110.道中
村にある村長の家と、町の役場のような建物の2箇所に寄り、父さんが村長と町長にそれぞれ一言程度の挨拶を済ませてくる。
建物の前まで見送りに出てくれた村長と町長にも手を振ると、2人とも微笑んで手を振り返してくれた。
南の門につくと、門で警備をしている人に今から出発することを伝えるために、少しだけ止まる。
警備は騎士団の人がやっているため、団長であるグラニトが自分の不在の間の最終指示を手短にしたあと、いよいよ町の外へと出た。
俺は森の道を広げる作業の際に来たことはあるが、それ以外で町の外に出ることはなかったので、テンションが上ってしまう。
姉さんは窓枠に手をおいて外を眺めたまま、いつもより興奮しているような声色で話をしているので、俺と同じようにテンションが上っているのだと分かる。
――兄さんは王都に行くのは2回目だし、たまに父さんの仕事について行ってたりもするから、もしかしたら港町の方にも行ったことがあるかもなぁ。
俺や姉さんと違って、落ち着いている様子の兄さんを見てそう思ったあと、俺も姉さんのように窓枠に手をかけて外を眺める。
まだ体の小さい俺は、靴を脱いで座席に膝をついて覗く体勢になっているが、両親は微笑ましく見るだけで、注意はされなかった。
――おぉ。やっぱり見晴らしがいいなぁ。
相変わらず街路灯などもなく、街道として使われている場所以外には草が生えており、まだ森までは遠いので視界を遮るものがほとんどなく、かなり遠くまで見渡せる。
「窓開けてもいい?」
まだ時期的に暑くはなく、むしろ肌寒いと思う時もあり、前世の車などと比べると気密性が良くはない馬車は外気温の影響を受けやすいが、馬車内の温度は母さんが魔法で調整しているので快適ではある。
しかし、そこまで寒くないのであれば風に当たりたいと思った俺は、両親にそう聞いて許可をもらい、窓を少し開けた。
思った通り、寒いというほどではないヒンヤリとした空気が、あまり速度の出ていない馬車内に程よく入ってくる。
「町に行くときはもう少し速かったと思うんだけど、これくらいの速さで移動するの?」
ゆっくりと流れていく風景を眺めていた姉さんが、思っていたより速度が出ていないことを不思議に思ったようで、両親の方へ振り返りながらそう聞いている。
「あぁ、今回はみんな乗っているし、荷物もかなり積んであるからなぁ。馬への負担を減らさないといけないだろう?」
「それに、これでも前の馬車と比べると速いのよ?」
「そうなのね」
姉さんはあまり両親の仕事について行かないので、馬車に乗った回数自体が俺や兄さんと比べて少なく、さらには家族みんなが乗って移動することはほとんどなかったため、町までという短距離の移動で普段使っている馬車の方が速いと思っていたようだ。
――たしかに揺れは少ないと思うけど、速度に関しては俺もあまり差を感じてないんだよな……でも、母さんもこう言ってるし、これだけの荷物を積んでいるにしては速いんだろうな。
旅の話をしていた時に聞いた、"徒歩と大差ない速度で移動する"という話を思い出しながら、再び外を眺める。
――まぁ速度自体は歩きと変わらなくても、荷物がある場合は馬車や馬のほうが楽なのは当たり前か。この世界の人だと、少しの荷物くらいなら持ってないかのような感覚で移動しそうだけど……。
馬車と並んで移動しているドラードを乗せた馬を見ながらそう思っていると、上機嫌で今にも鼻歌を歌いそうなドラードと目が合った。
「楽しそうだね」
「あぁ。そりゃあなぁ」
俺が声をかけると話しやすいように、危なくない範囲で馬車に近寄ってくる。
「結構な長旅だし、野営もするみたいだから狩りにもいけそうだもんね」
「オレをどんなヤツだと思ってるんだ……」
「あれ? 父さんたちと旅をしてたんだし、狩りとか好きじゃないの?」
「まぁ狩りは好きだが」
「なんなのさ……屋敷にいるときは料理ばかりだし、久しぶりの狩りが楽しみなんじゃないの?」
「ん? 狩り自体は結構やってるぞ?」
「え?」
ドラードは"何を言ってるんだ"という風に答えると、うしろから母さんの笑い声が聞こえる。
「うふふ。普段のお肉も結構な確率でドラードが狩ってきたものよ?」
「え、そうだったの? 厨房に行くといつもいるから、狩りも久しぶりなのかと思ってた」
「あ~、まぁ狩りに行くのは早朝とか夜がほとんどだしなぁ」
――寝ているところを狩るのか? まぁ魔法もあるから、暗さはあんまり関係ないのかもしれないけど……。
「でも、町でもお肉を買ってるよね?」
「そりゃあ、肉といっても色々あるからなぁ。オレが狩ったものを売ったり、それと交換したりもしてるぞ? いつも同じ肉ばかりじゃ飽きるだろ?」
「まぁ、それはたしかに……」
苦笑しながらそう答えると、ドラードや両親に笑われる。
「今回はある程度持ってきてるみたいだし、入らないような量を狩るなよ?」
「あぁ、狩るとしてもすぐ使い切るくらいの量に抑えるわ」
父さんがからかうようにいうと、ドラードはニッと笑いながらそう答える。
「ドラードと出かけるのは久しぶりだからねぇ……フェディも昔みたいな競い合いはやめておかないと、本当に運びきれなくなるわよ?」
「わ、分かっている」
母さんが困ったようにそう言うので、さっきまでからかう立場だった父さんが、頭を掻きながらそう答えている。
――確かに父さんとドラードなら、"どっちが多く狩れるか勝負"とかやりそうだもんなぁ……ドラードも狩りは得意みたいだし、父さんとの勝負となると総数はかなりな量になりそうだもんな……。
「狩り! 私も行きたい!」
話を聞いていた姉さんが目を輝かせてそう言う。
「ん~。それじゃあ、野営の時に一緒に行くか?」
「そうねぇ。フェディとドラードが一緒にいるでしょうから、危険はないものね」
――さりげなく"一緒に"って言って競い合いを阻止しようとしてるな……。
両親から許可が出たので、姉さんのテンションはさっき以上に上がっている。
「まぁエル嬢やライ坊は屋敷の前の森に2人で行ったりもしてるんだ。街道付近のモンスターなんて脅威じゃないだろう」
「そういえば、兄さんは前に王都に行ったときに狩りはしたの?」
ふと気になったことを兄さんに聞いてみると、どこか困ったような表情で目線を逸らされる。
――あ、これは狩りをしたな? んで、姉さんに言うと色々と言われそうだから黙ってたやつだな……ごめん、兄さん……。
「え、えぇっとね……」
「あぁ、狩りはしたぞ。そこそこデカイ獲物が取れたから、次の日に余った分を売ったんだったな」
兄さんがどう答えようか迷っている間に、父さんがあっさりとバラしてしまう。
「えぇ! ズルい! お兄ちゃん、どっちがいい獲物を狩れるか私と勝負して!」
案の定、姉さんに食いつかれて兄さんは苦笑しつつも、承諾はしていたので姉さんは上機嫌になる。
父さんは"言わない方が良かったか"という風に苦笑している。
せっかく"父さんとドラードの競い合いで荷物が増えることを阻止できた"と思ったところに、今度は兄姉の勝負で荷物が増える可能性が出てきたため母さんも苦笑しているが、子供たちがやる気になっているので止めることはしないようだ。
「ははは。まぁ今日は隣の領都に泊まることになるから、明日以降だがな」
「う、そっかぁ……」
姉さんは初めての町に行くことより、狩りの方が楽しみらしく少ししょんぼりとしている。
――そういえば、旅路の注意事項とかは聞いたけど、お隣の領の名前とかすら教えてもらってないな? いや、授業で兄さんたちは教えてもらってるのかな。まぁまだ時間はあるし、後で聞いておこう。
両親たちの旅をしていた頃の話を聞きつつ、そう思った。
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もしかしたら兄姉の狩りの話のやり取りは、前に書いていたかもしれません……
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