1.事故、そして……
あらすじはストーリーが進むごとに更新修正していきます。
せっせと自室から段ボールに詰め込まれた荷物を、自家用車として購入した中古の軽トラの荷台に積み込む。
「これで最後っと」
額に浮かぶ汗をぬぐって俺はそうつぶやくと、荷台の紐をチェックして運転席に乗り込んだ。
両親を早くに亡くしたうえに1人っ子だった俺は割と賑やかな街で1人で生活していたのだが、昔ある番組で見た田舎でのスローライフ生活に憧れてお金をためてきた。
それがようやく目標金額に達したので、もうすぐ40という年齢で退職し、海のある田舎町へ引っ越すところだ。
何もしなくても暮らせると言うには程遠い貯蓄だが、引越し先ですぐに収入源を得られなくとも、しばらくは困らないくらいにはあった。
働いていた会社はいわゆるブラックというわけではなかったが非常に忙しく、それだけ貯めるために身を粉にして働いたかいがあったというものだ。
「さらば街よ。俺は田舎でスローライフを満喫するぞ! 商店がほぼ皆無なのは気になるが、車で移動すればいいし、今は通販も早いしな。いや、通販ばかりに頼って家から出ないのは問題か……田舎の情報網はすごいからなぁ。何を言われ始めるかわからないし、ご近所付き合いを大事にしなきゃな」
などと独り言を言いながら缶コーヒーを飲み、これから住む町での生活を楽しみにしながら移動していた。
お気に入りの曲が流れるカーステレオに合わせて口ずさみながら向かっていると、携帯の電波も不安定な山の中へと入った。しばらく進むと徐々に下り道になり、木々の間から海が見え始めるとともにこれから暮らす場所が見え始めた。
山に入ってしばらく走っていたが1台も車を見かけないような小さな道だったため、邪魔にはならないなと判断して速度を落として窓からその風景を見る。
木々の隙間から見える太陽を反射した海に見惚れていると、不意にゴゴゴっと聞き慣れない音がした。
音の出処を探した俺が見たものは、大小の岩が転がって自分の方へと降ってくる光景だった。
「土砂崩れ……いや崖崩れか? はは……」
これはダメなやつだと悟った俺は、不思議とパニックにならずにそんなことを口走り、その人生を終えた。
「運が悪かったね」
ポソっと聞こえた声に俺の意識は覚醒した。
「え……あれ……」
あたりを見回すとそこは真っ白い空間だった。
そこに1人だけ見えた少女が、長い金髪を揺らしながら俺のもとへと歩いてきていた。
「き、きみは……てか俺死んだよな……」
「まぁそうだね」
「あ、あの落石はどうなったんだ!? 他に被害者はいなかったのか!?」
俺は少女に詰め寄り問いかける。
この少女に問いかけても仕方ないのかもしれないと思ったが、この空間には彼女以外見当たらない。
見た目はシンプルな白いワンピースを着ている少女だが、彼女なら知っていると感じさせられていた結果の行動だった。
「ふふ。現状の確認より、他者の心配?」
「いや……まぁ、あの状況を見たあとこの空間ってことは死後の世界だろうし、俺のことはもう手遅れかなって……」
「まぁ半分正解だね。それとキミ以外に被害にあった人はいないから安心していいよ」
「それはよかった……ん? 半分というのは?」
「キミは死んでこの死後の世界に来たというのは合ってるよ。ただ、死んだことに関して手遅れかと言われれば多少変わってくるって感じかな」
「生き返ることができるのか?」
「まぁ、あの世界には無理だけどね」
少し申し訳無さそうな表情でそう告げられる。
「……てことは別世界への転生か転移?」
「おぉ! 話が早くて助かるよ。キミには別世界へ転生してもらいたいんだ」
理解が早いことに嬉しくなったのか、少女はニコッと笑って提案してくる。
「その手の物語は好きでよく読んだりしてましたから……てことは、あなたは、神様、ですか?」
「まぁそうなるね。なに? なにか気になる?」
「いえ、もっとこう……おじいちゃんとかThe女神みたいな感じかと思っていたので……」
「あははは。素直にいうね。まぁ見た目は好きに変えられるから、ボクに姿形のことを言っても仕方ないけど……こういう姿のほうが何かと話しやすいでしょ? あまり畏まられるのは好きじゃなくてね。だから敬語はやめてほしいかな」
「なるほど……」
「それでキミはなにか未練があるよね?」
「未練、というか……これからスローライフを満喫しようってところだったので……」
「それ。キミには別世界に転生して末永く暮らしてもらいたいんだよ」
「え、こういう場合って魔物を倒せーとか、世界を救えーとかなんじゃ」
「まぁ世界を救えというのはある意味合ってるね。キミの魂がこれから行く世界で生きている間は元の世界と繋がりができる。その繋がりからエネルギーを分けてもらうことになってるんだ。キミのいた世界は魔力が有り余ってるからね。これは元いた世界の神も承諾済みだよ」
「なるほど……ただ生きていればいいのか?」
「うん、何をしてても良いけど……ボクとしては平穏に寿命を迎えてほしいかなぁ」
少女は少し困ったような表情で微笑む。
「俺だってそうしたいさ。今回のこともあるし、次こそはのんびり生きて寿命で逝きたいわ……」
「それはそうだね。悪いことをせずに暮らしてほしいって意味で言ったんだけど、大丈夫そうだね。ただ、繋がりを保つために記憶を消すわけにはいかないから、そこは気をつけたほうがいいかな」
「変に知識があることであらぬ疑いをかけられたりとか……?」
「そうそう! まぁ赤子からのスタートだし、その辺りの加減は自然に把握できると思うけど」
「そっか、転生だから赤ちゃんからか……」
「いくら赤子からのスタートでも前世の記憶を持ってると言語関係に苦労しそうだから、そこは何とかしてあげるよ」
「それはありがたい……」
――やってきた仕事が肉体労働系だったこともあり、日本語以外の言語はからっきしだったし、学生時代も苦手だったから追加で覚えるのはつらいもんな……
「それで、キミはスローライフを望むんだよね?」
「できれば」
「キミのいた世界に比べると、技術はまだまだ発展してないし、魔物とかもいて危険だから……」
「魔法があって魔物達がいて、蒸気機関もまだないようなって感じ?」
「そうそう! まさにそんな感じ! まぁ科学や医学の進歩のかわりに魔法があるから、思っているより生活面は快適だと思うよ?」
――なるほど……確かに電気はなくとも光魔法とか使えば光源になるし、寒いなら火魔法で暑いなら水や氷魔法で温度調整もできるから、エアコンや冷蔵庫なんてものも魔法で代用できるか。
「そうなると問題は魔物達……」
「まぁそうだねぇ……剣の修練はしっかりした身体ができてからになるし……」
「魔法って使えるようになる?」
「もちろん。キミには生きていて貰わないと困るから全ての適性は授けるよ。ただ、魔力量などは身体次第になるから、剣などと同じく鍛錬は必要だけど……」
「魔法の練習に関しては赤ちゃんの頃からできそうだけど……」
「その方が伸びもいいけど、派手にやってバレないようにね」
「確かに……というか赤ちゃんの頃からそんな魔法使えるの?」
「うぅーん。魔力量しだいとはなるんだけど、いわゆる"詠唱"や"呪文"の類は別に口にしなくても魔法の発動はできるし、使えはするよ」
「大事なのはイメージと?」
「そうそう。……キミの世界の物語は詳しく書いてるね……まぁ発動するにあたって口に出したり、頭の中でその単語を思い浮かべたほうがイメージしやすいっていうのもあるから、練習するときの参考にしてね」