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  作者: 守尾八十八
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弐の1 くねくね曲がった列

 私立女子校の看護学生が大挙してやって来るのだとは、聴かされていた。

 高校に入学して少し落ち着いてからの行事の中に、「血液検査」があった。その採血のために、准看護師資格を有する、近くの女子校の看護専攻科学生が動員されるというのだ。

 黒沢が入学した県境の盆地の底にある普通科のこの県立高校には、周辺山間部の町村からや、隣の県からの越境組も含め、JRのディーゼル列車やバス、自転車で生徒が通学するが、黒沢の自宅は、かろうじて徒歩通学圏内にある。

 採血に来るという看護学生に、黒沢は、並々ならぬ関心を抱いた。盆地に五つある県立、私立の各高校の卒業生は、進学や就職のためたいてい一度は都会に出ていく。だから、市内で二十歳前後の若者の姿を目にする機会はめったにない。

 中学を卒業して女子校の衛生看護科に三年通った後、二年課程の専攻科に進んだはずの彼女たちは、短大生や専門学校生、大学一、二年生の年代に当たる。その年ごろの家族も親戚もいない黒沢は、彼女らがどんな容姿でどんな立ち振る舞いをし、どんな口ぶりで話すのか、想像するだけで心臓がどきどきする。

「あしたは、『貧血検査』だからな」

 三十代で新婚だというクラス担任は、学校が発行する月間行事予定表にも記載されている「血液検査」のことを、「貧血検査」と呼ぶ。担任の前任校からの名残りか、あるいは、かつてはこの高校でもそう呼称していたのかもしれないと黒沢は解釈した。

「ちゃんと風呂に入って、耳の穴まで洗っとけよ。女子校のお姉さんたちに汚い耳を見られたら恥ずかしいぞ」

 検査に供する血液は、耳たぶに針を刺して採るという。不意に自分の右耳たぶを右手の指で触っていることに気付き、黒沢は、その仕草をクラスメートに悟られたのではないかと、担任の言動に踊らされている自分がちょっと嫌になった。黒沢の席は一番後ろなので、誰からも見られずに済んだと思う。

 それが、血液検査前日の、終業時のホームルームでのことだ。


 翌日の三時間目、古典の授業中、教室の右側に二つある引き戸のうち、前の方がノックされた。教壇の古典教師の了解も得ないまま、引き戸はがらがらと開いた。

「六組の者ですが、そろそろ理科実験室にお願いします」

 男の声だ。教室右端の黒沢の席からは、死角になっていてそいつの姿は見えない。

「ああ、そう。はいはい」

 教壇の老教師は、板書の手を止めた。伝令係は、失礼しましたの一言もなく引き戸を閉じる。

「じゃ、ここで中断。行ってきなさい」

 クラス委員長が「起立、礼」の号令を掛けようとしたのを、老教師は制止した。中途半端に打ち切られた授業に納得していないのだろうと、黒沢はおもんぱかった。

 黒沢の通う高校は共学で、生徒の男女比はおおむね半々だ。二年生から進路別のクラス編成になるためその比率は変わってくるが、一年生は全十クラスとも、性別と、入試時点の学業成績がならされて組まれている。

 クラスの男女二十人ずつはぞろぞろと教室を出て、別棟にある理科実験室に向かう。

「クロ、女子校のお姉さんだな」

 別の中学校から入学してきて高校で知り合った男が、入学後すぐクラスに浸透した黒沢の小学校時代からのニックネームで呼び掛け近づいてきて、黒沢の右肘を自分の左肘でつつき、うれしそうにささやく。

「そうだな、白衣の天使だぞ」

 黒沢はより強くつつき返し、はしゃいで見せた。

 実験室に向かう途中、採血を終えたらしい何人かの隣のクラスの男とすれ違った。みんな、右の耳たぶか左の耳たぶに白いばんそうこうのようなものを付けている。

「耳だったか」

「おう、耳だったぞ」

 すれ違う時、顔見知りらしい同士が互いに自分の耳を指さし、暗号のような短い会話を交わした。


 理科実験室には、建物の構造上、ベランダを兼ねた校舎の外廊下からしか出入りできない。外廊下を進んで行くと、隣のクラスの女子がまだ数人、室外に取り残されていた。入り口付近には、一年生の担当だが黒沢のクラスは受け持たない英語教師が腕を組んで立っている。

「なんで整列して来ない。委員長は誰だ」

 委員長の男と副委員長の女子が、慌てた様子で群れの先頭に出て縦列を組もうと試みるが、うまくいかない。

「出席番号順。一列に並べ」

 英語教師に指図され黒沢たちは、ヘビのようにくねくねと曲がった列を組み、隣のクラスの女子の列の尻に付いた。


(「弐の2 戦地で捕虜見分」に続く)

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