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  作者: 守尾八十八
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弐の4 そろって居残り

 黒沢が生まれ育った内陸の盆地は、季節や昼夜で寒暖差が著しい。特に初夏の猛暑は強烈で、その日全国一の気温を記録したと年に二、三度、新聞、テレビが報じる。

 だから、黒沢の高校では、全国標準より一足早い五月中旬に衣替えをするとともに、授業中、屋外につながる窓を全開させるのはもちろんのこと、教室と廊下を仕切る腰高窓と引き戸を、全開するのではなく、すべて取り外す。取り外した窓と戸板は、廊下の生徒用スチール製ロッカーの裏側に収納する。

 入学して初めて迎える夏なので、この強引な通風法に黒沢は深く感心する半面、教室への冷房機器の設置は少なくとも黒沢の在学中は望めないのだろうとひどく落胆した。

 窓と引き戸がなくなり、授業中でも、隣の教室のざわめきが廊下越しによく聴こえるようになった。すでに一度の席替えを経て、黒沢は廊下側から教室の中央前寄りに移っていたが、そこでも、隣の教室の授業中の爆笑は十分に聴こえる。

「隣の授業の内容が耳に入ってきて、集中できないんだよ」

 廊下側のクラスメートは、前の教室からも後ろの教室からも雑音が漏れてくると閉口する。その上、隣のクラスで先に教師が披露したとっておきのジョークを事前に把握させられており、次に自分のクラスでその教師が同じジョークを繰り出すとそいつは、教師に対する同情を示すような悲しい表情で、廊下の向こうの窓の外を見やる。

 そんな梅雨入り前のある日、終業のホームルームで、黒沢はクラス担任から居残りを命じられた。生徒の居残り自体はよくあることだが、黒沢にはその理由に思い当たる節がない。

 そして、黒沢のほかにもう一人、藍田弥生(あいだやよい)も一緒に残るように言われた。


 黒沢は、弥生とは高校入学で知り合った。そろって居残りを命じられ、後方の席にいるはずの弥生の席を思わず振り返った。弥生は黒沢と自分の顔を交互に指さし、両手のひらを上にして肩をすくめる欧米人風のジェスチャーをして見せた。

 ホームルームが終わると、まだ上級生に部室を使わせてもらえない部活生が、男子はそのまま教室で着替え、女子は更衣室で着替えまた教室に戻ってきて制服などの荷物一式を自分の机の上に置き、グラウンドに、体育館に、武道場に、それぞれ出陣する。

「黒沢、藍田、自分の荷物を持って前の方に来い」

 教壇上のいすに腰掛け担任は教卓越しに手招きする。

 クラスの半数が運動部に入っているから、多くの席には荷物が残っている。男の部活生は、女子である弥生がいることになんの抵抗もない様子で、それぞれのユニフォームや体操着に着替え始める。弥生の方も、異性である同級生の半裸姿をまったく気にしていないようだ。

 黒沢は荷物のある部活生の机を避け、最前列の空いている席にかばん持参で座った。弥生も、空いていたその隣の席に着いた。教壇の段差の分だけ高い位置から担任は二人を見下ろす。

「おまえら二人なあ、先月の『貧血検査』で引っかかった。あした、市民病院に再検査を受けに行ってもらう」

「貧血検査あ、ですか」

 隣の弥生がすっとんきょうな声を上げ、そして、語尾を抑え調整を図った。予想もしなかった事態に黒沢は、担任の言う意味が少しの間、理解できなかった。

 担任は、黒沢たちが「えんま帳」と称している、厚くて硬い黒いつづり込み表紙を開いて中を見ながら続ける。

「あしたの手順を説明するから、メモを取れ」

 黒沢はかぱんからペンケースを取り出し、その中の、水性ペンを選んだ。そして、いつものように、左手の甲にメモを取ろうとした。

「おまえ、今夜、風呂には入らんのか」

「は?」

 担任の言うことが理解できない。再検査とか市民病院とか風呂とか。黒沢は混乱した。

「風呂に入ってせっけんでごしごし洗わないのか。大事なことを自分の体に書いて、消えてしまわないのかって聴いてるんだよ」

「ああ」

 ようやく得心して、黒沢は再びかばんをまさぐった。

「不潔ねえ」

 あきれたように弥生が言う。弥生はキャラクター・デザイン入りの手帳を開いている。黒沢は、なんにでも使えるレポート用紙がかばんから出てきたのでそれに書くことにした。女子校の看護学生が来る前日も、担任は風呂のことを言っていたような気がする。黒沢は、この担任は相当の風呂好きで潔癖症なのではないかといぶかった。


(「弐の5 厳格な管理教育」に続く)

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