107.アイテムボックス
コーエンが帰ってから数日が経ち、いよいよ王都へ向かう日が近づいてきた。
あれから旅をするにあたっての注意事項や、持っていくものなどを教わり、各自で準備してみることになったので、今はそれぞれが自室にいる。
――まぁ持っていくものと言っても、俺の場合は服だけだしなぁ。兄さんたちは貰った剣とかもあるから、少し多くなりそうだけど。
そう思いながら、リデーナが持ってきてベッドの上に置いてくれたトランクケースを開ける。
このトランクケースもマジックボックスの一種らしく、上から覗くとベッドを少し突き抜けているように見える。
――なんか鏡を使った目の錯覚オブジェとかを思い出すなぁ……こっちは実際に空間が広がってるわけだけど……そういえば結局空間魔法とか試してないな。
荷物自体少なかった俺は、すぐにトランクケースに詰め終わって暇になったので、気になっていた魔法を試すことにした。
「魔力量は相当増えてるだろうけど、その魔法の消費も分からないから、"発動しなくてもいい"って気持ちで弱めから試そう」
そう独り言を言って、手のひらをかざして目をつむる。
――んー。イメージとしては別空間をその場に出すでいいんだよな? 中身が分かるように見えたほうが良いか? でもそうなると入口も広くなりそうだしなぁ……まぁそのあたりは実際に使えてから考えるか。
魔法のイメージを明確にしながら、魔力を込めて放出してみる。
「これだと足りないか……まぁまだ魔力は減ってる感じはしないし、徐々に多くしていって試すか」
俺はその言葉通りに試していき、10回目あたりで手が入るくらいの黒いモヤが手のひらの上に出現した。
――お!? おぉ? これは……出来たのか? 何か試すもの……この部屋には特にないよな。かといって、いきなり手を入れるのは怖いし……。
そう考えているとドアがノックされ、リデーナの声がしたので魔法を解除する。
「カーリーン様、お荷物の準備は終わりましたでしょうか?」
「あ、うん! 終わってるよ」
「それでは確認させていただきます」
リデーナはそう言うとベッドの上に置きっぱなしにしていたトランクケースを開けて、中身を確認して頷いている。
「十分ですね。お荷物は私が運んでおきますので、リビングに行っていただいて大丈夫ですよ」
リデーナが微笑んで準備した荷物に合格をくれるので、俺は返事をしてリビングへと向かった。
「ちょっと中庭に行ってくる」
「1人で平気?」
リビングに入ってすぐに母さんとそういうやり取りをするが、1人のほうがいいので「うん、大丈夫」といって中庭へ向かう。
――庭だとリビングから見えちゃうからなぁ。ここはここで厨房にいるドラードやベルフたちに見られる可能性があるから、気をつけないと……
そう思いながら、壁際の低木を植えてある花壇に落ちている枝や小石などを拾い、カゼボの柱や柵に隠れるようにして魔法を試す。
部屋と同じ感覚で発動すると、今度は大人の人の両手が入るようなサイズの黒いモヤが出現した。
「うぉ!? あ、あぁそっか、あの部屋にはじいちゃんからもらった魔道具があるんだった……慣れてる魔法は無意識に調整できるようになってたけど、初めて使う魔法だもんな……普段こっそりと使うだけなら思ったより消費は少なく済むか?」
思ったよりも大きく出現した魔法に驚きながらも、落ち着いて解除する。
魔力量を調節して再度発動させると、今度は思ってた通りに自分の部屋で出したような、子供の手が入るくらいの大きさで出現した。
「さて……まずはこの枝から……」
俺は恐る恐ると言った感じで、枝の先を黒いモヤに向ける。
――魔法はイメージってイヴも言ってたから、流石にこれが"触れたものを消滅させる"、みたいなヤバイものになってるとは思えないけど……逆に言えばそう言う魔法も使えるかもしれないって事だしな……いや、危なすぎるし、魔力消費量もすごそうだから試すことすらできないけど。またイヴに聞きたいことが増えたなぁ。
そんなことを思いながら、ゆっくりと枝をモヤに突き刺していき、指がモヤに触れない程度まで刺したあとゆっくりと引き抜く。
「お、おぉ……モヤを突き抜けてもなかったから、ちゃんと別の空間になってるし、引き抜いても無事だな」
今度は小石を手に持ってモヤの中に入れてみる。
手を放しても地面に小石が落ちることはなかったので、ちゃんと中に入ったと確認できた。
――モヤに触れたけど平気そうだな。あとは取り出せるかどうかだけど……
俺はモヤの中に手を入れてさっき入れたはずの小石を探すが、手が何かに触れることはなかった。
「あれぇ……内部は別空間で、そっちで落ちたのかな……どこまで? いや、これは考えるのやめよう」
そう言いながら魔法を解除して、どうすればいいかを考える。
――入れた空間に固定だと入れるときに邪魔そうだし、浮いてる状態で維持とかだと、あとになるほど最初の方に入れたものに手が届かなくなりそうだし……
とりあえず実際に試してみないと分からないと思った俺は、対策として"入れた場所で固定させる"ようにイメージして魔法を発動した。
モヤの中に小石を入れて手を抜き、少ししてから確認のために手を入れてみる。
「お? 今度はあるな。2個目はどうだ?」
次は俺が片手で持てるくらいの大きさの石を入れようとするが、何かに当たっていて入らない。
「うぅ~ん……中の小石も俺が持つと普通に動くんだけどなぁ……まぁこれで押せたとしても結局取り出しにくくなるかぁ……」
そう思いながらいったん魔法を解除して、改めて対策を考える。
――そう言えば、中身は大丈夫か?
ものを入れて消したあと、再度発動させることを確認していなかったのを思い出して、小石が入っているはずの状態で発動させてみる。
「え!? ないんだけど!?」
さっきは入口のすぐ近くにあった小石が、いくら中で手を動かしても見つからず、根本的に思っていた性能と違う事に唖然とする。
「えぇ……空間に入れたものが消滅するならゴミ箱みたいになってるじゃん……いっそのこと、ごちゃごちゃ考えずに、シンプルに"俺の思っているアイテムボックス"が発動するように、唱えてみるか?」
考えると結構ややこしいことになりそうだったので、俺は初心に帰ったつもりで【アイテムボックス】とつぶやいた。
すると、さっきまで黒いモヤが出ていた場所に、白いモヤが出現した。
「色が違うんだけど……一応出せたが、今度はどうだろう……」
そう言いながら、見た目がさっきまでと違うこともあり、ドキドキしながら再び枝をゆっくりと入れていき、入ったことを確認したあと小石を入れようと手を近づけた。
「ん!? モヤに触れた瞬間、入ってるものが分かる!? 枝が入ってるのに小石も普通に入ったし! あ、あとは消しても大丈夫かどうか、だな」
いったん魔法を解除してから、上がっていたテンションを落ち着かせるように深呼吸をする。
「【アイテムボックス】」
再度そう唱えて白いモヤを出現させると、最初とは違う意味でドキドキしながら手を中に入れる。
「おぉ!? 残ってる!」
さっき中に入れた枝と小石があると分かり、再びテンションが上がる。
――次は取り出しだな! まずは小石。
手を入れた状態でそう思いながら手を動かし、指先に何かが当たって感触がしたのでそれを掴んで外に出すと、手には小石が握られていた。
「おぉ……つ、次は枝だな」
取り出したばかりの小石を再び中に入れて一度手を引き抜き、それから手を入れて"枝を取りたい"と思いつつ手を動かすと、先ほどと同じように何かに触れた感触がしたのでそれを掴む。
手を引き抜くと、最初に入れた長い枝が握られていた。
――消費魔力も多くないし、これは便利だ! しかし、内容を複雑に考えるより、前世のゲームとか漫画で得ていた知識が、そのままの性能で名前とリンクして使えるとは……今後も何か魔法を使う時に役立ちそうだし、これは覚えておかないとなぁ。なんにせよ……。
「完成だ!」
「うふふ、何が完成したのかしら?」
「か、母さん!?」
俺は魔法がうまく機能していることを喜んでいて、まわりをまったく気にしておらず、母さんに声を掛けられるまで近づかれたことすら気がつかなかった。
――あぶなっ!? 枝を取り出した時点で魔法を解除しといてよかった……。
「ふふふ。あなたの様子を見に来たら、枝をもって遊んでるなんてね。たまにはそういう遊び方もするのね?」
「う、うん」
そこそこ長い枝を掲げて声を出していた俺は、まさに子供らしい外での遊びをしているように見えたらしく、母さんはそう言いながら微笑んでいる。
――実際まだ子供だしいいんだけど……本当のことはまだ言わない方がいいだろうし……
「お兄ちゃんたちが剣の稽古をしているのを見てるものねぇ。でもあなたの場合はもうちょっと大きくなってからになると思うから、それまでは我慢してね?」
母さんには俺が"枝を剣に見立てて遊んでいる"ように見えたらしく、すこし困った表情でそう言ってくる。
「うん。大丈夫だよ。まだ体力がないし……それに俺は魔法の方が好きだから」
「まあ! 嬉しいことを言ってくれるわねぇ。それじゃあ稽古の時間じゃないけれど、少し魔法の練習しましょうか?」
俺の言葉で上機嫌になった母さんがそう言ってくるので「うん」と返事をすると、その日はそのまま中庭で、少し魔法の練習をすることになった。
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