106.帰還
うちに滞在していたコーエンは、稽古に毎回参加して俺の魔法の使い方にも慣れてきたようで、あれから3回目を撃つ頃にはきっちり濡れないように対応してきていた。
ただ、父さんがやった"見ていない方への同時攻撃"をする武技は難易度が高いらしく、コーエンは素直に回転斬りのように横振りで対応したあと、その場から離れるという方法で濡れないようにしていた。
ずっと稽古ばかりするわけにもいかないので、少しだけやった授業にも参加してくれて、王都周辺のことなどを教えてくれたりもした。
あとは両親が仕事をしている時間に俺たちを見てくれたりしたのだが、姉さんから剣術のことについて色々質問されていて、稽古の時間じゃないのに2人で庭に出てたりもした。
そんなコーエンが帰る日になり、見送りをするために家族で玄関先に出ている。
「あぁ、ヒオレス様からの書状にも書かれてたと思いますが馬はどうします? 1頭は私が乗って帰るのですが、もう1頭はフェデリーゴ様が欲しいのであれば、置いて帰っていいと言われてるのですが」
来た時と同じように防具をつけたコーエンが、手荷物を確認しながらそう聞いてくる。
「たしかに書いてたな……忘れていた……」
「ちょうど空きはあるから、せっかくだし頂けばいいんじゃないかしら?」
「そうだな。健康で力強そうだから、俺が乗っても大丈夫だろうしな」
「了解しました」
父さんが笑ってそう言うと、コーエンはにこやかに返事をして、リデーナが連れて来ていた馬の2頭のうち、自分が乗って帰る方に荷物をくくり付ける。
馬車より移動距離が稼げるうえに自分の分だけでいいので、食料を含む荷物は少なく、出発の準備はすぐに終わった。
「護衛の依頼は出してあるの?」
「えぇ、来た時に出しておいたので、町で合流してから王都へ帰ります」
王都から離れるほどモンスターなどの脅威が増えるので、ここのように辺境の地へ行き来する時は、護衛を雇うのが普通らしい。
――例の策はあくまで馬車での話だもんな。まぁ馬に乗ってるなら速度の関係で襲われる可能性も下がるみたいだけど、今回は野営の道具とかもあるから、そこまで長時間は走れないだろうしなぁ。
ある程度王都へ近づくにつれ他の商人や旅人たちと一緒の道になるので、人の目が増えるおかげで少しは安全になるらしい。
「コーエンなら、野盗相手に遅れを取ることはないだろうがな」
「ははは。まぁそうですが、野営することになった際に疲れますからねぇ」
「せっかく休暇として来てくれたのに、帰りに疲れることはなるべく避けたいものね」
「えぇ。それに護衛料はヒオレス様が用意してくださるとのことなので、ご厚意にあずかろうかと」
「はは、それがいいな」
「せっかくの休暇を使わされたんだから、それくらいはねぇ」
「いやいや、かなり充実した休暇でしたよ」
母さんはじいちゃんの今回の行動に対して少し困ったように言うと、コーエンは良い笑顔でそう言った。
「せっかくここまで来たのに、港町に行かなくてもよかったのか?」
「えぇ、まだ海に行くには肌寒いですからね。かといって、海産物を持って帰れるほどの寒さでもないですし」
「うふふ。たしかにそうねぇ。それに王都からなら、ここより近い場所にも海はあるものね」
母さんは納得したようにそう言いながら笑う。
――そうだよな、冷却系の魔法を使わないと腐っちゃうもんなぁ……マジックボックスも時間は止まらないみたいだし、今回行くときは母さんが魔法を使うのかな? いや、荷物を減らすために寄った町で調達しつつ移動っていうのが現実的か。父さんとかなら森で狩ってきそうだけど……機会があれば俺も冷却魔法の練習もしたいし、手伝ってもいいかもなぁ。
そう考えていると、母さんがコーエンに手紙を預けている。
「これをお父さまにお願いね。今回のお礼と、王都へ向かう日程とかを書いてあるわ」
「たしかにお預かりしました。それではギルドへも行かなければならないので、そろそろ失礼します」
「あぁ。また王都でな」
「えぇ。あ、カーリーン様、王都でも今回の稽古の時に使ってた魔法を撃ってくれますか?」
「んえ? どうして?」
急に話を振られて変な返事になってしまったが、気にせず理由を聞く。
「あの魔法でしたら直撃しても大けがはしませんし、いい訓練になると思うんですよ。ヒオレス様にも確認を取りますが、私は訓練内容を決める権限も一応ありますので、カーリーン様がよろしければと」
――そう言えば隊長だったな……まぁじいちゃんや両親が良いなら、俺としても魔法の練習になるからいいんだけどさ。
そう思いながら承諾すると、コーエンは「ありがとうございます」と言ってニコッと笑う。
「それでは、王都で再びお会いできるのを楽しみにしております」
「あぁ、またな」
「道中気をつけてね」
両親に続いて兄姉と俺も挨拶をしたあと、コーエンは屋敷から離れていった。
「ふふふ。カーリーンの魔法の練習のはずが、まさかむこうの訓練になるとはねぇ」
「まぁ、あれだけ魔法の制御が出来るなら納得だがな。それに、カーリーンも色んな意味で練習にはなっただろう」
父さんがそう言いながら頭をなでてくる。
――たしかに、思いついてたけど試せてなかった方法も、今回の稽古で実際に使うことができたしな。それに万が一の場合に"人に向けて撃つ"という心構えは少しはできたかな……。
「私もコーエンさんたちの稽古に参加していい?」
「うぅ~ん……お爺さまが許可を出したらいいけれど……」
「むぅ~。お兄ちゃんは試合したって言ってたのに!」
「あ、あれは、父さんの付き添いで見学しに行った流れで、そうなっただけだよ?」
まさか自分に話が飛んでくるとは思っていなかった兄さんは、すこし慌てつつその時の状況を説明しはじめる。
兄さんが王都へ行ったときは父さんとロレイナートの3人だったため、兄さんは父さんと常に一緒に行動していたらしく、英雄と言われている父さんが来たのであれば、可能であれば訓練に参加してほしいと言われ、予定もなかった父さんがそれを承諾し、それについて行くだけの予定だったらしい。
しかし、稽古中に"英雄に教わっている、当人の子供はどれほどなのか"、という新米団員の浮ついた会話が父さんやじいちゃんの耳に入ったらしく、"時間はあるし、稽古も兼ねて参加するか"と父さんに言われて、兄さんも参加することになったらしい。
ただ、さすがに騎士学校を卒業したような人には敵わないと判断され、その話をしていた新米団員を含む、一般団員たちを相手に試合をしたようだ。
その結果、新米団員との試合ではいい勝負どころか何本か取ることができ、取られた団員たちは凹みつつもその後の訓練をいっそう頑張るようになったらしい。
――根が良い人たちばかりでよかったとは思ったけど、よく考えたらじいちゃんのところの騎士団だしなぁ。隊長格のコーエンさんも休暇で羽を伸ばすよりも稽古を選ぶような人だし、じいちゃんもそんな感じだしなぁ……強さに貪欲なところもあるけど、しっかり見る目もあるんだろうな。
そんな事を思い出していると、姉さんも王都での稽古の参加の許可を両親から貰えたようで、喜んでいる姿が目に入る。
「さて、まだ数日あるが、そろそろ荷物の準備もしておかないとな」
「あなたたちは初めての旅だから、そのことも少し教えないといけないわねぇ」
母さんに"教える"と言われて、勉強だと察した姉さんは少し嫌な顔をしていたが、旅のために必要だとは理解しているらしく、しぶしぶ返事をしていた。
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