12.朝稽古
父さんたちが稽古の前の軽食を食べるので一緒にリビングで座っていると、兄さんも着替えが終わってリデーナと部屋に入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。ライ」
「おはよう。ふふ、髪がまだ跳ねてるわよ」
「タオルを濡らしてきます」
リデーナはそういうと退室し、兄さんは跳ねている個所を手で押さえたりして直そうとしていた。
まじめな印象の兄さんだが、朝は弱いようだ。
「エルはちゃんと起きられたんだね」
「うん! おとーさんたちとねたから!」
「なるほどね」
「ライはもう来なくなったが、エルは頻繁にきてるからな」
「だめなの……?」
「そんなことないわよ。1人で寝起きする練習のために部屋を与えているけれど、練習は練習だからね。一緒に寝たくなったらいつでもいらっしゃい? もちろんライもよ」
「そうだぞ、いつでもおいで」
「うん!」
「わ、わかりました」
子どもたちには幼いころから部屋を与えて、いろいろと練習をさせているようだ。
兄さんは俺が生まれる少し前からずっと1人で寝るようになったらしいが、両親にそういわれて嬉しそうに微笑んでいる。
少し話をしているとドアが開き、リデーナとロレイナートがワゴンを押して入ってきた。
リデーナは濡れたタオルで兄さんの寝癖を直そうとしていたが、自分でやるといわれて配膳の手伝いをしている。
稽古の後ちゃんとした朝食もあるため、軽食の内容は小さ目なパンと少量のサラダのようだった。
母さんが稽古を見学すると言ったのは急なことだったが、ちゃんと母さんの分は用意されていた。俺の離乳食はまだできていないようだが。
量も多くはないためすぐにみんな食べ終わり、そのころには外が徐々に明るくなってきていた。
稽古をする父さんたちはロレイナートと準備をしにエントランスの方へと向かったが、母さんと俺はリビングに残って俺のご飯の時間だった。
恥ずかしさがなくなる気配はないが、抵抗することはやめて心を無にしてご飯をすませた後、リビングから直接出られるテラスへと出た。
布を巻いて格納できる形式の屋根も取り付けてあるようだが、早朝のためか今は格納されている。
テラスにあった机にリデーナがお茶を置いてくれると、父さんたちが外から回ってきた。
兄さんは丈夫そうな革で作られた胸当てなどの軽装を身に着けており、その手には片手で振れるほどの木剣が握られていた。
父さんと姉さんは防具はつけていないが、同じようにそれぞれの体格で片手で扱えるサイズの木剣を持っている。姉さんが持っているのは兄さんのおさがりなのか、身体と比較すると大きいが。
「よーし、それじゃあ準備運動をして少し走るぞー」
「はい」
「はーい!」
父さんがそう言うと、木剣を置いて軽く走り始めた。
ここから見える塀まで運動場並みの距離があるが、その塀まで往復してくるようだ。
――あの塀までがうちの敷地なんだろうけど広いなぁ、屋敷も広かったけど。庭と言っていいのか悩むほど特に何もないが広い……
父さんは姉さんのペースに合わせて小走りし、兄さんにはいつもの執事服を着たままのロレイナートが付いて走っていた。
兄さんはもう6歳になるので普通に走れている。姉さんはまだ3歳だからそこまで走れないだろうと思っていたのだが、きれいに腕を振って走れている。
――姉さんも運動神経よさそうだなぁ……屋敷で見た時は見た目の幼さからトテトテって擬音が似合いそうな感じだったんだけど、外でちゃんと走ってるのを見ると印象が変わる。
そのまま兄さんは4往復、姉さんは半分の2往復を終えると息が整うまで待ってから筋トレを始めた。
走る速度は仕方なかったと思うが、筋トレに関しては姉さんは兄さんと同じ量をやり遂げ、さらには「つぎは?」と元気だ。
「はっはっは。エルは元気だなぁ。ライもあれだけ走ってほとんど疲れてなかったし、成長してるな」
ワシワシと2人を撫でつつニカっと笑うと、置いてあった木剣をそれぞれに手渡した。
「んじゃあ素振りをするぞー。エルはまだ体格に合ったものが用意できてないから少し大きいが、今度ちゃんとしたものを作ってやるからな」
「うん! だいじょーぶ!」
姉さんはそう言うと木剣を両手でしっかりと握って持ち上げた。
「まずは両手で基本的な素振りをして慣らしていくぞ」
そう言うと父さんは2人の前で素振りを始めて、それを見つつ素振りをしていく。
兄さんはこの稽古を続けているため問題なくできているが、姉さんは初参加なためロレイナートに教わりながら振っていた。
「よし、ライは片手での素振りの練習だな。エルはその木剣じゃ無理だろうから、そのままでいいぞ」
「はい」
「わかったー!」
片手での練習をするのは、本にも書いてあった父さんの"盾と片手剣での戦闘スタイル"のためだろう。
――盾は利き手に持つ方がいいって見た気がするんだけど、父さんは利き手の右に剣を持つんだなぁ。まぁあの見た目性格からして攻撃重視なのかもしれないし、左手の盾も鈍器としてうまく使えるから問題ないのかな? それに対人と対モンスターでは対処も変わってくるか。
そのあたりの話はもうちょっと成長してから本人から聞こうと決めて、稽古の様子を眺めつつ母さんとリデーナの話を聞いていた。
「ふふ。エルは本当に元気ね」
「えぇ。稽古を始めるのはもう少し先になると思っていましたが」
「剣の稽古を始めたのなら、魔法も教えてあげなくちゃね」
「そうですね。ですが大人しく学んでくれるでしょうか……」
「あの子勉強は苦手みたいだからねぇ……身体を動かす方が大好きな事自体はいいんだけれど」
「それでも普段の勉強は、ちゃんと座って聞いているだけましかと思います。奥様は何度逃げたことか……」
「……エルには【身体強化魔法】を餌にして頑張ってもらいましょう」
「餌にとは……まぁあの様子でしたら効果はありそうですが……」
――母さんは勉強が苦手だったのか。よく神様に魔法のエキスパートと言われるほどにまでなれたな……魔法使いは頭脳派ってイメージだったんだけど違うようだ……いや、座学が苦手なだけで実戦を積み重ねるタイプだっただけか? そうなるとある意味似たもの夫婦って感じなんだな。
「よーし、ちょっと休憩だ」
父さんがそう言うとリデーナとロレイナートが3人に水の入ったコップとタオルを渡した。父さんは汗もかいていないので、正確には兄さん姉さんにだけタオルは渡された。
「どうだ? エル」
「たのしー!」
「ふふ、身体を動かすのが好きだものね。ライも前に見た時より速くなってるし、強くなってるわね」
「あ、ありがとうございます」
兄さんは照れくさそうに言いながら、大げさに汗を拭いてタオルで顔を隠す。
俺が生まれてからはしばらく稽古の様子を見られていなかったようなので、張り切っていたのかもしれない。
「エル、そろそろ魔法の勉強も始める?」
「べ、べんきょう……」
姉さんは唐突に母さんに勉強の誘いをされて、若干嫌そうな顔になる。
「まぁまだ無理にとは言わないけれど、剣の稽古も始めたならそろそろこっちも始めてもいい頃なのよねぇ」
「う、うぅ……」
「ま、まぁ朝稽古は早起きな上体力も使うし、昼寝しないともたないんじゃないか?」
「それもそうねぇ。エルはこっちの方が好きなようだしね……」
父さんが嫌そうにしている娘の援護に入ると、若干悲しそうな声を出して母さんが目を手で覆う。
「おかーさんもだいすきだもん! べんきょうもがんばる! ……たぶん……」
普段は素直に言葉にする姉さんが、最後に自信がなくなるくらいには勉強は嫌いなようだった。
――母さんの演技込みの言葉に対して"多分"って付け加えることも、素直といえば素直な言葉か……
「まぁ今日は朝早かったからやらなくてもいいけれど、お父さんの稽古を続けたいのならお母さんの勉強も習っておいて損はないわよ?」
「そーなの?」
「えぇ。魔法にもいろいろあるからね。例えば【身体強化魔法】を使えば、今日エルが使ってた木剣だってちゃんと振れるようになるわよ?」
「ほんと!?」
「えぇ、本当よ。みてみる?」
「うん!」
姉さんがそう言うと、俺をリデーナに頼んだあとロレイナートに木剣を持ってくるようにお願いしていた。
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一応書いてなかったかもしれないので、年齢を。
兄ライニクス:現6歳
姉エルティリーナ:現3歳
と3歳違いとなっております。言動が年齢相応に感じないことも多々あると思いますがご了承ください……