102.馬車(2)
トランクの説明が終わったあと、コーエンはその中に入っていたテントを取り出した。
その場で組み立てることはしなかったが、天幕部分の生地を広げて確認している。
組み立てると平均的な大人3人が寝られるサイズになり、その生地は今までのものより防水性に優れ、保温性も高い素材で作られているらしく、トランクにはそれが2組も入っていた。
――しまってあるときも、まさか2組あるとは思わないほどコンパクトだったのに、性能までいいのか……まぁキャンプはしたことがないから、普通はこれくらいなのかもしれないけどな。俺が知ってるのって、学生の頃の運動会とかで設置してたイベントテントくらいだし……
「たたむと場所も取らないのに、これだけ性能もいいなんて……これも結構な値段になりそうね……」
そう思っている横で、母さんがテントの生地を手に取ってそう言っていたので、高価なのは間違いないようだ。
「うちで使ってるものより断然いいものだな……」
「この時期はまだ夜は冷えるからありがたいわね」
「まぁカレアはせっかく快適そうな機能がついているし、この馬車で寝るだろう?」
「あら? 馬車は子供たちに使わせて、私とフェディがテントじゃないの? 私もこのテントの寝心地を確認したいのだけれど」
母さんはそう言いながら、若干上目遣いで父さんを見る。
「……ゴホンッ……考えておこう……」
父さんは俺と目が合うと咳払いをして、そう言って話をやめる。
――まぁ仲睦まじいのはいいことだけどね。他意があるのかはわからないけれど、そうともとれる会話を、コーエンさんもいるのによくやるよ……
そう思いながら、気づかなかったフリをして馬車を眺める。
俺と同じく聞こえなかったそぶりで、広げていたテントをたたんだコーエンは、それをロレイナートに渡してトランクを閉めた。
――まだ王都に行くまで日数があるから、念のため空にしたのか。しかし、こういう魔道具があるってことは元となる魔法もあるだろうし、そのうち試してみないとな!
「さて、この馬車には他にも機能がありまして……」
空間系の魔道具の存在を知った俺がこっそりと意気込んでいると、何も聞かなかったかのようにコーエンがそんなことを言った。
「ま、まだあるのか。それは"振動が少ない"とかではなく?」
「えぇ。まぁ振動にも関係していることなのですが、御者席へどうぞ」
コーエンがそう言って馬車の前に移動したので、そのあとをついて行く。
――ん……? あの席の後ろに付いているのって魔石だよな……まだ魔道具がついてるのかこの馬車……。
今回は声には出さず、コーエンの説明を待つことにした。
「御者席のこの部分に魔石がありまして、こちらは馬車の重さを軽減する、重力系が付与されております」
コーエンはそう言いながらさっき見つけた、周りからは見えにくい位置にある魔石を手で示す。
「……この馬車全体が対象ってことかしら?」
「えぇ。ですが、"少し軽くできる"程度です。まぁ効果が弱い分、消費は少ないらしいですが」
――まぁあまり軽くしすぎても何かしら支障がでそうだし、少し軽くなるだけでも馬の負担は結構かわりそうだな。
「コーエンは使わなかったのか?」
「はい。馬車の足回りが改善されていますので、コレを使わずゆっくりときたつもりでも10日でこられました。みなさまが乗られた状態でも、これを起動すれば同じくらいか、私より早く到着できるのではないでしょうか」
「まさかこんなものを馬車に付けるなんて……早くなって当然ね……」
「いえ、この魔道具がなくとも曳くのが魔馬であれば、同等かそれ以上の速度が出せるように作られているそうです」
「たしかに、夏にお父さまがきたときにこの魔道具の話をしていなかったってことは、あの馬車にはついていなかったはずなのに、それでも1週間ほどで到着していたわね……」
「その前はこの新型の馬車ではないのに、10日かからず来たこともあるしな……しかし、こんなものが作られるようになったんだなぁ。マジックボックスも相当大きいし、馬車全体が魔道具のようなものじゃないか」
「この重力系の魔道具は、重いものを運ぶ台車とかにも使えそうだね?」
「……さっきの空間系はまだマシだけれど、コレはかなり魔力を消費するのよねぇ……それに技術と手間がすごくかかるから、かなり高いわ……馬車などにつける案は昔からあったのだけれど、消費魔力と快適性を天秤にかけて、割に合わないってなってたはずなんだけれどねぇ……」
俺がそういうと、母さんは広まっていない理由を教えてくれる。
「えぇ、ですので、こちらは"カレアリナン様やリデーナ殿たちであれば補充できるだろう"と、試験的に取り付けられた魔道具ですね」
「あぁ、そういうことね……補充頻度と量が多くても問題なさそうな私たちがいるからなのねぇ……」
「そのようです。一応走行中のみ発動させていた場合ですと、半日はもつそうですが」
「思ったよりもつのね。朝に出発した場合だと、お昼と寝る前の補充だけでいいのであれば、必要量次第では広まっていくかもしれないわね……」
「えぇ。徐々に改善されており、ようやくこの段階まで来たらしく、"実際に使用してみないと分からない点も多い、王都についたら感想を聞かせてくれ。代金はその感想や、孫たちの元気な姿でいい"とのことです」
「このような馬車の代金を取らないなんて……お父さまにいいように使われている気もするけれど、こんな贅沢な機能がついた馬車をいただけるなら、ちゃんと使ってみて感想を伝えなくちゃいけないわね。カーリーンもお爺さまに会ったら元気にお礼を言いなさいね?」
「うん、もちろん。でももし、補充が母さんで無理なら、まだまだ使い物にはならないってことになるけど……」
「……そうねぇ。私もまだ魔力量は増えてるから、今は相当な量になっているとは思うけれど、マジックボックスと重力魔道具の両方に魔力を入れないといけないものね……」
――母さんがそう言うくらいには魔力の消費が多いのか……それとも今まで見たことがないから、想像が出来ないだけなのだろうか……
「まぁ重力魔道具のほうは、消費がきつそうだったら無理に補充せず、ありのままを報告すればいいだけだものね。そうじゃなくても十分速く移動できるみたいだし、楽しみだわ」
母さんは悩んでも仕方ないと思ったようで、そう言いながら微笑んだ。
「流石にこれ以上魔道具が付いてるってことはないよな?」
「えぇ、魔道具自体はマジックボックスとこの重力魔道具だけですね。あとは足回りの構造が違うのですが、知識がないと分かりにくいでしょうし、それは乗るときに実感できるかと思います」
「"だけ"と言うには高価すぎるようだが……まぁ、了解した。説明してくれて感謝する。それじゃあ馬車はロレイに任せる。コーエンは長旅で疲れているだろうし、昼食のときには声を掛けるからそれまでゆっくり休んでくれ。客室への案内は俺がするから、馬車の移動が終わったらロレイは風呂の用意をたのむ」
「かしこまりました」
玄関に向かいながらそう指示をだしたあと、父さんとコーエン、ロレイナートと別れて俺たちはリビングへ向かった。
――案内とかって使用人の仕事じゃないのかと思ったけど、気の知れた人が来た場合、うちだとこれが普通なんだろうな。まぁ案内したあと、お風呂の用意ができるまでそのまま話をする可能性もあるし。
俺のその予想は的中したらしく、しばらく父さんはリビングにくることはなかった。
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