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  作者: 守尾八十八
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弐の15 迎合したと見なされる

 いまいましい思いがよみがえったのは、二年生に進級してからだ。血液検査の季節が再来した。黒沢と弥生は、二年続けて同じクラスになった。


 黒沢の高校は、二年生に上がる際、進路志望に合わせ理系クラスと文系クラスに分けられる。数学の難解さに嫌気がさしている黒沢は、文系を選んだ。弥生が文系志望だとは、一年生のころの黒沢は知らなかった。気に留めなかった。

 文系クラスは女子上位だ。一クラス四十人のうち、男は一ダース余り。残りの二十五人以上が女子で、男の勢力は著しく制限される。黒沢のクラスも、男中心の理系クラスのようなたけだけしさのない、全体的に、女子に依存したどことなくソフトな運営がまかり通っている。

 血液検査の日、前年と同じように隣のクラスの男が伝令に来て、授業は中断され、四十人が教室を一斉に出てぞろぞろ歩きだした。誰も統制を図らないから隊列が組めず、だんご状態のまま外廊下を通って理科実験室に向かう。立ち番の教師はいたが、前年と違って、列に関しなんら苦言を呈することはない。入学間もなかった前の年が厳しすぎたのだろうと黒沢は解釈した。

 黒沢たちは、だらしなく出席番号順に蛇行して並び、外廊下に取り残されている前のクラスの女子最後尾に付いた。

 順番が回って黒沢が先頭になり、白衣の中年女性に呼び込まれ、前年同様、実験室奥に導かれ、給食センター職員のようないで立ちの看護学生に身を任せた。

 専攻科の一年生なのか二年生なのか黒沢に知る由もないが、学年単位で来ているのだとしたら、前年のメンバーとは代替わりしているはずだ。二学年混成だとしても、半分が入れ替わっている。黒沢は、自分が一つ年を重ねたせいであろう、お姉さんであるはずの看護学生が、前年よりずいぶん若く、極論すれば、自分とさほど変わらないくらいに幼く感じられた。

 前年の血液検査の日、黒沢は、看護学生から子ども扱いされたように感じた。教室では女子が、看護学生に対する不満をぶちまけていた。今年も同じようなことが起こるのだろうかと、ちょうど一年前の出来事を懐かしく思い起こした。

 後方から耳たぶを触られながら、周囲を見わたした。隣のクラスの複数の女子が、血を抜かれている。確かに、女子に対する看護学生の態度はつっけんどんに感じられる。前の年に女子が口をそろえていた彼女らなりの共通認識は、どうやら正しかったようだ。

 もう一つの疑問を、黒沢は解決しなければならない。果たして自分たちは、子ども扱いされているのかどうか。黒沢を担当する看護学生二人に、まだその兆候は現れていない。黒沢は、挑発してみることにした。

「おれ、去年、再検査に行かされて、多血症だって言われちゃったんですよ」

 後ろの二人のどちらにともなく、話し掛けた。

「まあ、それは大変」

 一人が挑発に乗ってきた。

「いったいどうすればいいんでしょう」

 二の矢を放った。放つべきではなかったと後悔した。

「お医者さまの言いつけを、きちんと守らなきゃだめよ。ねっ」

 明らかに、二年続けて子ども扱いだ。

 ところが、そんなことは問題ではなくなった。目の前で隣のクラスの女子が採血を受けながらこちらに顔を向いている。彼女は黒沢を、ぎりりとにらんでいる。

 こびを売る看護学生に迎合したと見られた。かなりまずい。黒沢は、女子が支配する文系クラスにおいて自らの立場が危うくなるのではないかと、極度に不安になった。ただ、黒沢をにらみつけた女子が別のクラスであることは、不幸中の幸いだ。

 黒沢には、二つの収穫があった。一つは、看護学生は例外なく、黒沢たち年下の高校生を子ども扱いしている。そして、もう一つ。女子生徒に対する看護学生の当たりは、間違いなくきつい。

 採血が終わり耳たぶにばんそうこうを貼られ、黒沢は解放された。収穫を携え、教室に戻ろうと実験室出入口に向かう。途中、弥生の姿を認めた。看護学生の指先が、弥生の右耳に当てがわれている。

 丸いすに座る弥生は、伏し目がちで口を一文字にきつく閉じている。なにかにおびえているようにも見える。黒沢のことは視界に入っていないようだ。黒沢は、収穫のことなどどうでもよくなった。

 教室に戻り授業が再開され、休み時間に入っても、女子は前年のような騒ぎを見せない。すでに免疫が付いているのだろうと黒沢は思った。

 誰かと情報共有しようとした「子ども扱い」について黒沢は、今回も、誰にもなにも言わなかった。採血される弥生の表情がちらちら頭に浮かんで、それどころではなかった。


(「弐の16 アニメのような跳躍」に続く)

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