単な計算くらいはできるようになってほしいわ」
「よ、よみかきはがんばる!」
姉さんは振り返ってちゃんと顔を見て言っていたし、最低限の勉強はするだろうと母さんは安心した表情を浮かべた。
「それじゃあ気力の鍛錬をするか。といっても最初は感じ取れるようになるようにだから、座ったままでいいぞ」
「はい」
「うん!」
「それじゃあ目をつむって、体内にある気力を感じ取るんだ。実のところここが一番難しかったりする」
父さんがそう説明している間にも子供達は目をつむって何かを感じ取ろうとしている。
――せっかくだし、俺もやってみるか。魔法の練習は小さいころからやった方がいいみたいだから、早めに魔力も感じ取れるようになりたいんだけど……
そう思って目をつむって体内に意識を向けると、ぼんやりだが温かい塊のようなものが感じ取れた。
――んー……これなのか? 勘違いか?
そう思いつつ"魔力よ動け"と念じると、塊が分裂したように2つに分かれて片方が動き出す。
――お? おぉ!? 勘違いじゃなければ動いたのが魔力で、動いてないのが気力か!?
「どうだ? 何か感じるか?」
「なんとなくは……」
「ひとつしかないよ?」
兄さんも姉さんもぼんやりと感じ取れてはいるらしい。
「本当か!? 2人とも天才だ! 普通ならどっちかを感じ取るだけでも相当時間がかかるぞ!」
そう言って嬉しさのあまりいつもより力強い撫で方をされているが、2人とも嬉しそうにしている。
「カレア!」
「えぇ。それじゃあ2人の中の魔力を動かすから、ちゃんと意識しててね? 動いていたら魔力で、そうじゃないなら気力だから」
リデーナに抱かれたままの俺はその様子を凝視していると、母さんの手から魔力が流れて2人の中へと入っていくのがわかった。
「う、うごいた。こっちが魔力なんですね!」
「ちいさいのがうごいた?」
――姉さんが小さいって言っていたのはまだうまく感じ取れていないからなのだろうか……それとも気力がそれほどでかく感じ取れているのだろうか……あの活発な感じとやる気を考えると後者な気がするが。
「2人とも上出来よ! 両方感じ取れたのね!」
父さんに続いて母さんも後ろから2人を抱き寄せて喜んでいる。
「あとは今動いた魔力を自分で動かせるようにする練習だな。そうすれば必然的に気力の方もわかりやすくなるし、気力を使った技を使うときにも役に立つだろう」
「ふふ。まさかすぐに分かるようになるなんてね」
「あぁ。これならライにはもっと早く教えてもよかったかもなぁ」
「何言ってるの。元の力があってこそ一気に伸びるんだから、今までの稽古も無駄ではないわ。それを言うならもっと早く魔法の勉強もさせたかったわ」
「俺ばかり教えるものだから最初は不機嫌だったもんなぁ……」
「そ、そんなことないわよ! ……まぁライもエルもあの本に感化されて剣から始めるようになったから仕方ないわ。急に剣も魔法もなんて大変と思っていたけれど、こんなにすぐ認識できる素質があるなら、少しずつでもやっておいた方がよかったのかなとね」
「まぁ今は子供たちの成長と才能を喜ぼうじゃないか。それにまだカーリーンがいるんだぞ?」
「それもそうね。2人ともすごいわ。カーリーンに期待を押し付けるのは嫌だけど、魔法は頑張ってほしいわ」
「これからは2人にも教えることができるんだぞ?」
「それでもよ」
「カーリーン様は色々と奥様に似ていらっしゃるし、魔法の素質がある可能性が非常に高いので大丈夫かと」
「そうなのか」
「えぇ、だから今から教えるのが楽しみだわ」
そう言うと両親はリデーナに抱かれている俺を見てほほ笑んだ。
――リデーナのピアスの件で魔法使いの素質を感じ取られてるみたいだし、俺自身それに関しては全力で学びたいから嬉しいことだ。
俺はそう思いながら「あーえーお」と言いつつ両手を上げて意気込んだ。
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