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115.伯爵夫妻

 ルアード伯爵の屋敷は町の真ん中付近にあり、大通りから見える町並みを眺めているとあっという間に到着した。


 やはり先ほどの門衛は俺たちの到着を伝えに来ていたらしく、門番の人は馬車を見るなり門を開けてくれたので、すんなりと敷地内に入ることができた。


 入る前から見えていた屋敷はかなり大きく、"やっぱり貴族となると、これくらいの大きさの屋敷が普通なのか"と思いながら進んでいく。


 玄関前まで行くと伯爵家の執事さんが待機しており、馬車を降りた俺たちに挨拶をしてくる。


「ようこそお越しくださりました、オルティエン様。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 そう言って扉を開けてくれるので、俺たちは執事さんについて行く。


 ――じいちゃんたちが来た時は玄関まで出迎えたけど、普通はそこまでしないか。予定より早く着いたっていうのもあるかもしれないけど……。


 エントランスやそこからつながる廊下には、彫刻や壺などの調度品は飾られていないが、その代わりに武具やキレイな風景の絵画が飾られている。


 執事さんが案内してくれたのは広々とした応接室で、その部屋にも壺などではなく武具が飾られていることから、出発前に父さんから聞いていた"伯爵は武人気質な人"というのを納得する。


 俺たちが部屋に入ると、年配のメイドさんが静かにワゴンを押して入室し、お茶の用意をしてくれる。


「しばらく、ごゆるりとおくつろぎくださいませ。何かありましたら、このものにお申し付けください」


 執事さんはそう言うと退室した。


「ふふ、久しぶりに来たけれど、相変わらずのようね」


 母さんはこの部屋に飾ってる剣などを見てそうつぶやく。


「あなたも元気そうでよかったわ」


「はい。ありがとうございます。カレアリナン様もお元気そうでなによりです」


 母さんは壁際に待機していた年配のメイドさんに微笑みながらそういうと、同じように優しい笑みを浮かべてそう返事をしている。


「母さんはここに来たこともあるの?」


「えぇ、もちろんよ。ルアード夫人とは子供の頃からのお友達だからね。そこのメイドさんはその頃から夫人のお付きのメイドだったから、彼女のこともよく知っているわ」


 ――仲が良いとは聞いてたけど母さんは元から貴族だし、そのころから夫人とは交流があったのか。馬車を降りてからどこかソワソワしてると思ってたけど、しばらく会ってなかった友達に会えるんだから、そうなっても不思議じゃないか。


 話をしているとドアがノックされ、メイドさんが対応するとリデーナが入ってきた。


「遅くなり、申し訳ありません」


「ふふ、そんなことはないわよ。それにクーリもいるからね」


「クーリさん、お久しぶりです」


「えぇ、久しぶりですね。リデーナさんは本当に昔のままね」


 年配メイドさんはクーリという名前らしく、リデーナの事情も知っているようで、微笑みながらリデーナに返事をしている。


 ――母さんとルアード夫人が子供の頃からの友達ってことは、お互いのお付きのメイドだったリデーナとクーリも、それだけ古い知り合いってことだもんな。昔から顔立ちを変える変装はしてこなかったリデーナの正体は、もちろん知ってるよな……。


 それから少しの間談笑していると再びドアがノックされ、最初に案内してくれた執事さんの声が聞こえる。


「オルティエン様、失礼いたします。旦那さまと奥さまがお越しになりました」


 そう言ってドアが開いて入ってきた男性は、父さんと同年代くらいのどっしりとした体格で、父さんとはまた違う重戦士タイプの鎧や武器が似合いそうな人だった。


 その後ろから入ってきた女性は、逆にほっそりとしたキレイなタイプで、母さんの顔を見て嬉しそうに微笑んでいるのが分かる。


「ドルス殿、今回も色々と世話になるな」


「ははは、隣の領だし、なによりフェディ殿の頼みだ。気にすることはない」


「久しぶりね、セイラ」


「えぇ、近いからすぐ手紙が届くこともあって、久しぶりという感じはしないと思ったけれど、やっぱり会うとそう思うわね」


 両親が席を立って挨拶をし始めたので、俺たちも両親に並んで立つ。


「お久しぶりです、ドルス様、セイラ様」


「あぁ、また一段とたくましくなったな」


 兄さんが挨拶をすると、ドルスは微笑みながらそう答える。


 以前王都に行った時にも寄っているので、その頃と比べて成長したことを褒められた兄さんは嬉しそうだ。


「は、はじめまして、エルティリーナです」


「うふふ、初めましてじゃないのだけれど、覚えてなくても無理はないわね」


 姉さんが緊張しながらも挨拶をすると、セイラは笑いながらそう答えたあと、俺の方を見て言葉を続ける。


「それで、あなたはカーリーン君ね? 大きくなったわねぇ」


「え、あ、はい。カーリーンです。えっと……」


「うふふ。セイラはあなたが生まれてすぐの頃に、オルティエンに来ているのよ」


「カーリーン君はもちろん、エルティリーナちゃんもまだ幼かったし、一泊だけさせてもらって朝には帰ったから、覚えてなくてもおかしくはないから安心してちょうだいね?」


 姉さんは、一度会ったことのあるはずの母さんの友達を覚えていなかったことに気まずそうにしていたが、セイラにそう言われてホッとしている。


「まぁとりあえず座ってくれ」


 ドルスがそう言うのでみんなソファーに座りなおす。


 両親と俺が同じソファーで兄姉は横の別の場所に座り、俺たちの正面に伯爵夫妻が座る並びとなった。


「予定より早い到着になって申し訳ない」


「ははは、気にするな。なんなら町に到着してから連絡が来たとしても、フェディ殿たちであれば大歓迎だ」


「それにカレアからの手紙にも書かれていたから、本当に気にすることはないわ」


 父さんが軽く頭を下げて謝ると、伯爵夫妻は穏やかに笑いながら許してくれている。


「ナルメラド家からテストも兼ねていただいた新型の馬車で来たんだが、ここまでの長距離移動をしたのは初めてでな……遅くなるのは悪いからといつも通りの時間に出発し、今回は子供たちもいるからちゃんと休憩も長めにとったつもりだったんだが、思ってた以上に速くすすんでなぁ……」


「はははは、いいことじゃないか。特に不備もないのだろう?」


「あぁ、ないどころか、揺れも少なくて快適そのものだな」


「正式に採用されて販売が始まったら、うちにも欲しいわね」


「子供たちも王都にいるから、会いに行くこともあるでしょうしね。王都に着いたらお父さまに伝えておくわ」


 母さんがそう言うと、セイラは嬉しそうに「よろしくね!」と笑顔で言っている。


「子供たちといえば、2人とも貴族科に入ったのか?」


「いや、上の方はそっちだが、下の方は騎士科に入ったな」


「2人ともってことは、ドルス様のご子息は双子なんですか?」


 父さんとドルスの会話を聞いて気になったので、邪魔にならないタイミングを見計らって会話に参加する。


「あぁ、そうだ。先王陛下と同じだな。兄が貴族科で学び、弟が騎士科で学ぶ」


「うふふ。その弟の方は、今は剣以外にも色々やってるみたいだけれどね」


 ドルスの説明のあとに続いて、母さんが可笑しそうに笑いながらそう言う。


 ――母さんは前の王様の弟とも知り合いなのかな? まぁ元公爵令嬢だしな……地位的に知り合っていてもおかしくはないか。


「さて、到着早々長話も疲れるだろうし、そろそろ風呂の用意も出来るから、ゆっくりするといい。話の続きは夕食のときにでもしよう」


 ドルスがそう言って席を立ったので、両親もその提案を受け入れる返事をして、伯爵夫妻が部屋を出るのを見送った。

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